第84話 ストリ④

 非常ベルが鳴り響き電子音のアナウンスが状況を伝えてくる。


『3号研究棟で火災が発生しました。職員は直ちに避難を……3号棟に侵入者だ! 武装している模様! 警備隊は直ちに出撃し、各個に迎撃――ぐあっ!?』


 録音されていただけのアナウンスが途切れ、人の声に切り替わる。守衛室からの割り込みだろうが、直後に数発の銃声と人の断末魔が聞こえた。

 僕は抱きしめていたストリを解放し、自分の腰から拳銃を抜こうとして安全管理のために守衛室で武器一切をを預けていたことを思い出し舌打ちする。

 あちこちから聞こえてくる悲鳴と銃声から、どうにも複数の敵が侵入しているらしいことがわかる。狙いは明らかにこの施設職員の殺害と機密情報の奪取、あるいはその破壊であり、あちこちから爆発音も聞こえてくるあたり建物自体を破壊しようとしている可能性すらあった。


「シェルターに向かおう。あそこなら増援が来るまで耐えられる」


「で、でもキョーイチ、丸腰で……」


「ここに居てもジリ貧だ。連中の狙いが情報の奪取だけならいいけど、多分そうじゃない」


 特にリッゲンバッハ教授とストリは確実に殺害対象だ。見つからないからと言って諦めるほど相手も素人ではないだろう。

 敵国内に侵入したのみならず、厳重な警戒を突破して施設を襲っているのだ。不審な車の目撃情報から研究所が警備を強化していたのは敵にもわかっていたはずであり、それでなお襲撃してくるとなれば決死の覚悟であろう。全滅を覚悟のうえで、任務だけは必ず果たしに来る。窮鼠猫を噛むとは言うが、死に物狂いとなった手練れは噛みつくどころか猫を食い殺せる鼠に化けるのだから。

 そっと部屋の扉を開ければ、資料を抱えて逃げていく職員たちとぶつかりそうになる。幸いにも3号研究棟は施設の反対側であり、ここまでの到達にはまだ時間がかかるのだろう。僕はストリの手をひいて走り出した。

 走りながら後ろの様子を伺い見れば、なぜかストリが照れたように笑った。


「ねぇ、不謹慎かもだけど――」


「ん?」


「結構燃えるよね、こういうの」


「馬鹿言うんじゃない」


 できたばかりの恋人の命が危険だというのに、燃えてなどいられるものか。

 なんならさっきの甘い空気を邪魔してくれただけでそれなりに腹も立っている。おかげで凍てつくように冷静になれたが。

 非常口から外へ出れば、格納庫から警備隊のマキナが出撃を開始しているところだった。突撃銃を構えた黒鋼の小隊が、銃火を弾きながら地面を揺らして駆けだしていく。その中には以前組手をしたテストパイロットの機体もあった。

 途端に銃声が騒がしくなる。相手もマキナを連れているのか、互いの銃声が派手にパーカッションを奏で始めたのだ。


「こっちだ!」


「うん!」


 戦車なども保管されている格納庫に飛び込み、建物を射線に対する壁にしながら裏手へと回り込む。背後の山を切り抜くようにして作られたハンガーの入口への近道だ。


「居たぞ!」


 だというのに相手も馬鹿ではないらしい。格納庫を飛び出そうとした瞬間に、足元で銃弾が跳ねたため慌てて壁に身を隠す。

 逆方面から回り込んでいた連中が居たのか、先を走っていた職員が打たれて呻いているのも見えた。


「ど、どーしよ?」


「戦車の裏に隠れているんだ。ここになら武器はある」


 言えばわたわたとストリが戦車の影に入っていき、僕は格納庫内に残された武器を探そうとしてやめた。

 破れかぶれで迫ってきている以上、相手の侵攻速度は圧倒的に速いだろう。そう思ってトラックを背にすれば、直ぐにさっき銃撃してきた敵のフラッシュライトが車両の影から現れた。

 素早く体当たりで2人を同時に突き倒し、立ち上がろうとした敵の拳を踵で踏み砕く。男の汚い叫び声を聞きながら、そいつの胸からナイフをむしり取ってそのまま喉笛を叩き斬り、下でもたつくもう1人の目に血濡れの刃を突き立てた。

 動かなくなった屍が2つ。その手から機関拳銃サブマシンガンを奪い、そのままマガジンもと思った途端、目の前が真っ赤に染まる。


「――ッ!!」


 咄嗟に身体をトラックの陰に飛び込めば、自分が居た場所を弾丸の雨が舐めていく。それもコンクリートの床を抉り、トラックの車体に大穴を開けるほどの威力でだ。


「くそっ、ヴァミリオンカブトムシか」


 外してくれるような下手くそでよかったものの、相手がマキナとなれば流石に分が悪い。

 いくら格納庫が装甲を備えた強靭な物とはいえ、こちらの武器は機関拳銃程度の豆鉄砲。対する相手は徹甲弾を装填した大型機関砲らしい。降り注ぐ弾雨は、瞬く間に格納庫の壁面を虫食いにしていく。

 僕は対応に迫られて、急ぎストリの待つ戦車の裏へと身体を滑り込ませた。


「どう?」


「ダメだ。マキナ相手に機関拳銃こんなものじゃ歯が立たない」


「この戦車とか使えないの?」


「動かせないことは無いが、この狭さの中じゃどう足掻いてもマキナの方が圧倒的に有利だ。鉄の棺桶で焼き殺されるのが趣味なら、それもいいかもしれないがね」


「それはヤだなぁ……」


 ストリは自分に心配をかけないためか、舌を出してわざとおどけた風に言って見せる。僕もそれに微笑み返しはするものの、このままでは確実にジリ貧だった。

 運よく黒鋼が戻ってきてくれればいいが、最初の警報の所為で警備隊のほとんどが3号研究棟の迎撃に集中しているのが現状だ。物量も相手が上なのか、マキナは釘づけにされた状態を抜け出せていない。挙句手元にあるのは、頼りない機関拳銃1丁のみ。


「せめてマキナがあれば、あの程度どうにでもなるんだが……」


 何がなくともマキナであれば、格闘戦に持ち込んでヴァミリオンを打ち倒せる可能性はある。だというのにハンガーに放置されていたらしい甲鉄は、先ほどの銃撃が直撃したのか滅茶苦茶で、それ以外にマキナの姿は見当たらない。

 しかし僕の呟きを聞いたストリは、明るい表情でぴょんと跳ねて見せる。


「マキナあるよ!」


「本当かい! そいつはどこに?」


「この隣の格納庫! あの試験用だけど、OSにロックをかけた状態で放置されてる!」


 判断に迷っている暇はなかった。

 僕はストリの手を引いて走り出し、物陰から物陰へと必死で逃げ回る。その度にヴァミリオンの機関砲が飛んできたが、なんとか躱しながら格納庫の正面へと飛び出した。


「ロックの解除にはどれくらいかかる?」


「30秒ぐらい!」


「わかった。30数えたら追いかけるから、先に行って解除を。あいつは僕が引きつける」


 聞くや否や駆けだしていくストリ。それを確認してから、僕は格納庫内へ機関拳銃をばら撒いた。

 だが如何に下手くそな相手でも、対象がこう逃げてばかりであれば、こちらにまともな武器がないことを悟ったのだろう。格納庫を一直線に駆け抜けてきた。


――かかったな。


 弾倉に残った数発で、庫内に置かれていた揮発油入りのドラム缶に狙いを定める。

 それもちょうどヴァミリオンが突破してくる瞬間を狙って打ちぬけば、爆轟と共に爆風と火炎がマキナのボディに襲い掛かった。

 この程度の爆発ならマキナは大した損害を負わないため、相手が熟練のパイロットならば容赦なく突っ切ってきただろうが、何せ相手は初心者ビギナかセンスのない下手くそだ。咄嗟に頭部を腕で覆いながら、たたらを踏んで後ずさってくれた。

 その間に僕は玉切れになった機関拳銃を放り捨て、隣の格納庫へ向かって全力で走り出す。そこでは既にストリが両手を振って待っていた。


「ベストタイミング! 行けるよ!」


 ゆっくりと自動で歩み出してくるのは、3年前に試験で使ったあの機体だ。整備はされていたようだが使われることが無かったのか、あの日と変わらず新品のような姿をしている。

 1年間にわたって慣れ親しんだ機体へ飛び乗るように着装すれば、自分用に調整された機体は愛機である黒鋼C-2よりも馴染む。


――あのカブトムシ、目にもの見せてやる。


ヘッドユニットの中で僕はその手ごたえに、1人獰猛な笑みを浮かべていた。


『ストリはしばらくここに居てくれ、あれを潰してすぐ戻る』


「負けないでよ?」


『君の子だ。負けるわけない』


「えぁっ!? へ、変な事言わないでよ! 私はまだしたことないってば!!」


『意外と助平だな。行ってくる!』


 ストリの反応に苦笑しつつ、僕は足に力を込めて格納庫から飛び出した。

 ちょうど同じタイミングでヴァミリオンもようやく炎を突っ切って現れる。だがまさかマキナが居るとは思っていなかったのだろう。相手の反応が一瞬遅れた隙を突いて、機関砲ごと重い機体を蹴り飛ばしてやった。

 大型機関砲はマキナの装甲も段ボール同然に貫くほどの威力を持つが、支援火器のため取り回しにくく接近戦となればただの重石にすぎない。それを咄嗟に手放せないあたり、本気でビギナなのだろう。

 だからと言って手加減などするはずもなく、僕は地面に転がったヴァミリオンに素早く飛び掛かると、勢いそのままに貫手を右腕の付け根に叩き込んで、武装諸共引きちぎる。たちまち潤滑油と血液が混ざった液体が地面に飛び散り、敵機から軋むような叫びが木霊する。


『さよなら』


 耳障りな音に別れを告げながら、僕は特徴的なヴァミリオンの頭部を踏みつけ、ゆっくりと確実に自重をかけていく。すると頭部装甲とフレームが重量に負けてメキメキと音を立ててひしゃげ、やがてスパークと液体を散らしながら沈黙した。

 自分に残された感覚は、まるで羽虫を叩いたようなものでしかない。それほどまでにこの試作機は優秀で、逆にヴァミリオンの操縦者は残念な程未熟だった。

 だが動作試験機であったために射撃統制装置や生命維持装置といった補助装備は皆無であり、特にレーダーがないため周囲の状況は目視でしか理解できない。

 そのため見回す限り敵の姿がないことを確認した僕は、とりあえずと大型機関砲だけ回収してすぐストリの元へ戻った。


『クリアだ、行こう』


「本気の戦闘は違うね……この子でも十分やれたんだ」


『話はあとだ。全部片付いてから、レポートでもなんでも手伝うよ』


「それいいかも、一日中付き合ってもらうからね!」


 笑う彼女を背に隠しながら再び格納庫を抜ければ、シェルターまではすぐだった。

 そこそこの人数の職員が辿り着いており、我先にとその中へ入っていく。その中にあの受付嬢を見つけた。


『悪い、受付嬢さん!』


「えっ!? あぁストリ様! ご無事でしたか!」


「うん、私の彼氏は強いから」


「ん゛!? か、彼……?」


 何が嬉しいのかストリが自信満々に余計なことを言うものだから、受付嬢は目を白黒させている。

 中に誰が乗っているかが見えていないのは救いだったが、既に警備隊は全員動員されているだろうし、その上この試作機を動かせる人間など限られているのだ。その表情から察するに、受付嬢の頭の中ではいくつかの名前が思い浮んでいるのだろう。

 とはいえこんな状況で惚気話を聞かせたいがために、彼女を呼び止めたわけではなく、僕は軽くストリの背を押して受付嬢に託した。


『ストリをお願いします。僕は正面の応援に向かいますから』


「えっ!? キョーイチ一緒に居てくれないの!?」


『君の安全を保障するためなんだ。必要なら後でいくらでも埋め合わせるから、大人しく待っていてくれ』


「む……聞いたかんね? あとでいーっぱい甘えさせてよ?」


『ぜ、善処しよう』


 内心では、そんなこと人前で言うんじゃない、と叫んでいたが、埋め合わせると言った手前いきなり掌を返すこともできずに、僕はぎこちなく頷いて見せる。

 それが可笑しかったのか、こんなに切迫した状況だというのに受付嬢は必死で笑いを堪えていた。その上周囲の男性職員たちから何故か殺意の籠った視線を向けられて、僕は素早くこの場から逃げる道を選んだ。


『すまないが、よろしく頼む!』


 受付嬢に向けて早口にそう言うと、返事も聞かずに来た方向に向かって走り出す。ストリが何か叫んでいたような気がするが、よく聞こえなかった。

 一方、敵もまさかこんなに早く増援が来るとは思いもしなかったのだろう。警備隊と銃火を交わしている敵の側面から徹甲弾を適当にばら撒いてやれば、突如現れた新手に襲撃者側は慌てた。それも運悪く頭を上げた敵機が流れ弾に倒されると、それが指揮官機だったのか一気に混乱が波及しはじめ、これぞ好機と警備隊機が一斉に襲い掛かっていく。

 敵もなんとか持ちこたえようと、歩兵が対戦車ロケットを持ち出して黒鋼1機を損傷させたものの、連携の取れた警備隊はとても止められず、あっという間に蹂躙されていった。

 最後の銃声が消えたのは、戦闘開始からおよそ3時間ほどが経過した頃である。

 既に夜の帳が下りており、暗視能力がない試作機では何の役にも立てないため、僕は先に離脱させてもらおうかと考えていれば、1機の黒鋼に声をかけられた。どうやら隊長機らしく、肩装甲に施された警-1という白いマーキングが、暗闇の中に薄っすらと浮かんで見える。


『警備隊を代表して協力感謝する。試作機をあんな風に使うということは、貴方が噂に聞く天海恭一大尉か』


『そうですが……噂とは?』


 身に覚えがないと首を傾げれば、警備隊長らしき人物はハハハとマキナ越しに肩を揺すって笑った。


『うちの偉そうなテストパイロットの鼻っ柱をへし折ったのは貴方だろう。あれ以来、あいつは心底真面目に働いている』


 どうやら以前の模擬戦でボコボコにしたパイロットのことを言っているらしい。それなりに操縦が上手いのはいいがプライドが高くて困っていたのだと、警備隊長は肩を竦めてみせる。

 とはいえ未だにのんびり雑談できるような状況ではないため、僕はその言葉を、はぁ、と適当に流して現状を確認へと話題を切り替えた。


『それで、こちらの被害状況は?』


『重軽傷者が多いな。死者も、残念だが出ているようだ。唯一の救いは、ストリ様が怪我もなく避難されていることか』


『リッゲンバッハ教授はどうされたんです? 教授も避難を?』


 重要人物の状況なら把握しているだろうと僕が教授の名前を出せば、警備隊長はなんとも不思議そうに首を傾げる。


『聞いていないのか? 教授は一昨日からスノウライトの研究所へ出張中で不在だが……』


『受付嬢さんはいらっしゃるかのような口ぶりだったので』


 どうにも心配は空振りだったらしい。しかし少なくとも巻き込まれていないという事実だけで僥倖だろう。そうと分かれば、優先すべきはシェルターへと退避した職員の救護である。


『避難者たちの保護はどうなっています?』


『現在は第三小隊が対応している。手間をかけたが後は任せて――む!?』


『えっ?』


 暗視装置がないはずなのに、一瞬世界が明るく見えたように思う。

 伏せろ、という警備隊長の声が聞こえたような気がしたが、自分が何かするより早く、到来した爆風と熱波にマキナごと地面へ叩きつけられた。

 轟く爆轟から巨大な爆弾か何かが爆発したらしいということだけは察せられたが、生命維持装置を持たない試作機だったため衝撃を殺せず、僕は意識を失ったのである。

 だが、その直前にハッキリとわかった。わかってしまった。

 爆発したのはシェルターだ。要人も含めて避難するのだから、そこに罠を張れば一網打尽にできる。それこそ、塵取りでゴミを集めるかのように。

 目撃されていた不審車両はこの準備をしていたのだろう。であればマキナが派手に暴れることも人を避難させるための演出に違いない。

 結局自分がやった行為は、襲撃者たちの手伝いに過ぎなかったのだ。

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