第154話 シンクマキナ
マキナ。
その定義は歩兵に限りなく近い柔軟性を持ちつつ、戦車のように高い火力と強靭な外殻装甲で敵を打ち破る存在であること。
故に人間に近しい姿を成すこととなり、軍の中に機甲歩兵という新たな兵科を生み出している。
――だとしたら、こいつはなんだ。
ヘッドユニットの中で低い駆動音を奏でる不明機は、パイロットが機体の脱着を行う際に利用する背面が、大きく後ろに突き出す形で装備されたバックパックに覆い尽くされ、人に限りなく近い器用さを求められた腕も、肩の先から全体が重厚な外部ユニットと接続されており、僅かな可動域すら見当たらない。
唯一これをマキナだと言い張れるとすれば、装備の中に埋め込まれた人型部分程度。素体には尖晶が用いられたのか、ちらほらとその名残が見受けられる。
ただ、尖晶の頭部ユニットは本来、翡翠に似て細く尖ったような印象を受けるデザインだったはず。だというのにコイツの頭部は、まるで大きな茸の傘を胴体に突き刺したかのようで、赤く発光する傘の外縁部がカメラユニットであることも含め、首に相当する可動部分が一切見当たらないという、マキナとしてはかなり異例な構造をとっていた。
『最初から無人機として作られたから、
鳴り響くロックオン警報にジャンプブースターを吹かして、一気に通路から広いエントランスホールへ飛び出せば、自分の一瞬前まで居た場所で弾丸の雨が弾け、壁面の内張りがレンコンの様になって崩れ落ちていく。
硝煙を燻らせているのは、機体の側面に旋回式の機銃。尖晶自身の腕が使えないからか、武装は全て全身を覆っているユニットに搭載されているらしい。
牽制に突撃銃をばら撒きながら柱の陰に滑り込めば、その表面が瞬く間に抉り取られていく。一方のシンクマキナは見た目通り分厚い装甲を誇るのだろう。こちらの射撃を意に介した様子すらなく、突撃銃を弾きながら重々しい動きで旋回する始末。
おかげで跳び回れる広間に跳び出したはいいが、僕はすぐに太い柱の陰へと身を隠さねばならなかった。
『移動要塞相手に単機突撃。真正面からの撃ち合いじゃどう足掻いても力負けするわけだ』
鈍重な動きの巨体故に、柱の影から適当に弾をばら撒くだけでもこちらの弾は命中する。だが、機体表面を火花が走るばかりで、効き目のほどは全くと言っていいほど見られない。
対して、敵の機銃は確実にコンクリートの柱を抉り取っていることから、そう長くは持たないだろう。しかし、自分の切れる手札の中で撃破するとなれば、肉薄して近接武器をキノコ頭に叩き込むくらいしか方法がなく、しかしリスクを考えれば現実的とはとても言えなかった。
『ダマル! これよりシンクマキナを反対側の通路まで引き付ける! タイミングを見計らってゲートの向こうまで離脱してくれ!』
『相変わらず割に合わねぇ作戦だぜ! 了解だ!』
ダマルの返事を最後まで聞かない内に、僕は鉄筋がむき出しとなった柱の影から飛び出して、エントランスホールの中をぐるりと回りこむ。
シンクマキナの旋回速度は決して早くない。だが、機体側面に備えられた旋回砲塔はほぼ全周をカバーできるように設置されているため、気を抜くことなどできるはずもなく、何発かが翡翠の装甲にガァンと鈍い音を立てた。
連続で被弾しなければ問題にはならない。それは逆に、身を隠す物がない場所で動きを止めれば、あっという間に不揃いな水玉模様を刻まれてしまうということである。
翡翠の穴あけ加工ついでに、自分の身体まで軽量化されてはたまらないため、僕は狙いを定められないよう不規則に動きつつ、調査を終えた方とは反対の通路まで跳ぶように駆け、再び壁に身を隠した。
『全周死角なしとは、まったく息が詰まるもんだよ……!』
『カカッ、そういうお前も大概バケモンだぜ。あんだけバカスカ撃たれてるなか走って、息が詰まるだけで済むんだからな』
『その内呼吸困難で倒れるかもね。このまま奥まで引き付ける。そっちは脱出を――』
突撃銃に新しいマガジンを叩き込みながら、骸骨の嬉しくない誉め言葉に皮肉を垂れるまではよかった。
だが、敵の注意を引くために銃口を巨体へ向けた瞬間、僕の頭に浮かんでいたあらゆる言葉は消え失せ、残ったのは今までの危機感が生ぬるく感じられるような死の気配である。
巨大な背面ユニットからゆっくりと展開される冷却翼。重さに耐えるためか、通常型より太い尖晶の足は、まるで何か踏ん張るような形で前へ突き出され、それとは別に後方で太い固定脚まで下ろされている。
尖晶の機動性を殺すほどの重量物。そんなものが機銃や小型誘導弾発射器程度の装備であるはずがない。
背中側から現れた箱型の装置には多数の配線が接続されており、そこから砲身がせり出してくる。
『冗談、きついぞッ!?』
砲身の中に増大していく光が見えた時、僕は反射的にジャンプブースターを吹かし、近くのドアへ体当たりしながら調べてもいない部屋の中へと跳び込んだ。
刹那。柱のように太くなった光の束が、壁を赤く溶断しながら頭上を駆け抜けた。
飛び込んだ姿勢のまま伏せていたため直撃こそ避けられたものの、至近距離を通過しただけで翡翠のシステムはヘッドユニットの中を真っ赤に染め、装甲温度異常上昇警報とレーザー減衰被膜消失を訴えてくる。
『おにーさん!?』
『オイオイオイオイオイ! なんつうふざけた出力の
『キョウイチ、返事をして!』
『ご主人、無事ッスか!? 無事ッスよね!?』
無線は激しいノイズと悲鳴に近い声が混ざり合い、キンキンと鼓膜を打ってくる。
それを喧しい物だと思えている以上、自分は少なくとも蒸発させられてはいないようだ。目の前にあったはずの壁がしっかり溶け落ちて、通路に並んだ部屋が大広間の様になっているにも関わらず、全身の感覚がきちんと残っており、機体に大きな損傷もないなど奇跡以外の何物でもない。
『あぁ、そんなに叫ばなくても、僕も翡翠も原型を保ってるよ……なんで無事なのかは、さっぱりわからないけどね――いてて』
大穴を開けられた壁の影からエントランスホール側を覗き込んでみれば、シンクマキナは荷電粒子砲周りを冷却しなければいけないのか、激しく白煙を噴き上げていた。
シンクマキナがどういう設計思想によって、この恐るべき高出力を誇る大砲を搭載しているのかはわからない。ただ、それは自分達にとってある意味救いでもある。
『火力も装甲も桁違いだが、マキナって枠から出てない以上その代償は大きい、か。ダマル、作戦はこのまま継続する』
『はぁ!? 立て直しもせずに続けるってか!? さっきのビームで頭のネジ全部溶接されてんじゃねぇの!?』
『どうせここを脱出できない限り、こいつの脅威は消えないんだ。それにこんなトロくさい奴を相手に、翡翠が鬼ごっこで負けるはずないだろう? 帰り道の確保は任せた――よッ!』
『カぁーッ! 無っ茶苦茶なこと言いやがって! どうなったって整備側は責任取らねぇからなァ!!』
僕は骸骨の叫びを聞きながら身を翻し、新たに生み出された広い通路をジャンプブースターの推力に任せて跳びながら、突撃銃をばら撒いてシンクマキナの注意を引き付ける。
するとようやく冷却を終えたらしい鈍重な異形は、長い砲身と放熱翼を畳みながら小型誘導弾を連続で放ち、そのまま自分を追うように動き出した。
とはいえ、障害物の多い屋内で誘導弾が本来の性能を発揮することは難しく、自分が上下左右へ跳び回れば、それに追従しようとして壁や柱にぶつかり、近づくこともできずに炸裂する。中には障害物の合間を縫うように近づいてくる物もあったが、たった数発程度なら突撃銃で迎撃することなど造作もない。
そしてこちらが挑発するように時々わざと機体を晒してやれば、たちまち旋回機銃が唸りをあげて弾を撒き散らす。
けれど、一定の距離を保ちつつ障害物から障害物へとランダムに跳び回る翡翠に、機銃の動きでは追従することはできないらしく、床やら壁やらに新しい窪みが増えていくだけだった。
『狙いが甘いな。その図体で室内戦は苦しいか?』
囮として逃げようとしている道の先。建物の構造がどうなっていて、どんな空間が広がっているのかなど、自分には全く分からない。
だが、わざわざシンクマキナを施設の最奥まで引き摺って行かずとも、僅か数分の時が稼げさえすれば、その隙にダマルは十分皆を逃がすことができるはず。後は自分が適当にこの鈍足な移動砲台を躱し、玉匣まで素早く撤退すればいいだけだ。
『とはいえ、こっちにも色々と事情があってね。悪いがもうしばらく、こっちに付き合ってもらうぞ!』
■
「聞いたなお前ら。15数えたら玉匣まで走るぞ」
レシーバーを胸に戻しつつ、俺は小さくため息をついた。
うちの機甲歩兵様は、仲間を過信しているわけでも、自らの力に己惚れているわけでもない。ただ、手持ちの技術で実現可能な作戦を、愚直に実行しているだけだ。
それが傍目から見て無謀としか思えないものでも、800年前の戦争を第一線で戦い続けていた恭一からすれば、大した地獄ではないらしい。こういう場面においては、間違いなく最高の相棒と言える。
とはいえ、囮作戦を躊躇わず実行する胆力も、待たされる側の立場で考えれば、堪ったものではないのだろうが。
「……ご主人、大丈夫なんッスよね?」
身体に不釣り合いな対戦車ロケット発射器を担いだアポロニアは、不安げな茶色い瞳で俺を見上げながら、小さく袖を引いてくる。
密閉など望むべくもない隙間だらけの骸骨の口であっても、内股に巻きつけられた尻尾を見て、想い人のことくらい信じてやれ、などと気軽に言えるはずもない。
それは決してアポロニアだけの問題ではなく、耳を後ろに倒したまま部屋の入口を見つめるファティマも、ポンチョの裾を小さく握りこんでいるシューニャも、ポラリスと手をつないだまま硬い表情を崩さないマオリィネも、皆一様に強い不安を抱えている。
だから俺は短く、最善の方法を伝える事しかできなかった。
「今はさっさと逃げおおせることだけ考えろ。俺たちがさっさとゲートの向こうに退避出来りゃ、アイツが長々と鬼ごっこする必要はねぇんだからな」
「そう、ですね」
「……合理的判断だと思う」
猫と小娘の少し沈んだ声を背中で聞く。
慰めの一言すらいえないのだから、後方支援担当としては情けない話だと思う。今は有能な骸骨を自称する自分でさえ、恭一という大きな盾に甘える事しかできないのだから。
「いくぞ。遅れるなよ」
骨を小さく鳴らしながら立ち上がれば、ファティマは再びシューニャを抱え、マオリィネは相棒に託されたポラリスを抱き上げて頷いてくれる。
後はひたすら走るのみ。どうしようもないことで悩む時間は終わりだ。
そう思って俺は扉に手をかけたのだが、それを押し開けるより先に、何かが軋むような音がエントランスホールの方から響き渡った。
「な、何ッスかこの音!?」
「びっくりしました……耳が痛いです」
鋭敏な聴覚をもつキメラリア2人が揃って跳びあがるほどの騒音。
だが、彼女らの驚き以上に、俺の乾いた頭はキィキィと耳障りなメロディを聞いた途端、最悪の想像を脳裏に浮かばせてくれた。
「――おいまさか!」
「あ、ちょっとダマル!」
マオリィネの制止も聞かないまま、俺は慌てて隠れていた部屋から飛び出すと、エントランスホールに向かって全力で駆け抜ける。
シェルターとしての機能を兼ね備える地下研究所。となれば、その入口は外部の環境から遮断されなければならいため、出入り口は基本的に1つしか設けないはず。
ズシンと重々しい音が響くのと、俺がエントランスホールへ飛び込むのとはほぼ同時だったと思う。そこに見えたのは自動ドアごと破壊された薄っぺらいシャッターではなく、出入り口の手前に落とされたいかにも堅牢そうな金属製の隔壁だった。
シンクマキナに続いて与えられた絶望に、俺が呆然と立ち尽くしていれば、僅かに遅れて全員が追いついてくる。
その中でもファティマの腕から降りたシューニャは、流石の洞察力というところだろう。真っ先に状況が飲み込めたらしく、僅かに顔を青ざめさせた。
「こんなところに壁――まさか、閉じ込められたということ?」
「あの移動砲台、そのチビを意地でもここから逃がさねぇつもりらしい。俺たち空き巣野郎を含めてな」
「じょ、冗談じゃないッスよ! それじゃご主人は、アイツと戦い続けないといけないってことッスか!?」
縋るようなエメラルド色の瞳を向けられても、泣きそうな顔で腕を引かれても、俺は答えを変えられない。
メヌリスが守護者と呼んでいた理由はこれだろう。ウイルスプログラムが仕込まれていてもなお、ポラリスという極秘存在を外に出させないことを最優先にしているくらいなのだから。
「ねぇダマル、貴方外の封印を解けたのでしょう? これも同じように開けられないの?」
「残念だが無理だ。シンクマキナのシステムがここのセキュリティをオーバーライドしてるんだろう。外部アクセスが全部遮断されちまうんじゃ、エライサンのパスをぶち込むことすらできやしねぇ」
自分は所詮整備兵であり、クラッキングは本来専門外だ。ここまで各地のセキュリティをうまく掻い潜ってこられたのも、
それでもどこかに抜け道がないかと、無い知識を絞りながら端末を睨みつけていた。
だが、ファティマは唸る俺に焦れたのだろう。壁面にある僅かな突起を掴むと、渾身の力で隔壁を押し上げよう試みた。
「ふにゅにゅにゅにゅ……!! ぷふぁ……ビクともしませんね」
「当たり前だろうが。いくらお前の馬鹿力でも、こんな隔壁人力で開くわけ――だからって剣で殴ろうとしてんじゃねぇよ。その鉄塊叩き折るつもりか」
「じゃあどうしろっていうんですかー!」
ファティマは無駄だと言われて斧剣から手を離したものの、長い尻尾を大きく振り回しながら牙を覗かせて唸る。
この場に居る誰もが、彼女と同じ思いだっただろう。10個の視線が俺へと集中していた。
深呼吸を1つ。肋骨の隙間を空気が通っているだけのような気がするが。
物理的に開けることはできず、セキュリティシステムをクラッキングすることも俺たちには不可能だ。他に出口もないと来れば、状況はまさしく八方塞がりである。
だが、セキュリティシステムの権限を奪い返す方法なら、極めて難しいながら実現可能な方法が存在する。
それを俺は全員の顔を見回してから、ハッキリと口にした。
「あのバケモン、シンクマキナをぶっ壊す。ここに居る全員が助かる方法は、それしかねぇ」
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