第269話 増援部隊

 帝国軍序列第三位将軍であるシャーデンソンが率いる帝国軍の増援部隊は、クロウドンでの凱旋パレードを終えた翌日、早くも東の国境へ向かい出発した。

 この極端な反応は、対王国戦線における敗北がカサドール帝国にとって、いかに信じがたい物であったかを如実に示していると言っていいだろう。

 更に皇帝ウォデアス・カサドールは、各貴族領に対しては追加の派兵を要求する一方、国土の北方や西方に駐屯する直属部隊を帝都と国境線に集中させ、短期決戦の姿勢をとった。

 これにより、シャーデンソンの部隊は移動しながらも増強され、総戦力はウェッブ・ジョイ将軍が指揮した軍の倍以上に膨れ上がったのである。

 そのあまりに仰々しい様に、引き締まった体のシャーデンソンは天幕の中で眉を顰めた。


「神国を破って早々、新たな戦場を与えられたかと思えば、これではまるで我が軍がユライアに怯えているかのようですね」


「皇帝陛下はご不安なのではありませんか? 最強の獣を連れていたにも関わらず、ウェッブ将軍は部隊を全滅させられておりますし」


「ふ、あの男は所詮家名だけで将軍となった盆暗です。どうせ自らの噂を払拭しようとでも思い、功を焦ったのでしょう」


 王国征伐を新たに命ぜられた将軍は、傍付きの女性兵に対して切れ長の吊り目を細めながら鼻で笑う。

 家名と実力の両方を持つ彼にとって、ウェッブという男は帝国将軍の面汚しでしかなく、祖国の為とはいえその尻ぬぐいをしなければならないことは屈辱的ですらあった。

 それに加え、占領統治のために部隊の2割程度を神国領に残してきたというのに、今となっては兵数どころかミクスチャの数までが、聖都ソラン攻略戦の際よりも膨れ上がっており、それが余計に彼の不満を掻き立てる。

 帝国ではたかが小国、たかが農民風情とユライア王国を嗤うが、シャーデンソンは決して敵を侮ろうとは思わない。しかし、あまりに過剰な戦力の投入は、自らの手腕が疑われているようにも思えて不快だった。

 その上、腹立たしさの矛先を向けたウェッブを擁護する声が聞こえれば、なおのことである。


「いやいや、いくらあのボンボンでも、流石にそれだけが敗因って訳じゃあないでしょうや」


「……守護ワースデル。何か気になる事でも?」


 ちらと冷たい視線を流せば、天幕の入口で歯の足りない男は、何がおかしいのか小さく肩を揺らす。

 ウォデアスに重用ちょうようされている、ルイスという知恵者の子飼い。皇帝はそれらをどういうわけか守護と呼び、神国征伐の際にも軍後方につけていた。

 ただ、以前シャーデンソンについていたモーガル・シャップロンが聡明な雰囲気の中年女性だったことに比べ、このワースデルは美しい服装の割に清潔感がなく、胡散臭い賭博師のような風貌であり、貴族出身の彼にとってはあまり近づけたい存在ではない。

 にもかかわらず、彼は何の断りもなく堂々と将軍用に建てられている天幕へと踏み入り、地図の置かれた机にドンと手をつく。その斬首されても文句が言えないような無礼極まる行為に対し、傍付きの女性兵は嫌悪感を隠そうともせず静かに距離をとった。


「あっしらがここにいる理由ですよ閣下。先の負け戦がもし、七光りのボンボンがやらかしただけだったなら、うちの御大が3人もつけるなんて考えられやせんもんで」


「……ルイス殿が気にされているのは、件の英雄とやらについて、ですか」


「さぁて、詳しい理由に関しちゃ、あっしもサッパリわかりませんけどねぇ」


 感情の籠らない事務的な対応にも、ワースデルは酒臭い息を吐きながらカラカラと笑う。

 だが、腰にぶら下げた革の水袋を一口あおると、彼はふいにふざけた表情を引き締め、鋭い視線を細身の将軍へと向けた。


「とはいえ、噂の英雄に気ぃ付けといた方がいいのは確かでしょうな。なんせうちの坊やを泣かせるようなバケモンでやす。最強の獣を連れてるからって舐めてかかったら、手痛いしっぺ返しを受けるやもしれやせんぜ」


 シャーデンソンはその言葉に小さく息をのんだ。

 守護がテイムドメイルを操るテイマーなのは彼も理解している。だが、現代の一般的な認識におけるテイマーとは、テイムドメイルとの意思疎通のみを磨く場合が多く、本人が強者と感じられるほどの武威を纏うことはほぼありえない。

 だが、ワースデルからはモーガルと同じく、強者特有の圧が滲んでおり、シャーデンソンは一瞬で男の認識を改めさせられた。


「先の守護シャップロンもそうだったが、やはりルイス殿は随分有能な人物を集めておられるようだ」


「ナハハハハハハハ! そいつぁまた御冗談を! あっしはただの下男ですよ、げ、な、ん! そんじゃこの辺で、下男らしく周辺の警戒に戻りやーす!」


 貴族からのあまりに意外な評価に、ワースデルは声を出して笑うと、先ほどの雰囲気が嘘だったのかのようにへこへこと腰を折り曲げながら天幕から立ち去っていく。

 その一方、今までむっつりと黙り込んでいた傍付きの女性兵は、汚物でも見るかのような視線を出入口に向けながら呟いた。


「……信頼に足るのでしょうか、あの男は」


「守護の実力は、聖都ソランで見たとおりです。今更疑うことなどできません」


 それでもシャーデンソンの評価は覆らない。

 ただ、どうにも掴みどころがないことに関しては、有能な将軍からしても難儀な男と言わざるを得なかったが。



 ■



 荒地をひょこひょことしばらく歩けば、重々しい獣車が見えてくる。

 古代人がどうしていたかは知らないが、今の技術でマキナを表から見えないようにしながら長距離を運ぼうとすれば、鋼で作られた特注品の獣車が必要なうえ、1台につき6頭の長毛牛ボスルスで牽引しなければならず、放浪者出身の身としては贅沢極まる装備だと思えてならない。

 だが、何かとやかましいマキナを着装しながら、人に見つからないように行軍することを考えれば、ルイス御大様様である。


「ワースデルさん、どうでしたか?」


 こちらの姿を見つけたらしく、快活な雰囲気の若い女性がこちらへ駆け寄ってくる。

 それに対してあっしは、残念ながら目新しい情報はない、と小さく肩を竦めた。


「どーもこーも変わり映えしねえよぉ。いくら数を増やしたところで、御大が言う通りミクスチャはどいつもこいつも不完全。この感じじゃあ結局のところ、機甲歩兵の相手が出来るのはあっしらだけってことになるなぁ」


「やはり……マキナに乗り始めて以来、ここまで恐ろしいと思った事はありません。あのアラン君を簡単に破った相手を、私たちだけで拿捕せよとは……」


 長いポニーテールを揺らす尖晶のパイロットは、英雄という存在を随分と恐れているらしい。

 確かにアマミと言う名の古代人らしき男は、アラン・シャップロンのヤークト・ロシェンナを一方的に撃破しており、その技量を思えば真正面から1対1でぶつかることは、自分だって避けたい。

 だが、そのために3機ものマキナをルイスが送り込んだことは間違いなく、頭全体を覆うバケツのような兜を被った男は、岩に腰かけたままくぐもった声を出した。


「案ずることはないぞハウ。我らは一切の油断を排し、連携を意識して戦うのみ。そのために訓練を積み、ヒスイの情報も可能な限り集めてきたのだ」


「おう、ボークレイン君! 流石あっしの相棒ってだけあって、たまに口開いたらいいこと言うねぇ。それに、いくら英雄君が強くても向こうはマキナがたった1機だけ、対してこっちは役立たずの味方を囮に出来るんだから、この条件で不利って言うのは贅沢ってもんだナ」


 向こうの後ろ盾で脅威になり得るとすれば、噂に聞く鋼のウォーワゴンくらいだろう。

 一方こちらは、マキナ3機とミクスチャを連れており、両軍の戦力には隔絶した差があるのだ。絶対的な数を押し返さねばならない英雄は、率先して帝国軍を攻撃してくるはず。

 一度でも姿を現せば、手足を狙って動きを鈍らせることも、首を狙って機体を行動不能にすることも難しくはない。それほどまでに、彼我の戦力差は圧倒的なのだ。

 そんな状況が理解できたのか、ハウは胸を押さえて息を吐くと、遠くに浮かぶ天幕の明かりへ視線を流した。


「シャーデンソン将軍には、申し訳ないような気もしますが……」


「義理深いねぇハウちゃんは。そんじゃま、とりあえずのところはあの閣下が動き出すのを待って、いつも通りコソコソついていくとしましょうかい」


「承知した」


 ヴァミリオンmk3のパイロットであるバケツ頭のボークレインは、幅広の身体をのっそり起こすと、御者に軽く手を振って出立準備を整えておくよう指示を出し、ハウもそれに続いて自らの獣車に戻っていく。

 あっしもそれに続こうとして、幌の中に入る手前でちらと東へ視線を向けた。


 ――さて、英雄君は一体どういう風に踊ってくれるんですかねぇ?


 まだ見ぬ、神代人にできるだけの想像を巡らせながら。



 ■



「開門! かいもーん!」


 兵士の銅鑼声どらごえに従い、金属製の門扉が軋みを上げて開かれる。

 救援依頼を受けてより暫し。合流を重ねて予想以上の大軍となった増援本隊は、王都ユライアシティを目前に控える要塞、フォート・ペナダレンへと達した。


「おぉ……これはシャーデンソン将軍、お待ちしておりました」


 予期せぬ大部隊の到着を出迎えたのは、ロンゲンと防衛任務を交代した、先遣隊の若い指揮官である。

 軍獣からひらりと降りたったシャーデンソンは、敬礼する彼に向き合うと、要塞の内部をぐるりと見まわしてから小さく頷いた。


「フォート・ペナダレン防衛の任務、ご苦労でした。敵の動きはどうです?」


「は。十卒隊で近隣の警戒は行っていますが、今日に至るまで敵兵は1人たりとも現れておりません。農夫どもも相当に疲弊しているようです」


 若い指揮官の言葉は、何処か自慢げに戦況を語る。

 だが、シャーデンソンは王国の状況について、ウェッブによる攻勢を退けはしても、反攻作戦を行う余力など残っていないだろう、と予想していたため、この報告内容は予想の範囲内でしかなく、貴族らしき青年はただのお調子者としか映らない。

 おかげで、要塞の建物へ足を向ける彼の声は、全く感情の籠らないものだった。


「王都の守りを固めなおしているのでしょう。こちらとしては好都合です。貴官はこれより直ちに、ウェッブ・ジョイ将軍の捜索に向かってください」


「了解いたしました! あぁ、それと、こちらをロンゲン軍団長より預かっております」


「フォート・サザーランドのロンゲンから?」


 聞き慣れた武勇に優れる軍団長の名に、シャーデンソンは歩みを止めて振り返る。

 彼はロンゲンのことを、智謀には向かないが、自らの力と役割を正しく理解している好漢と見ており、差し出されたスクロールを受け取ると、その内容に素早く目を通した。


「……テイムドメイルに鉄蟹、そしてエリネラ・タラカ・ハレディ、ですか」


 エリネラ・タラカ・ハレディ前将軍は王国側へ寝返った上、帝国軍を攻撃することを一切躊躇しない。

 鉄蟹を使役する騎士の報告あり。野生のものとは異なり、謎の飛び道具を装備している上に、統率の取れた動きをするため要警戒。

 英雄の操っていると思われるテイムドメイルは、大軍を薙ぎ払う謎の武器を所持している可能性がある。

 ロンゲンからの報告と告げられていなければ、一笑に付したであろう突拍子もない内容に、シャーデンソンは切れ長の目を細め、周囲で聞いていた者たちの間には動揺が広がった。


「まさか!? ハレディ閣下が敵に寝返っていたと!?」


「まったく油断ならない相手が増えたものです。しかし、脅威が事前にわかっていれば大した問題ではありませんね。予定通り、直ちに作戦会議を行います。諸将は私に続くように」


「将軍、兵たちはどういたしましょう。あまりに数が多いものですから、要塞内に収容するのは……」


「この際、致し方ありません。練兵場で足らぬようならば外にも天幕を建てさせなさい」


「ハッ」


 想像以上に王国はしぶといかもしれない。そんな思いがシャーデンソンの胸中に芽生えたものの、敵の手の内が垣間見えたことの方が重要であり、彼は赤いマントを翻すと、自軍の将を引き連れて建物の中へと消えていった。

 一方、取り残された兵士達は、部隊長の指示に従ってそれぞれ数日を過ごすであろう天幕を建て始める。

 それはあっという間に要塞の中に溢れかえり、ついにはシャーデンソンの告げた通り資材が外にも運び出されはじめ、まるでフォート・ペナダレンを中心に巨大な市が開かれているかのような様相になっていく。

 そんな中、先遣隊の若い指揮官は、設置作業の合間を縫うようにして自らの隊へ戻ろうと歩いていた。


「あの、百卒長殿。あれ、妙じゃありませんか?」


 彼はふと聞こえた声に立ち止まる。

 見れば天幕の資材を担いだ壮年の兵士が、何やら他の兵士達を呼び止めて空を指さしていた。


「なんだよ、ただの鳥じゃないか」


「いや、それがさっきから全然羽ばたいてないように思えまして……」


「帝国と違って、こっちの鳥は羽ばたかないんじゃねぇの?」


「そんなことがあるのでしょ――ん?」


 壮年兵につられて空を見上げていた指揮官が、何かが空で輝いたように思えた時、周囲の兵士たちも同じようにそれを見つけたのだろう。

 羽ばたいていないように見える鳥から僅かに離れた位置。太陽の光を何かが反射したかと思えば、間もなく辺りに甲高い音が響き始める。

 それからほんの僅かな後、その場にいた者は階級の上下に関わらず、まとめて轟音の中へと飲み込まれることになった。

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