第45話 補給の目途

 アポロニアが運転席側に逃げ出していったあと、ファティマは再び板剣を担ぎ上げると、小さくため息をついた。


「また壊しちゃいました」


 硬いミクスチャの表皮に何度も何度もぶつけられたせいだろうか、刃はもはや見る影もない。それどころか刀身にも亀裂が走っていて、とても戦闘に耐えられるようにはみえなかった。


「ファティ自身の怪我は?」


「ボクは全然。でも、あんまり硬いんで手が痛くなりました」


「それくらいなら、よかったよ」


 プラプラと両手を振りながら、彼女はやや自嘲的に笑う。素手で板剣を振り回す彼女にとって、刃が通らない程硬い相手と当たる機会など、今までになかったのだろう。


「バックサイドサークルに戻ったら、もっといい武器を買いに行こう」


「えっと、ボクは嬉しいですけど……ちゃんとしたキメラリア用のなんて、そんな簡単に見つからないと思いますよ?」


 どこか表情に影を落とすファティマ。また隣に佇むシューニャも彼女を肯定するように、小さく首を横に振っていた。

 しかし運のいいことに、彼女が扱えそうな剣には覚えがある。売れてなくなっているようなことも、早々なさそうな代物がだ。


「心当たりがあるんだ、心配いらないよ。他にも服とかは必需品だし、纏めて買ってしまおうか」


「それは……あの、すごいお金がかかっちゃいそうですけど」


 ファティマは珍しく申し訳なさが前に出たのか、大きな耳をぺたりと伏せ、尻尾を足の間に巻き込んで寝台の前にしゃがみこんだ。

 そんな彼女に少し狡い言い方かとも思ったが、ここまで来て装備を揃えないとなれば本末転倒も甚だしいため、僕はわざとらしくため息をついた。


「今回の仕事は君の借金返済が主な目的だろう。それとも、これからは裸で過ごすつもりかい?」


「あぅ……お、おにーさんが意地悪ですよシューニャぁ」


「貴女の負け。ファティがキョウイチのリベレイタなら、その指示は絶対。違う?」


 流石にいくら金が勿体ないからと言っても、最低限必要な物はある。それを暴論から理解できたらしいファティマは、シューニャの胸に泣きつきながらも、ようやく表情と口調から影を振り払った。


「はぁい。でもおにーさん、ちゃんと働いて返しますから!」


「あぁ、それは気にしなくていい。役職がなんであれ、僕からみればシューニャとファティマっていう大事な仲間なんだから」


「おにーさん……」


 ふわりとファティマの表情が和らぐ。僅かに潤んだ瞳に、僕はまた彼女の頭を緩く撫でた。

 しかし、シューニャは何故か小首をかしげると、そっと寝台の上に腰を下ろす。


「キョウイチ、少し聞きたいことがある」


「なんだい?」


「キョウイチが着ていた上着から出てきたコレ、覚えはない?」


 小さな掌の上に乗せられていたのは、あの小さなバッジである。

 お守りだと言われていたので、勝手に神頼み的なアイテムだと思っていたが、シューニャの視線からはどうにも違うらしい。


「グランマから渡されていたものだが、なにかあるのかい?」


「これは組織コレクタのリーダーを意味するバッジ。コレクタユニオンが立場を保証する重要な身分証明。役職管理は長の大切な――キョウイチ?」


 シューニャの言葉が理解できず頭がエラーを吐き散らす。それは時間を追うごとに拡大して脳を過熱させていた。

 そして全ての思考が帰結する言葉は1つ。


「あ、あのクソババア、やってくれたな」


「キョウイチが望んでもらったわけではないの?」


 不思議そうに首を傾げるシューニャを見ながら、これは完全にしてやられたと頭を抱えた。

 あの老婆の老獪さを舐めていたと言うべきだろう。


「リベレイタの話を聞いた時点で、関わりたくすらないと思ってるんだ……さっきも言った通り、僕は君たちを役職なんかで見てない」


「けれど、それでは組織コレクタとして――」


 なおも食い下がろうとするシューニャに、僕は鋭く視線を向ける。


「シューニャ。それ以上言ったら怒るよ。君たちは大切な仲間で、家族なんだから」


「ん、わ、わかった」


「いい子だ」


 シューニャが壊れた人形のようにカクカクと頷くのを見て、僕は彼女の頭をポンポンと叩く。

 バックサイドサークルに帰ったら、こんな呪いバッジは絶対突き返そうと心に決める。それでも脳裏に浮かんだグランマの高笑いは消せず、内心では驚くほどのストレスを覚えていたが。



 ■



 1日後。

 予想通りなんとか身体を動かせるようになった僕は、玉匣の車内で残弾の確認をしていた。


「随分使いこんだな……これじゃ戦力喪失も時間の問題だ」


 画面に表示される弾種をなぞれば、その後に続く数字にため息が出る。

 それでも玉匣に搭載された武装はまだマシな方で、翡翠に至っては突撃銃以外まともな飛び道具も残されておらず、その突撃銃でさえ残弾は残り僅かなのだ。人間相手ならともかく、危険な野生動物との戦闘は可能な限り回避しなければならないだろう。

 そんな憂鬱な思考を、間延びした声が吹き飛ばした。


「おにーさん、持ってきました」


 背もたれ越しに振り返れば、機関銃用弾倉を器用に片手で持ちながらファティマが顔を覗かせる。


「ありがとう。上で待っててくれ」


「わかりました」


 彼女は指示を聞くや、ひょいひょいと上部ハッチから外へ出ていく。僕も痛みに軋む体でナメクジのような動きで、その後へ続いて装甲の上に顔を出した。

 そこで見たのは、軽鎧姿の猫耳娘が機関銃の弾倉を抱えて、橙色の三つ編みを揺らしながらチェーンガンの砲身に跨っている光景である。何とも現実味のない不思議な景色に、僕は一瞬見とれてしまった。


「――ボクの顔に何かついてますか?」


「いや、なんでもないよ。弾倉をこっちに」


 不思議そうな顔をするファティマだったが、僕が首を横に振れば、何を聞くこともなく装甲の上に立ち上がって弾倉を持ってきてくれる。

 カメラやらセンサーやらとゴテゴテ突起物が搭載された機関銃から、空になった弾倉を抜き取り、代わりの弾倉を突っ込んだ。

 フィードカバーを開き、弾倉から引き出した弾帯の端を給弾口へ乗せ、フィードカバーを閉じてコッキングレバーを引く。


「これでよし」


「おー? なんだかよくわかりませんけど、複雑ですね」


 リロード作業の様子を、ファティマはしゃがみこんでまじまじと眺め、どうにも難しそうだと呟く。だが僕としては、不安定な装甲の上でしゃがんだ姿勢を維持していることの方が、よほど難しいのではと思ってしまう。種族的な特性なのか猫っぽい部分が多い彼女は、身体能力も猫のそれに近いのかもしれない。

 リロードを終えた僕はまた砲手席までタラップをよろよろと降りると、機関銃の弾薬装填が正常に認識されていることを確認して、身体の鈍さに小さくため息を零した。


「キョウイチ、ちょっといい?」


「はいはい」


 休む間もなく今度はシューニャからお呼びがかかったため、砲手席から這い出して車体後部へ移動する。


「どうかしたかい」


「ん。これと大きさが合わない。向きとか入れ方の問題?」


 彼女が手にしていたのは拳銃弾を用いる機関拳銃サブマシンガン用の弾倉である。

 しかし、手元に置かれていた紙製のケースは小銃弾の物であり、似ていながら異なる存在に、彼女は首を傾げていた。


「ごめん、説明不足だった。いれる向きはそっちで正解だけど、弾はこっちの小さい方だ」


「種類がある?」


「ああ。今シューニャが持ってるのが1番小さい部類で、大きな物だと人の背丈の倍近いようなのもあるよ」


「――それは、恐ろしい」


 手に持っている銃弾をまじまじと見ていたからだろうか。シューニャはそれが巨大化して襲ってくる想像をしたようで、身体を小さく震わせた。


「この小さな金属でも、人は簡単に殺せてしまうのに」


 最近になって彼女について分かった事がある。

 彼女は表情で感情を表すのが大いに苦手だ。けれど、それは決して感情が希薄だからではない。

 内心ではとても豊かな喜怒哀楽を持ち、それが濃密に渦巻いている。たった1発の弾丸にさえイメージを膨らませるほどに、感受性も高い。

 それが僕には好ましく思え、僕が僅かに頬を緩めると、シューニャは真剣そうに呟いた。


「これは、私にも扱える?」


「シューニャが?」


 金紗の頭がこくんと頷く。


「戦いたいわけじゃ、ないよね?」


「そうじゃないけれど、何もできないのが――」


 言葉にはならなかったものの、僕にはハッキリと嫌なのだと聞こえた。

 後で聞いた話だが、玉匣のチェーンガンがミクスチャに対して発砲していた時、砲手はダマルであり運転者はシューニャだったと聞く。

 どういう心境の変化かはわからない。しかし玉匣を運転したことも含めて、シューニャが玉匣の役に立とうと必死になっていることだけは理解できる。

 そしてそれは、彼女自身が自らを役立たずだと感じているようで、それが何故か可笑しくて僕は小さく吹き出した。


「私は真剣」


 シューニャは無表情のまま、だのにその眉間に普段からよく観察していないとわからないほど小さな皺が寄せて、小さな不満を訴えてくる。


「ごめんごめん、いや、嬉しくてね」


「嬉しい?」


 小さな頭が今度は左に傾く。

 彼女は自分の役割を探している。それが自分に対する信頼のような気がして、胸が暖かくなったように感じたのだ。


「気にしないでくれ。だが、君が戦うようなことになったら、僕らには立つ瀬がない」


 僕の言葉にシューニャは、小さく唇を震わせた。

 無表情なんてとんでもないと改めて思う。彼女の感情はこんなにも豊かではないか。向けられた視線が、体の震えが、こわばりが教えてくれた。彼女は表情に現れにくくとも、色々な形で想いを伝えてくれている。

 だからこそ、小さく霞むように零れた言葉からも、シューニャの感情は滲み出る。


「私は貴方の役に立てていない」


 小さな彼女の心に巣食った不安。それはまるで、捨てないでと懇願するようで。

 だからこそ、僕はハッキリと行動で返してあげたくて、自然とその頭を撫でていた。


「シューニャには色々助けられているんだ。その色々は僕にはできないし、僕にできることは戦うことくらいだ。持ちつ持たれつでいいじゃないか」


「う――で、でも、タマクシゲのことは、なにも手伝えない」


 僅かに潤んだ瞳に見上げられる。

 いつも思うが、彼女のこれは中々に強力な攻撃手段だ。身長差もさることながら、天然でこういう行動をとるのだから、男としては非常に心を揺さぶれる。

 だからだろうか。脳裏に1つアイデアが浮かんだのは。


「玉匣の事で何かを手伝いたい、と?」


「ん」


 小さくとも力強い頷きを見て、僕は即席のアイデアを口にした。


「ダマル! 悪いけどしばらくシューニャの教習をお願いできないか?」


「ぁあ? お前、本気かよぉ?」


 骸骨はエーテル機関の騒音越しで、こちらの会話に穴でしかない耳をそばだてていたのかもしれない。瞬く間にわざわざ大袈裟な反応を返してくる。

 だが、考えは一致していたのだろう。やれやれと左手をプラプラ振りながら、しょうがねぇな、と了承してくれた。

 とはいえ、自分と骸骨以外が玉匣を運転できれば、戦闘能力が大きく増大する以上、反対する理由などどこにもないはずだが。

 その一方、シューニャはこの許可が余程意外だったらしい。


「いいの?」


 黄金色の頭から手を離すと、彼女は撫でられていた場所を自分の両手で押さえながら、キラキラと目を輝かせた。


「ダマルからも許可を貰ったんだ。しっかり勉強してくれ」


「――ん!」


 手元の弾倉をほっぽり出して、彼女は運転席へ小走りに向かっていく。ゆっくりと玉匣は停車しダマルが助手席へと移ったのを見れば、今からでも運転教習をはじめるつもりらしい。

 骸骨も教官役は満更でもないらしく、前進と高らかに宣言し、カッカッカと笑っている。教えるのが上手いかどうかは別として、シューニャならば数日もあれば通常時運転はできるようになるだろう。それでもしばらくは車体が大きく揺れるかもしれないが。


「できたッス!」


 突如隣から上がった声に、微笑ましい思考に浸っていた僕は、ビクリと肩を震わせてしまった。

 振り返れば、真剣に弾倉へ小銃弾を詰め込んでいたアポロニアが、その全てを完了したらしい。彼女を中心として放射状に弾倉が並べられる様は、その几帳面さを感じさせた。


「お疲れ様、悪いけどこっちも頼むよ」


「あれ? 追加ッスか?」


 アポロニアはこういう細々した作業が好きなのか、嬉々として空弾倉を受け取ると、今までより小さいそれを手にして、ほほうと声を上げた。


「これ、ダマルさんが持ってたサブって奴のッスか? 小っちゃくて可愛いッスね」


「そうかい?」


「自分的にはこっちのが手に馴染んだッスから。軽くて使いやすかったッス」


 喋りながらも彼女は、器用に拳銃弾をダブルカラムの弾倉へと詰め込んでいく。手慣れて来たらしく、速度も随分上がっている。


「飛び道具を使った経験が?」


「クロスボウくらいッスよ。でも連発できて狙いも正確で威力も抜群って、これはズルいッスね」


 よほど銃の扱いが気に入ったのか、アポロニアは自信を持って語る。

 だが、現代であるからこそ起こる問題がネックだった。


「だろうね。だが、弾が簡単に手に入らないのがなぁ」


 個人携帯武器の弾はまだ余裕がある方だろう。だが、まともな補給先が存在しない以上、簡単に撃ちまくれはしないのだ。


「どこかで集められないんスか?」


「難しいだろう。800年前の武器を無理矢理使ってる状態だし、保管されてれば万歳で、それもまともに使えるかどうか」


 期待できるとすれば、生命保管システムなどのように現在も稼働している施設くらいである。その上、現在もエネルギーが循環している状態で、かつ抗劣化庫を備えていて、その中に弾薬等を保存されていることが条件となる。

 抗劣化庫自体は800年前に家電量販店に売られていたような物だが、過去の施設すら碌に見当たらない現状で条件を満たせるものとなれば、かなり厳しい気もする。


「じゃあ、ご主人たちが作るのは?」


「無理だろうな。弾丸の作り方はわかるけど、素材も機材もないんじゃ、生産設備を作ることからはじめなきゃいけない」


 自分は技術者でも研究者でもなく、ただの兵士だと万歳をして見せる。

 ないものは仕方がないと納得したらしく、アポロニアは、そッスか、と作業を続けながら言った。


「じゃあ保管されてる場所を見つければいい訳ッスね」


「ポジティブだな。簡単に見つかるとは思えないけど」


 僕が苦笑をぶつければ、アポロニアは楽しそうに白い八重歯を輝かせて笑顔を返してくれた。なんなら尻尾をブンブン振り回すおまけつきだ。


「王国で古代遺跡探しをすればいいだけじゃないッスか。時間はあるんスから、地道にやっていくッス」

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