ボクに乙女心なんて分かるわけないだろ

郡冷蔵

第一章 新生活はスカートと共に

第1話 ボクに乙女心なんて分かるわけないだろ

Dデルタ6、指定ポイントに配置済み」

「D6指定ポイントに到着、了解。別命あるまで待機せよ」

「D6、待機了解」


 通信機を口元から離して、済み渡る夜の黒を心に吸い込む。夏ももうすぐ終わりだ。骨の髄までをしんしんと、心地よい冷たさが浸していく。

 そうする間も腕時計は粛々と時を刻み、ついに二十二時十五分を数えた。


「作戦開始」


 さあ、仕事の時間だ。

 突入チームがターゲットの潜む廃工場に突入する。本来ならそれで事は終わりだが、面倒なことに今回のターゲットは瞬間移動能力を持っているらしい。

 案の定通信は続く。


「ターゲットが星辰魔法で離脱。待機チーム各員は転移終了予測ポイントへ」

「D6、了解」


 だがそれに手をこまねくようなボクたちではない。

 ボクを始めとして、鎮圧に長けたメンバーは転移終了予測ポイントにそれぞれ配置されていた。いわば突入メンバーは見せるだけの兵、逃げた先で転移終了の隙を待つボクたちこそが本当の戦力なのだ。


 瞬間移動といえど使っているのは人間。襲われたなら出来るだけ遠くに逃げるのは自明だろう。更にその転移可能範囲はこれまでのターゲットの観察から既に割り出されている。そして、範囲の外縁部付近で、転移に足るそれなりに広い場所。

 そのうちどこに来るのかは分からないが──。


 公園に突然現れた人影。姿形はターゲットと一致。

 ボクは左手で耳元のピアスにそっと触れて、星辰魔法を発動した。




 星辰魔法アステリズム。かつては『超能力』というカタチで世に聞こえたそれも、今では当たり前のものとして世に受け止められている。


 人間ひとりにひとつだけ、カミの許したもうた奇跡。能力の系統は、まるで樹木が枝葉を伸ばすように、星辰術師の増加に伴って細分化していく。とくにここ十年での発展が著しく、いまや『完全に同一のものはふたつと存在しない』と言われるほどだ。


 現代社会において、星辰魔法を持つ人は全体の二割。二十歳以下の若年層においては七割とも言われている。様々な力は様々な場所で様々に役立てられ、人類はまた一歩、未来に大きく前進したのだ。

 しかし、発展に平行して問題が現れるのがイノベーションの常であり、この超常技術もまた例に漏れない。


 個人個人が異なる異能を持った結果、それを用いた犯罪は、より複雑な、難解なものとなる。

 誰かが不可解な窃盗に遭ったとして、それは瞬間移動テレポート引き寄せアポーツか、はたまた『窃盗に遭った』という記憶を植え付けられただけなのか。そしてその証拠はどこに?


 従来の警察理念の下では、能力犯罪の検挙はほぼ不可能。

 いつしかそれは常識となり、警察組織は変革を急務とされた……というのが、ここ数年のお話だ。


 ただいま警察は改革の真っ最中。事は単なる組織改革ではなく、膨大な法整備も要求する。その中には人権問題やら何やらが絡まっているものも数多く、限界まで少なく見積もってもあと五年はまともに動かないだろう。しかし、能力犯罪は今日もどこかで起こっているわけで。


 そうした情勢から、政府によって秘密裏に設立された治安維持部隊こそ、対星辰犯罪特殊部隊、『客星機関』。つまり、ボクたちだ。


 現行法律では違法となりうる行為も含めたあらゆる手段で、能力犯罪を迅速確実かつ隠密に取り締まるのが、機関の使命だ。

 あと数年か数十年か。能力犯罪を大手を振って取り締まれる日が来るまで歴史の陰で戦い続け、そしてその日と共に消える

 星辰ほしの時代に相応しい名前だ。


「おう。お疲れさん、D6。今日呼んだのは他でもない。お察しの通り、お前宛てに新たな任務が届いた」


 いつもどこかぴりぴりとしたこの職場で、決して笑顔を絶やさない優男として有名なA4は、ボク、D6の上官だ。


 政府設立の違法組織という存在してはならない組織である以上、ボクたちは表の世界とは遮断されている。A4やD6は仮称であっても偽名ではない。そもそもボクらには本名すらないのだ。


「先日確保した天翼会メンバーの尋問から、とある襲撃計画が進行中と判明した」


 天翼会。星辰魔法を悪用する犯罪組織のひとつだ。

 客星機関の凄腕エージェントたちをもってしても、その全容は把握できていない闇の中の闇組織。


 先日確保した瞬間移動男はその天翼会との関与を疑われていたが、見事予想は的中していたらしい。

 しかし下っ端に過ぎないはずの彼がそんな情報を握っているとなると、計画実行が目と鼻の先か、あるいは罠を疑うべきだろう。

 ボクよりずっと頭が回るのだから、A4もそれは分かっているはずだ。あえて追求せずに先を促す。


「場所は」

「都内の高校──三原女学院だ」


 三原女子学院高等学校。たしか、そこそこ有名なお嬢様学校だったっけ。

 偏差値もそこそこ高かった、と、思う。なにぶんニュースでたまに聞いた程度の知識しかないのだけど。

 そんな学校が、なぜアステリズム犯罪組織に?


「……ええと、何か、狙われる理由が?」

「現時点では不明だ。だが懸案事項がひとつある」

「それは」

「偶然か、狙われたのかは不明だが、Pナンバーの孫娘がそこに通っている」


 Pナンバー。それは客星機関の最上位階に与えられるコードネーム。極秘組織である機関の中でもトップシークレットに位置し、機関の構成員たるボクすらほとんどの情報を持たない。

 A4を初めとしたAナンバーには連絡のためいくらかの情報が開示されるらしいが、それもごく僅かなものだという。

 これで指令の方向性が分かった。


「──あるいは、その対応から機関を走査するための罠だとしても、対応せざるを得ないと」

「そういうことだ。D6。お前はかの女学院に学徒として潜入、対象を護衛せよ」

「はっ! ……え?」


 勢いよく返事をしてしまってから、あれおかしいぞと思い当たる。


「あのー……ボク、男ですよ?」

「この手の任務にお前ほどの適任はいない……ああ、星辰の話な」


 確かに、ボクの星辰魔法はこうした、受けに回る荒事を隠密にこなさなければならないような任務で輝くものではある。あるけど。


「無論お前のその女子顔負けの女子っぷりもあってこそではあるが」

「横暴だ! パワハラ? セクハラ? で訴えますよ!」

「はっはっは。原告も被告も存在しないのに、どうやって訴えるんだ?」


 なにせボクらは公的に存在しない以下略。


「もー……。分かりましたよぉ」

「えらく素直だな」

「いやまあ正直いけるでしょうからね……」


 不本意なことに、ボクは可愛い。そんじょそこらのアイドルより可愛い。なんでこうなってしまったのかは知らないけど。お父さん本当にボクと血がつながってなかったんじゃないかな。


「体育の授業があるんだから、女の子と一緒にお着替えイベントもあるぞ」

「そうだった! ダメですやっぱムリです!」


 いくらなんでも着替えには無理がある。どうにか自分が上手く着替えられたとして、周りの女子はきっと普通に……女子同士のものとして、色々と躊躇せず着替えているなわけで。精神的にきつい。

 っていうか水泳あったら一発アウトだし。


「ははは。ジョークだよ。お前にはうまい言い訳があるだろう?」

「と、言いますと?」

「お前日光ダメだろ?」


 ボクはいわゆるアルビノで、生来肌や眼が弱い。とは言っても、医学の力でどうとでもなるので、今まで不便を感じたことはなかった。

 機関に加入して、そうした医薬品等々に手厚いサポートが得られるようになってからは特に。


「あぁ。そっか……。基本対策してますからね、すっかり忘れてました。でも、なんで薬使わないのとか言われませんか? あと、体育館もありますよね?」

「そういう腫れ物にわざわざ突っ込まねぇよ、立場あるご令嬢がたの通うお嬢様学校なら、なおさらな。万にひとつなんか言われたとしても、医師の診断書くらい簡単に出せるから安心しろ。……てかそういや、お前学校初めてだったか?」

「いえ。小学校までは通ってましたよ。ここに来たの、十歳のときですから」

「中学すっ飛ばして高校レベルの勉強って出来るもんかね?」

「……まあ努力はしますけど」

「成績来たら見せろよ。上官命令」

「嫌ですよっ!」

「ほー。じゃあ俺の画像フォルダから、お前のメイド姿がプリントアウトされるわけだが」

「やめろ! マジでやめろ!! 分かりましたよ、見せます、見せればいいんでしょう、もう!」


 ちなみに、件のメイド姿は、去年の忘年会で酒を飲まされた後気づいたら撮られていた。写真のボクは笑顔だった。後日ボクは生涯飲酒をしないと固く誓った。

 っていうか治外法権に近しい権利を有するボクらであっても、みだりに法律を犯していいわけではない。お酒は二十歳になってから。

 A4に無理矢理飲まされたけど。これこそパワハラアルハラでは。


「あー、閑話休題。学院には既に一人、機関から学徒として潜入している者がいる。E9だ。本来なら三年間彼女が万一の事態に備えるはずだったが、こうなっては彼女一人では荷が重い。故のお前だ。潜入、護衛にあたってはE9と協力して進めてくれ」

「なるほど。ところで、護衛対象をまだ聞いていないのですが」

「ああ。それなんだが、そこまでは一介のエージェントでしかないお前には教えられない。Pナンバーの家族構成など、本来極秘も極秘だ」


 つまり護衛対象が不明な護衛任務。なるほど。


「どうやって守れと?」

「健闘を祈る」

「いやいやいや! ボクの星辰にそこまでの力はないですってば!」

「別に学徒全員を一人一人守れって言うんじゃない。要するに不審者不審物をいち早く発見し対応しろってことだ。E9の星辰は『遠見』。人間監視カメラのようなものだから、彼女と協力すれば十分可能だ」

「う~、分かりましたよ……尽力します」

「ただでさえ目立つ転入生だ。奴らには最初から疑われているものと思え」

「分かってます」

「では、その他、詳細は資料で確認してくれ。健闘を祈る」

「はっ」


 そうして、一風変わった護衛任務と共に、ボクの奇妙な学校生活が始まるのだ。ひらひらのスカートで。

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