第211話 着装恐怖症(後編)

 私がホンフレイに撤退を進言した際、彼は1つ条件を出した。

 王国軍部隊はオブシディアン・ナイトを殿としなければならない。だがテイマー無しで突如暴れはじめたテイムドメイルを放置していくわけにもいかないため、誰かが残って状況を観察し、制御できるなら連れ帰れというものだ。

 それはホンフレイにとって、オブシディアン・ナイトの回収を放棄したわけではないという、軍上層部へのポーズだったかもしれない。

 しかし、わざわざ化物の跋扈する戦場に残りたいかと問われた時、誇りある王国騎士たちは誰もが腰が退けたように後ずさった。普段なら、戦場での死こそ騎士の誉だ、などと声高に叫んでいる連中がこれでは、志願者など居るはずもない。

 であればこそ、提案者である自分に視線が集まるのは当然であり、私は最初から残るつもりだったのでこれを受け入れた。ここまでは予想通りである。

 だがまさか、臆病者と呼ばれるジークルーン・ヴィンターツールがこれに志願するなど、一体誰が思った事だろう。条件を突きつけたホンフレイに至っては、ハッキリと訝し気な表情を浮かべて見せた程だ。


「貴様……本気で言っているのか」


「は、はい。どうか、どうかこの身にご命令を」


「1人より2人の方が、色々と可能性が上がるのは間違いありません。最悪の場合、どちらかだけでも無事戻ることができれば、テイムドの戦闘結果を報告することもできるでしょう」


 彼女の判断を合理的だと私が支持する姿勢を見せれば、ホンフレイは胸に手を当てて敬礼するジークルーンの姿をじっと睨み、やがて苦々し気に息を吐いて姿勢を正した。


「――そうか。ならば騎士トリシュナー、並びに騎士ヴィンターツール。前線指揮官マーシャル・ホンフレイ子爵の名を持って命ずる! 殿しんがりとなるオブシディアン・ナイトを支援し、戦闘終了後にフォート・ペナダレンまで連れ帰れ!」


「「一命に変えましても」」


 私とジークルーンは揃って片膝をつく。

 その姿に対してホンフレイは、鷹揚に頷いてはみせたものの、周囲の騎士たちがどこかホッとした面持ちで兵たちの下へ走っていくと、表情に化物を見た時以上の嫌悪感を滲ませた。


「……精強を自負する騎士ともあろう連中が、うら若い娘2人を盾に安堵した表情など浮かべおって。恥知らずどもめ」


「これは意外なことを。随分お優しいではありませんか」


「ふん、これは自戒である。まさか臆病者のヴィンターツールまで、自ら申し出てこようとは夢にも思わなかったがな」


 今まで私はホンフレイと話したことなどほとんどなかった。ガーラットとは知り合いであったものの、貴族の中では華美を嫌う偏屈者だと評されており、近づきがたい雰囲気があったのだ。

 しかし、後ろ手を組んで緩く息を吐く小太りの中年貴族は、自分が考えていたより余程まともな人物だった。そう感じたのはジークルーンも同じらしく、呆けたような表情を彼に向ける。


「死ぬななどと言えた義理ではないが、貴様らに戦神ベイロレルの加護があらんことを祈る」


「ご安心を、こんなところで死ぬつもりはありませんから。フォート・ペナダレンで再びお目にかかりましょう」


「言うではないか――報告を待っておるぞ、誇り高き女騎士たちよ!」


 クックと肩を揺すり、彼は私たちに背を向けて、マントを翻して歩き出す。

 途端に被害報告の伝令兵が集まってきたが、最早そんなものはどうでもいいらしく、早く逃げろと彼らの尻を蹴飛ばしていた。


「さぁそれじゃ、私たちも呪いの騎士様の戦いを見届けに行きましょうか」


「そう、だね」


 ズゥンと地響きが聞こえる度、ジークルーンは僅かに肩を震わせていたが、それでも躊躇うことなく戦闘が続く東門へ向かって歩き出す。

 間もなく王国軍は全部隊は取るものも取らず退却し、一方の私たちは残された木箱の影に隠れるようにして、ダマルの戦いを見守っていた。

 キョウイチが操るヒスイに比べ、オブシディアン・ナイトの動きは目に見えて鈍くぎこちない。それでも化物たちの攻撃は一切を弾き返し、大きく振るわれる棍棒は確実に敵を肉塊へと変えていった。

 この戦いが敗北であることは、どう見積もっても覆らない。しかし今更ながら暴れまわるマキナの姿に、全滅するのは敵の方だと思うのもまた不思議な事ではないだろう。


「――ダマルさん!?」


 だからこそ、突如響き渡った耳慣れない衝撃音に、私は戦慄するしかなかった。

 テイムドメイルではなく、マキナという絶対的優勢が覆るなど、あり得ないと思っていたのだから。



 ■



 ただ運が良かっただけか、あるいは敵の調整不良が理由かはわからないが、俺は逃げ回ることで3回の射撃を掻い潜れていた。

 しかし、シミュレータでしか経験のないマキナの跳躍機動に加え、銃声が響く度に込み上げてくる吐き気と眩暈は、あっという間に精神をすり減らしていく。

 そんな状況で受けた4発目の射撃。はじめ死んだかと思ったそれは、これまた偶然にも手にしたままだった棍棒を直撃したことで、俺は地面へと転がされながらも意識を保っていた。


『――へ、へへへ……たまんねぇなオイ。これでも死んでねぇなんてマジで奇跡だぜ』


 視界がグニャグニャに歪もうとも、生きている以上抗い続けなければならない。それがどれほど無様であっても、俺はジャンプブースターを点火して地面を抉りながらでも動いた。

 だが敵もいい加減焦れてきたらしく、武装を大型狙撃銃から自動散弾銃へと切り替えており、急接近しながら雨あられと散弾を撃ちまくってこられては回避などできるはずもない。

 全身に直撃弾を受けて電磁反応装甲が削られ、あっという間にヘッドユニットが被弾警告と防御力低下警報に包まれる。

 それでも俺はなお跳ぼうとしたのだが、どうやらジャンプブースターに直撃があったらしく、弾けるような音を最後に機体は跳び跳ねる力を失った。


『こんのポンコツがぁ! もうちょい、踏ん張って見せやがれ!』


 被弾から思い出される恐怖を振り払うように叫びながら、出力低下で重くなる機体を必死で起こしたまではよかったように思う。

 しかし、敵もこちらがまともに動けなくなったのを認めたらしく、白いロシェンナは高速で接近してくると、背後から弄ぶかのように2回引き金を引いた。


『が……ッ!? こ、のやろォ』


 背中に走った衝撃に突き倒され、挙句肩に熱湯をかけられたような感覚が走る。それはヘッドユニットに流れるフレーム損傷、エーテル機関異常の警告文以上に、弾丸が貫通したことをハッキリ伝えていた。

 散弾はエーテル機関の制御回路に直撃したのだろう。甲高い音は安全装置が作動した証であり、エネルギーが回らなくなったアクチュエータが纏めて弛緩していく。残されたバッテリーだけが、システム類をなんとか動作させ続けていた。


『英雄と言う割には随分呆気ないな』


『クソッ……てめぇにゃ耳がついてねぇのか? 俺は英雄なんて野郎じゃねぇっつってんだろが』


 ゆっくりと降りてきたヤークト・ロシェンナは、手にした自動散弾銃の銃口をこちらのヘッドユニットに突き付ける。

 これで一切のシステムがブラックアウトした状態だったなら、俺はまた発狂していたことだろう。だが火を噴く口が向けられている映像が映っていても、外の状況が見えている分、まだ僅かながら強がっていられた。


『最早貴様が何者かはどうでもいい。答えろ、どこで神代の技術を手に入れた?』


『馬鹿も休み休み言いやがれ、こちとら元から知ってんだ。むしろてめぇはどうなんだよ?』


『元から――だと? 前言を撤回する、貴様何者だ』


 無機質で無感情な声に、僅かな揺らぎが生まれたのを感じる。

 このヤークト・ロシェンナがどういう人物かは未だわからないが、なんとなく自分と同じ800年前を生きた人間ではない気がして、俺はふぅと小さくため息を付いた。


『何者、ねぇ……そいつぁ俺が教えて欲しいぐらいだぜ』


『体の一部がなくなっても、とぼけていられるか?』


『痛みと恐怖でわかるなら苦労しねぇよ。嘘だと思うなら頭カチ割って中身でも見てみりゃいい』


 手足が動かせる状況なら、自分の髑髏を軽く小突いてやったに違いない。

 しかし動きに見せずとも、挑発されていることは声だけで感じ取ってくれたのだろう。ロシェンナはゆっくりと自動散弾銃の銃口をこちらの肩へと移動させた。


『減らず口を……ではその覚悟とやら、試させてもらおう』


 今まで無感情と思っていた声に、明らかな苛立ちが混ざる。それはヤークト・ロシェンナの中身が化物や機械の類ではなく、意思を持った人間であることの証左だ。

 ギリッと鈍く聞こえたトリガの音。この時点で俺は片腕を失うことを覚悟していた。

 だがそれに続いて聞こえたのは発砲音ではなく、凄まじい破砕音だった。


『なんだ――ッ!?』


 余程の衝撃があったのだろう。自動散弾銃は積み木細工の如く砕け散り、ヤークト・ロシェンナは黒いステルス幕を翻して上空へと舞い上がる。

 それは一瞬の出来事だったが、マキナ用の武装を一撃で破壊できる威力などそうあるものでもなく、俺は乾いた喉から全力で笑い声を響かせた。


『カ、カカカッ、カーッカッカッカ! さっきも言ったはずだぜ!? 俺は英雄なんかじゃねぇってなぁ!?』



 ■



 土煙を上げながら猛然と突き進む玉匣の上、僕は携帯式電磁加速砲パーソナルレールガンからマキナ用機関銃へ武装を切り替えつつ、各々に対して指示を飛ばす。


『シューニャ、玉匣はマオとジークルーンさんを優先的に回収。道中に居るはアポロとファティで対応を、ポラリスも援護してくれ』


『ん、わかった』


『やっとお仕事ですねー!』


『ふぁぁう……まだ眠いのにぃ』


 返事はまさに三者三様。

 シューニャは相変わらず淡々と、しかし躊躇いなくアクセルを踏み込んで答え、ファティマは昨日の戦闘が不完全燃焼だったからか、実に楽しそうな声を出す。ただ元々寝起きの悪いポラリスだけは、大きな欠伸を響かせて不機嫌そうにむにむにと唸っていたが。


「ご主人、あいつ飛んでるッスけど、どうにかなるんスか?」


 ハッチから半身を乗り出して車載機関銃を構えるアポロニアは、驚くほど自在に空を舞うマキナに不安を覚えたのだろう。確かに敵の動きを見る限り有人機なのは間違いないが、どうにも動作が直線的すぎるように思えて首を捻った。


『正直言って、変な奴ってだけかな。なに、僕ぁああいう手合いがお得意様だったから、心配はいらないよ。皆を頼む』


「了解ッス。無茶しちゃダメッスからね」


『それはお互い様だ。行ってくるよ』


 僕は彼女に軽く手を振りながらから玉匣を飛び降りると、地面に転がったオブシディアン・ナイトへ向かって一直線に駆けていく。

 レーダーに映っていた黒鋼の動きは、無人機が音声制御でこなせる動きを大きく超えていた。それこそシンク・マキナが制御していたとすれば、無人であっても同等以上の動作ができたこともできただろうが、あんな珍しい機体がホイホイとそこらに転がっているはずもない。


 ――恐怖症持ちの整備兵が、よく粘ったものだ。


 ロックオン警報に機体を左右にスキップさせれば、上空から撃ちおろされる徹甲弾が地面を抉っていく。


『っと、随分と堪え性の無い奴だな。狙撃に向いてない』


 足を止めないまま射点を確認し、サブアームに装備した突撃銃をばら撒いて牽制する。

 しかし、大きな高度差がある以上、ただでさえ豆鉄砲と揶揄されるほど火力が低い突撃銃の射撃では、薄っぺらいヤークト・ロシェンナの装甲さえ満足に貫けない。それもまともに狙いを定めた射撃ではなかったので、弾はあちこちへ散っていく。

 だというのに、敵は1発の被弾を恐れるように大きく回避行動をとった。それはまるで当てられた経験がないかのようである。

 おかげで僕は苦労なくオブシディアン・ナイトへと駆け寄り、状況を確認することができた。


『生きてるかい、相棒』


 うつ伏せに横たわる黒鋼は至近距離から自動散弾銃を浴びたらしく、装甲の損傷具合は想像以上に酷い。

 とはいえ、ただでさえ機体性能に差のあるヤークト・ロシェンナ相手に、着装恐怖症のダマルが無理を押して動作させていたとなれば、それも無理なからぬことであろう。だから返事が返ってきた時は心底安心した。


『……骸骨に命があるってんなら、多分な』


『随分酷くやられているから冷や冷やしたよ。まぁでも、皮肉が言えるなら上等だ』


『そりゃ違ぇねぇぜ、カカ――ああだだだだ!?』


 笑おうとしたダマルは、どこか負傷しているらしくたちまち叫び声を上げる。

 本来なら直ちに衛生兵を呼んで救助しなければならない状況なのだろうが、再びロックオン警報が響いて、僕が半身を躱せば至近距離を弾丸が通り過ぎていく。

 深呼吸を1つ。着弾と共に立ち上がった土煙を背に、上空から狙いをつける敵を睨みつけた。


『気をつけろよ相棒。あんのアホウドリ、人の体をレンコンみてぇにしようとしやがったんだからな』


『――だったら倍はくれてやるさ。窮屈だとは思うが、もう少し我慢しててくれ』


 ジャンプブースターから青白い炎を噴き上げながら、ゆっくりと翡翠は浮くように上昇していく。

 強く感じる800年前より爽やかな憎悪。それが昔自分の身体に染み込ませた対空戦闘の感覚を、まるで久しぶりに自転車に乗ったかのように思い出させてくれる。


『狩りの時間だ』

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