第212話 救援作戦

 の数、僅か10匹足らず。その内巨大な体躯を誇る奴は1匹だけで、残りは全て小型ばかり。どれも体に矢やら槍やらが突き刺さり、それでもなお動き続けている。

 傷を負っても動きを鈍らせず、痛みを感じた様子もないというのは不気味であろう。しかしその中身がだとわかってしまえば、むしろ当然という結論に行きつく。

 だからこそ、車載機関銃を構えるアポロニアの表情に浮かんでいたのは、勇ましく獰猛な笑みだった。


「バッラバラにしてやるッスよぉ!」


 言うが早いか、唸りを上げて銃火が迸る。

 自動小銃よりも大口径の弾丸が車上からばら撒かれれば、今まであれほどの猛攻に耐えてきた失敗作の体を簡単に引き裂いた。

 ただでさえ化物たちは隠れる、避けるという行動をしない。それは現代の一般的な歩兵装備が相手なら、簡単に致命傷とはならない以上驚異であっただろう。

 だが、古代の武器が誇る火力は、ミクスチャモドキのに対して完全なイレギュラーな存在だった。

 特に機動性や運動性に重点を置いたような小型の個体は、弾をばら撒く機関銃にとって格好の獲物であり、距離を詰める事すらできないまま簡単に砕かれていく。その様子にアポロニアの後ろからは何故か、あー! という不服気な声が上がった。


「ちょっと犬ぅ! ボクの分残しといてくださいよ!!」


「むぎゅ……ちょ、ここ狭いんスから、出るんなら後ろから出て欲しいッス……!」


 いくらアポロニアが小柄だとはいえ、機関銃を構える姿勢を取っている中で無理矢理ファティマが生えてくれば、流石に上部ハッチは窮屈そのもの。だが、結果的に一瞬射撃が止んだため、これぞ好機とファティマは斧剣を振りかぶって飛び降りると、最も近づいていた1匹を着地と同時に叩き潰す。

 失敗作は生命力が高いとはいえ、ミクスチャのように強固な表皮を持たない。おかげで彼女のように巨大な武器を振るうキメラリアは、現代において天敵と言える存在だった。それもパイロットスーツをインナーに着込んで身体能力が強化された一撃であればなおの事。切れ味の悪い斧剣によって、失敗作は押しつぶされるように地面へ肉を四散させた。


『後ろから撃ったら怒りますからね!』


「猫こそ射線に入るんじゃないッスよ!」


 無線機から聞こえたファティマの声に、アポロニアはあかんべぇと舌を出す。

 しかし、彼女が飛び降りたことで失敗作は大半が狙いを変え、結果的に玉匣は安全に前哨基地へと接近することができた。

 問題はその入り口が音を立てて燃え上がっていたことだが。


「うへぇ、随分派手にやったッスねぇ……ちょっと入るには危なそうな気もするッスけど、どうするッスか?」


『突っ切る』


『いけいけー!』


「え゛っ!? ちょ、ちょっとシューニャ!?」


 挙動不審になるアポロニアを無視して、玉匣は全く速度を落とさないまま、炎に巻かれる門へ向かって突き進んでいく。

 何せこの装甲車はミクスチャの攻撃にも、ガトリング砲の直撃にも耐えてきたのだ。僅かな時間であれば、炎に晒されることくらい何の問題もないだろう、というのがシューニャの経験則に則った判断であり、ポラリスに至ってはアクション映画を見ているかのように興奮した様子で囃し立てる始末。

 しかし、車上に身を晒している者にとっては死活問題であり、アポロニアは冗談ではないと慌てて車内へ飛び降りる。

 そこにハッチを閉める余裕などあるはずもなく、焼ける丸太が砕けるバキバキという派手な音が響き、同時に舞い込んだ火の粉がアポロニアの尻尾へ襲い掛かった事で、彼女は堪らずキャインと小さな悲鳴を上げた。


「あちゃちゃちゃっ!? も、もうちょい早く言っといて欲しいッス!」


 赤熱する木屑が散らばったハッチの真下から、転がるようにして砲手席へと避難したアポロニアは、両手で尻尾を叩いて毛についた火の粉を振り払う。

 それでも彼女はまだマシな方だった。何せ今の玉匣には、装甲車の性能など知らない者達が多く乗り込んでいるのだから。


「こんなのでたらめだ! おお、癒しの女神ヤスミンよ、我を救いたまえぇ!」


「うひゃひゃひゃ、スゴイスゴイ! あの子ブレインワーカーなんでしょ!? とんでもない度胸じゃんか!」


「……俺の知ってるシューニャ・フォン・ロールじゃない気がしてくるなぁオイ」


 およそ頭の上で手を組んで神に祈るというセクストンの反応が、常識的な現代人として正常なものだっただろう。

 対して、基本的に炎そのものを恐れないエリネラは楽しそうに腹を抱えて笑い、ヘンメは何か早くも悟りを開いた様子で頬杖をついて運転席の方を眺めていた。


「ん、タマクシゲの強度は思った通り。は、こういう時にこそ役に立つ」


――の間違いじゃないッスか?」


「かっこよかったねー」


 無事炎を突っ切ったことでシューニャは、どことなく声に自信を滲ませていたが、それに対して危うく大やけどを負うところだったアポロニアは、梅干しのような顔を運転席へ向ける。

 ただ、それに対して彼女はどこ吹く風であり、かつポラリスも好意的な感想を述べたため、アポロニアはげんなりと肩を落として車体後部へと退散した。


「……貴様も苦労しているのだな」


「まさか副長に言われるとは思わなかったッスよ」


 同じく誰にも理解を得られそうになかったセクストンは、似たような状況を目の当たりにして同情せずにはいられなかったのだろう。ある意味現代的常識人の2人は、揃ってため息を漏らす。

 しかし、炎から抜けてほどなくポラリスがモニター上を指さしたことで、偶然の産物ながらシューニャの判断が的確だったことは、疑うことさえできなくなった。


「見つけた! マオリーネ!」


 声に合わせて再びアポロニアが上部ハッチへ駆けあがれば、すぐに玉匣は履帯で地面を抉りながら停車する。

 そこは指令室として使われていた天幕の脇で、怪我をした様子もなく手を振るマオリィネと、ダマルの兜とガントレットを抱えたまま俯くジークルーンの姿があった。



 ■



 振り、薙ぎ、叩きつけ、1つ1つ確実に血肉へと変えていく。

 久しく感じていなかった肉を斬り潰す感覚に、ボクは身体が高揚しているのを感じていた。

 ただでさえ相手は平均的な人種に比べて動きが早く、恐怖に竦んで攻撃を躊躇うことがない。だから自分が如何に暴れまわろうと、息つく間もないような攻防が途切れず、退屈する時間がないことに気分が上がっていく。


「アハッ! とっても素敵な時間ですね」


 斧剣を大きく振り抜けば、飛び掛かってきていた小型の失敗作が空中で四散する。更に重い剣を振った勢いを体に乗せて足を延ばせば、別の1匹に強烈な蹴りが入って吹き飛んだ。

 マオリィネに剣を習い、ヒスイと組手をするようになって、しかもあのピッチリはりつくような服まで着ているのだから、自分が強くなっているのは手に取るように分かる。それこそ以前は技術で押し込まれたロンゲン相手でも、今なら絶対に負けない自信があった。

 だというのに、今この瞬間まで実戦で試す機会を得られなかったのだ。高揚するなという方が無理な話ではないか。


「もっと――もっともっともっと踊りましょ! ボクをお腹一杯になるまで、興奮させてくださいよぉ!」


 楽しい楽しい楽しい。

 腹の底から湧き上がる力が、相手の動きが目に見えるような感覚が、自分の体を一層軽くしなやかにしていく。

 大きな口を開けて食らいついてくる異形を軽く飛び越えて躱す。猛烈な勢いに舞い上がる砂塵を浴びても気にすることなく、空中で身体を捻りながら失敗作の背中目掛け斧剣を投げつける。

 風を裂いて宙を駆けた扇のような切っ先の刃は、勢いだけで肉を突き破り、凄まじい衝撃が轟と地面を打ち鳴らした。


 ――足りない足りない。全然足りない。


 ボクは着地するや否や、胴体を破壊されてなお動こうとするそいつに飛び掛かり、斧剣ごと持ち上げて再び地面に叩きつける。

 無理に斧剣を引き抜かずとも、拘束する肉を引きちぎり骨を砕いてしまえば、刃は自然と敵だったモノから血を滴らせて顔を出す。赤黒いそれを大きく振り払おうとすれば、巻き込まれた別の1匹が同じように弾けた。

 それはほんの僅かな時間。種族の特性上持久力に欠ける自分が、未だ息切れすらしていない。だが、小型の失敗作たちに動くものは居らず、崩れた地面の染みとなっていた。


「はー……もう小さいのはおしまいですか? ボクの体はまだ熱くなりはじめたばっかりですよ?」


 尻尾を大きく振りながら、頬に受けた返り血を拭って視線を流す。その先に残っていたのは、唯一鎧を纏った大柄な個体である。

 失敗作がどういう思考で動いているのかなど、ボクにはわからない。ただ攻撃で味方を巻き込まないように躾けられているらしく、ソイツは小型がチョロチョロしている間はあまり動きを見せなかった。

 おかげで出来上がった、キメラリアには滅多に望めない戦場の華たる一騎打ち。自分が誇りとやらを重視する騎士になった覚えはないが、しかし今までの雑魚より楽しそうなことに変わりはなく、小さく舌を上唇へ這わせてから、強く斧剣を握りなおした。

 タマクシゲが戻ってくるまでの時間は、きっとそう長くない。ならばせいぜい、満足できるよう濃密な一瞬にしなければ。


「――遊んで、くれますよね?」


 挑発的な自分の表情に食いついたのか、ソイツは唸り声を響かせながら棍棒で地面を打ち鳴らす。

 剣をぶつけ合うことだけしかできないのは、自分も化物も変わらないのだ。ならば敵か味方かだけわかっていれば、それで十分ではないか。

 獣車に追いつくほどの瞬足で、自分より圧倒的に大きな失敗作は駆けてくる。対してボクは腰を低く構え、迎え撃つ姿勢を取った。

 分厚い板金鎧に、鉄の塊らしき錆が浮かぶ棍棒。速度も力も見たところ相手が上。


 ――上等ですよ。


 こちらを押しつぶさんと迫る棍棒に、ボクは硬い地面を蹴って跳んだ。

 足の割に攻撃速度は速くない。加えて得物を振り抜いてからの復帰も鈍重だったため、ボクは様子見をすることなく板金の兜に斧剣を叩きつける。


「グォオオォ――ッ!?」


「おぉ、思ったより硬いですね。まぁ防具で柔らかいっていうのも、どうかとは思いますけど」


 僅かな痺れが手に走り、刀身が鈍い軋みを奏でる。兜は分厚い地金でできているらしく、衝撃に吹き飛んでもなお失敗作の頭を守り切る。それこそ人種であれば確実に首をもぎ取っていただろうが、異形は叫びを上げてよろめいたのみで、倒れる事すらないまま踏ん張って見せた。


「っとと、危ない危ない」


 ブゥンと唸りを上げて、目の前を棍棒が通り過ぎていく。その風圧に三つ編みが大きく揺れ、攻撃を正面から受け止めるのは危険かと目を細めた。

 小型の個体と比べて、身体全体が随分強靭なのだろう。あれほど派手に頭を揺さぶられておきながら、すぐに棍棒を振るえるとは、まさしく化物である。おかげでボクは着地してすぐ身体を転がせ、棍棒の間合いから距離をとった。

 それは一撃で倒れなかったことへの歓喜と、一撃で倒せなかったことへの不満であり、恐怖など微塵も感じられない。


「力も強いし速いですけど、それだけならおにーさんの方がよっぽど強いですよ!」


 横薙ぎに振り抜かれた棍棒を、踊り子のように大きく股を開くことで身を沈めて躱し、動作の隙を狙って足元へ飛び込む。

 持久力がないのだから、力任せに振り回すのではなく、ここぞという1点に全力を叩き込め、とマオリィネには教えられた。

 ならば狙うは足元、刃を通すのは膝の関節。


「とぁああああッ!」


 牙を剥き、全身から力を漲らせて振り抜いた斧剣の一撃に、鎧は火花を散らしながら砕け、刃が保護された樹木の如き足を抉っていく。

 しかし、手に伝わった肉を切り骨を断つ手ごたえは、どこかいつもと違う感覚を覚えた。それはいつの間にか忘れかけていた、

 それが目に見える形となって現れたのは、失敗作の片足を切り落とし、刃がそのまま反対の足へ突き刺さった時である。突如斧剣から重厚さが喪失したと思えば、同時にガァンという派手な音が響き渡った。


「――あ」


 目の前でキラキラ輝く鋼の破片、それがとてもゆっくり浮いて見えた。

 間もなく、半分以上の支えを失った巨体が仰向けに倒れこむ。その轟音によって、自分の中で世界が正常な時間で動き出し、ボクは舞い上がる砂塵の中に目を伏せながら咄嗟に距離を取った。

 そんな中でも、敵の膝に中ほどから折れた刃が残っていたのは目に焼き付いたが。


「お、おー……キレーに真っ二つ」


 武器を壊すことには慣れていた。それが理由でおにーさんはキムンと殴り合いをしてくれて、ミクスチャまで倒してしまったし、何なら自分が彼を好きになるきっかけだったかもしれない。

 だからだろうか。恰好だけでもと残った刃を構えてみたものの、短くなったそれは頼りなく、見ているだけでモヤモヤした何かが、お腹の底に込み上げてくる。おかげで一瞬前までの爽快感は完全に霧散してしまい、ボクは大きく尻尾を振った。


「……なのに、まだ生きてますもんね、コイツ」


 何故自分の大切な剣が折れたのに、敵がもごもごと蠢いて生きているのか。その思考は謎のモヤモヤをイライラに変え、しかしどうやって戦えばいいものか、と悩んでしまう。

 おかげでボクは、どうにかして起き上がろうと藻掻くデカブツの、それこそ丸太のような腕がこちらに迫ってきても、短くなった斧剣を手にしたまま棒立ちするしかなかった。

 ただ、それがこちらに届くより先に、巨体の上にはそれはそれは重そうな氷塊が、地面を揺らしながらのしかかったのだが。


『ファティ姉ちゃんだいじょーぶー?』


『うへぇ、ポーちゃんは相変わらずえげつないッスねぇ……』


 ムセンキから聞こえてきたのは、自分を心配するポラリスと、魔法の威力にあきれ返るアポロニアの声である。どうやら無事にマオリィネ達を回収できたらしく、思った以上に戻ってくるのが早かった。

 いくら生命力が強く堅牢な鎧で覆われている失敗作でも、どれくらいの重量があるのかわからない氷塊に頭を圧し潰されては、耐えることなどできなかったのだろう。藻掻いていた四肢は間もなくだらりと垂れ、完全に力尽きていた。


「ありがとう、ございます。助かりました……よ」


 その様子に、破損した武器で無理な戦いをせずに済んだとを安堵する反面、武器を持っていかれてなお自分が止めを刺せなかったことに、ボクはやり場のない感情を覚える。

 たが、それは既に過ぎ去ってしまった過去であるため、結局自分にできることは、不貞腐れることくらいだった。

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