第2話 買う食べる語る

「……なるほど、リビングメイルを殺せるのはリビングメイルだけか」


 賊を片付け終えると、その刃はこちらへと向けられた。

 殺意や敵意ではなく、警戒。動物的な恐怖心から、彼らはこちらに武器を向けている。

 とはいえ、それは大いなる誤解でもある。


『敵意はない。買い物がしたいだけだ』


 少なくとも言葉が通じるならば行動で示すべきだろうと思い、とにかく両手を挙げてみる。

 行動そのものの意味が伝わるのかはわからない。それも拳そのものが武器となるような奴に万歳されても何の意味があるのかとも思える。

 だが、頭に巻かれた布から覗く目を見開いて用心棒たちは呆気に取られていた。


「か、買い物だぁ? お前、本当にリビングメイルなんだろうな」


「そんな鋼の塊みてぇな野郎が食事っつっても、まず何食うんだよ」


「それより、なんでこいつは普通に喋ってんだ……?」


 最後の方はボソボソと小さくなっていく言葉。よく見れば、その中に風貌が異なる者が、端的に言えば明らかに商人らしき男が混ざっている。

 どうやらあれがここの店主らしい。できることなら、もうちょっと穏便に物事を進めたかったなぁ、などと思うがこの格好ではそうもいかない。

 中身はただの人間だと叫んで出て行ってもいいが、ここで内側から出るのは生命の危険を感じるのでやらないことにした。ダマルではないがびっくり箱から化物が出てきました、というような扱いを受けたらたまらない。


『金は持ってるから飯をくれ。なんでもいい』


 自らの腰に無理矢理括りつけたマキナにとって全く不似合いな布袋を見せて軽く振れば、その小さな金属音に店主らしき男は更に目を見開いて瞬きを繰り返した。

 それもこちらが一切動じないと分かれば大仰なため息に変わったが。


「わかった……金払うってんなら客だ。それが人間だろうがキメラリアだろうが、それとも鎧だろうが、な」


『恩に着るよ』


 途中に挟まれたキメラリアという言葉の意味は理解できなかったが、とにかく認めてはくれたらしく、僕は店の中へと招かれた。何故かやや諦めたような、それでいて呆れているような雰囲気には申し訳なくも思ったが。

 店主は、その阿呆どもを捨てておけ、と用心棒に命じると、カウンターの上に干し肉と大きな丸いパンを並べた。


「人間でなくても、これでいいのか?」


『勘違いしないでほしいが、僕は人間だ』


「どこにそんなごついフルプレートアーマー着込んでまともに動ける人間が居るってんだよ。仮にアンタが人間でも、十分化物だ」


『人間でも化物、と言われると困るな。証明できないから、中身は本当に人間だとしか』


 店主の言葉に僕は頭を掻くくらいしかできなかった。いや、頭を掻いても返ってくるのは装甲の硬さだけでしかないのだが。


「……まぁ、助けてもらっといてなんだからな。アンタが人間だってんなら、俺だけは信じておいてやるよ」


『ありがたい。必要な分をとってくれ』


 袋から青銅でできたを机にぶちまけると、店主はフンと息を吐きながらそれを数えていき、そのほとんどをポケットにしまい込む。

 青銅の貨幣らしきものは余程価値がなかったか、この店が法外な価格なのかだろう。今のところ貨幣価値を判断する基準はまったく持ち合わせていないので文句も言えず、黙って返された3枚の釣銭を布袋に押し込んだ。随分軽くなった袋はしっかりしぼんでしまっている。

 代わりに受け取った干し肉と黒パンは、入れられる容器や鞄もないため直接手に持つ他にない。

 おかげでより一層訳の分からない見た目になった僕の姿を見て、店主はそれはそれは大きなため息をつきながらボロボロの麻袋をこちらへ放り投げた。

 助かる、と短く伝えると、店主は眉間に刻まれた皺をもみほぐしながらあのなぁ、と呟いた。


「なんでそんな化物じみた人間が放浪者なんぞやってんだ? リビングメイルを使えるとなりゃ、国の軍でだって一気に大出世できるだろうによ。それに人間だってことを疑われるんなら、そいつを脱いでみせりゃ一発じゃねぇか」


『臆病で心配性だから、顔をそうそう出せないだけだよ』


「何の心配だよ何の! お前が心配するべきものってなんだってんだ……リビングメイル相手に普通の人間じゃ束になったって敵いやせんわ」


 だからあんな阿呆共に後れをとるんだ、と店主の言葉は最後に愚痴に変わっていった。

 やや哀愁すら感じる背中に僕は口を噤むしかなく、世話になったと告げて店を出ようとして呼び止められた。


「……感謝ついでに世間知らずなアンタに一つ無意味な忠告だ。最近このあたりにの連中がうろついてる。見つかると厄介だぞ」


コレクタ収集家?』


 連中と呼ばれるからには何らかの組織、あるいは人間の集団を指す言葉なのだろうと想像を巡らせるが、イマイチ実態が掴めず僕は首を捻った。


「そんなことも知らんのか? アンタ、どっから出てきたんだ……コレクタってのは廃品業者スカベンジャーの連中で、野盗みてえな連中も多い。俺はほとんど関わった事がないから詳しくは知らんが、リビングメイルやら鉄蟹やらを好んで狙ってる」


 リビングメイルに鉄蟹という、聞き覚えのない曖昧な言葉の羅列に対し、僕は唸りを返すくらしかできない。

 世間知らずもここに極まれり、と言ったこちらの様子に、店主は何度目か分からなくなった盛大なため息を吐いた。

 の内であるならばいざ知らず、この現代という世界においては、自分が世間知らず程度では済まないことは先刻ご承知なのだが。



 ■



 自称人間のリビングメイルは、食料を麻袋に詰め込むとすぐに店を立ち去った。

 正直な話、店主は今日起こった事は全て夢だったと思いたいほどに疲弊していたが、店内の散らかった様子が全て現実だったことをこれでもかと伝えてきて、とてもではないが忘れさせてはくれそうにない。

 とりあえず彼は用心棒たちに対して、頭をかち割られた旅人の埋葬と店内の片づけを命じ、自分は一服することにして外に出る。

 今までいろんな客が来たが、あんなのは流石に経験がない。それどころか、ただでさえ希少なリビングメイルを1日で2体も見ることなんて、普通に生きていてあるはずもない。むしろ一生関わることなく過ごす人間だって多いことだろう。

 それを目にしてまだ死んでいない自分は幸か不幸か。店の奥でひっくり返って泡を吹いていた商人が羨ましいとさえ感じた。

 普段の店じまいにはまだ少し早いが、今日はもう閉めて寝てしまおう。そうだ、今日ぐらい酒を思いっきり呑んで酔っ払ってしまえばいいのだと、彼は大きく煙草の煙を吐き出した。

 だが、そんな些細な願いでさえどうしても叶わないらしい。


「おい、まだやってるか?」


 じろりと声の主を見やった店主は、その装いからその客らが何を求めてこの場所へやってきたかの予想がついた。

 いや、知っているならばそうとしか思えない連中なのだ。


「コレクタ……」


どうやらまだ、この店主にとって狂気とも言える1日は終わらないらしい。





 パチリ、と焚火から火の粉が跳ねる。


生きた鎧リビングメイル、ねぇ」


 ダマルはそう言いながら先ほど買い込んだ干し肉を食いちぎり、やっぱり不味いと顔をしかめる。


「大方予想はついてたけどよぉ……を生きてる連中には機械文明ってのは伝わってねぇんだろーなぁ」


 荒れ地の片隅。満天の星空の下で遅い夕食を貪る。

 パサついた黒パンは煮ても焼いても旨くなりそうにはない代物で、加えて石を齧っているかのように硬い。干し肉の方もダマルが言うように塩辛いばかりで不味く、これまたゴムのようで噛み切れなかった。

 それでも貴重な食料であることに変わりはなく、元々心許なかった資金は今回の買い物でほぼ底をついている。無論、あの店が余程高値でこれを売りつけてきていなければ、の話だが。


「言い得て妙だとは思うけどねぇ、リビングメイルっていうのも」


 僕は脱装して棒立ちになったマキナ、愛機である翡翠ひすいを、座ったまま拳でコンコンと叩く。

 操縦者の有無に関わらず大柄な全身鎧が自由自在に動き回ったとすれば、それは機械を知らない文明らしい現代の人々から見て、奇怪な生き物としか映らないことだろう。

 機械を生物であるかのように語る現代に対し、まるで御伽の国だな、とダマルは水を啜りながら呟いた。


「でもよ、そのコレクタって連中はちと気がかりだぜ。機械文明が貧弱か、それか皆無だってのに、なんで使い方もわからねぇマキナを狙う連中が居るんだ?」


「猛獣使いみたいな存在だったりして」


「マキナを飼いならすってか? 稼働してない状態の奴には無視されて、警戒態勢の奴に近づきゃあ、頭がスイカみてぇに砕かれてから失敗に気づくだろうな! 俺だったら粉末にされちまうぜ」


 カッカッカとダマルは笑う。

 この骸骨と出会ってから今まで大体1ヶ月ほどだが、ダマルのジョークは相変わらず笑いにくいと思う。

 だから水で黒パンを咽の奥に押し込んでから曖昧な笑みを返すのだが、ダマルはこれでウケたと思っている節があって困る。

 今回もまた僕の顔を暗い眼孔で覗き見ながら、生きているのか死んでいるのかわからない喋る骸骨は、とはいえ、と話題を戻した。


「最悪そいつらと遭遇したら、いい機会だし世界情勢でも聞いてみようぜ」


 どの口が、と僕は言いそうになって口を噤んだ。

 髑髏が薄っすら下顎骨を下げて語るのだから、誰が見ても危険な魔物の一種としか言えないだろう。


「君、見た目で損してるよねぇ」


「よせやい」


 そう言ってダマルは後ろ頭を掻いた。

 何をどう汲み取って照れたのか。こちらに褒めたつもりはなく、むしろやや皮肉を混ぜたぐらいであるが、肉のない耳孔には正しく伝わらなかったらしい。

 言葉とは斯くも難しいものかと思うが、それ以上にこの骨の不可思議を責めたい。

 実際悪魔であったり亡霊であったり、はたまた幻覚であるならばそれで納得できよう。だが、ダマルは実際目の前に居る上触れられて、人間と同じように飯を食い、人間臭い思考をして、自分と近い太古の記憶を持っている。それを見た目だけで化物だと言い張るには、僕は近づきすぎていた。


「君はなんなんだろう」


「ぁあ? そりゃお前、俺ぁ骨だろ」


「……まぁ、そうなんだけど、そうじゃなくてだよ」


 さぁな、と焚火に照らされる白すぎる手が振られる。

 僕はこの1ヶ月ほどダマルと一緒に過ごしてきたが、この骸骨についてわかったことは驚くほど少なかった。

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