ボクに乙女心なんて分かるわけないだろ(旧版)
郡冷蔵
第一章 新生活はスカートと共に
第1話 ボクに乙女心なんて分かるわけないだろ
「D-シックス、指定ポイントに到着。倉庫内には……はい。ターゲットを確認できました。どうぞ」
「H-イレブン、了解。手順通りに接触せよ」
「D-シックス、了解。倉庫内に侵入する。以上」
通信機を口元から離して、済み渡る夜の黒を心に吸い込んだ。夏ももうすぐ終わりだ。昼間の間はまだ残暑どころか猛暑が続く毎日だが、夜になると世界は一気に冷えていく。何度か吸って吐いてを繰り返すと、骨の髄までをしんしんと、心地よい冷たさが
さあ、仕事の時間だ。
最後にもう一度スーツの中のネックレスの感触を確かめてから、閉ざされたシャッターの横にある通用口へと足を運ぶ。
中に入ると、この倉庫の大きさに比して幾分頼りない小さな灯りのうち、ボクのいる入口近くだけが点灯しており、倉庫の奥の方は黒い闇に閉ざされていた。
その陰の中からやや上擦った男の声が飛んでくる。
「こ、こんな小娘が来るなんて、聞いてない」
ボクは娘じゃない! なんてことはわざわざ叫ばないけども、せめて心の中で毒づいておく。
「……大人が行くとも言っていませんよ。我々に年齢など無意味ですから。ただ、取引に十分対応できるだけの力を持った人間が派遣されるだけです」
「お、俺は、俺が弱いってのかッ?」
「何をおっしゃいます。あなたの
「……は、話は、本当なんだろうな。お前、お前たちは、本当に、アイツらから俺を守ってくれるのか? あの
「まあ、確かに、確実に守ると約束することは誰にもできないでしょう。だからこそ、こうして申し出を受けられるだけでも破格だと思っていただきたい。我々も奴らを敵に回す覚悟を決めて、いまこの場に立っているのです」
「……だが……ッ。お、おい、お前、ひとりで来るって話だっただろ!? な、なんで──」
男の声が明らかに慌てだす。僅かに遅れて、ボクも気づいた。倉庫の周りに誰かいる。それも、極限まで足音を殺して、というより、これは、認識阻害か何かの星を纏っているのだろう。当然のことだが、まともな人間はそんな星を輝かせながら出歩きはしない。
「我々からは間違いなく私ひとりで来ています。なので、まあ……これは、そういうことですね。人数は把握できますか?」
「さ、三人だ、多分……ひッ!?」
「どうしました?」
「つ、使ってたカラスが、殺された……電撃? ああ、もう訳わかんねえ、クソッ! どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!」
あ、動物もいけるんだ。わりと本当に当たりの星辰なんだな。まあ、それはさておき。
爆発でシャッターが吹き飛んだ直後、ボクはスーツの中からネックレスを引き出して、最大出力で星辰を起動した。
それは、人間ひとりにひとつだけ、カミの許したもうた奇跡。
星辰に関して最も有名なその一文が示すように、完全に同一の星辰はふたつと存在しない。星辰を有する人間であるというだけで、そこには唯一性という価値がある。
水流を生み出す青年が消防隊員として名を馳せ、バリアを張る特殊部隊員が単身でテロを制圧し、傷を癒す星辰が災害地で命を救う。あるいは、視覚情報操作を持った人間は諜報として珍重されたが、うっかり見てはいけないものまで見てしまったり、なんてこともあるだろうが。
そして、ボクの星辰は──。
シャッターの内側と外側、それに僕の背後にあった窓の付近にひとりずつ。ぴっちりとした黒いボディスーツを纏った人間たちが、揃って首を掻きむしりのたうちながら、必死の形相で口をぱくぱくと開閉させている。だがそれもほどなく、彼らが昏倒に至ってしまうと静かになった。とりあえず、視覚操作の彼が言っていた三人は無力化したことになる。
追手が本当にこの三人だけとは思えないが、少なくともこの場で向かってくることはないだろう。
「司令部。司令部。こちらD-シックス。こちらはD-シックス。任務完了。ターゲット、及びターゲットを追って来た星辰使い三名、計四名が、星辰D6Aにて気絶状態にある。速やかに回収されたい。任務は完了した。どうぞ」
『H-イレブン、了解。回収人員が間もなく到着する。引継ぎまで待機願う、どうぞ』
「了解」
隅のほうにあった梯子を昇り、上で倒れている男を担ぎ上げる。なかなか重い。梯子を一段ずつ確実に踏みしめて降りていく中、耳元で緊張感のない声がした。
『いやあ、見事に釣れたね』
「……そうだね」
私語厳禁、というセリフはもう言い飽きていた。
『天翼会も大きくなりすぎた、ってね。こうして影を踏ませるなんてこと、ちょっと前なら絶対になかったっしょ』
「影だけじゃなく尻尾まで掴めたらいいんだけど」
『そのへんはそこの四人がどこまで知ってるかだねえ。あ、そろそろ着くって』
「うん、目視した。お疲れ、イレブン」
『帰投するまでが任務だぞう。ではでは、通信終了』
通信から手を離し、見慣れた同僚に軽く手を上げる。
全体的にシャープなイタチのような顔つきが特徴の青年、D-ツーだ。瞬間移動の星辰を有している。
「お疲れさん。入り口で拾ったふたりはもう送ったぜ。あとはそこのふたりで全部でいいよな?」
「うん」
「いやー、にしても苦しげな顔だねェ。D6Aってことは……うーん、トラウマになってないといいけどなァ」
「一番確実だから。それに、トラウマのひとつくらいあったほうが尋問はやりやすくなるでしょ」
「容赦ねェ。ま、お前もゆっくり休んどけよ。最近出動多いんだろ? ただでさえ消耗する星辰なのに……」
「別に、もう慣れてるよ。でもありがとう」
「ああ。そんじゃ、転移するぞ」
ぐにゃりと視界が歪み、次の瞬間、僕は本部の片隅に設置された、転移用の小部屋に立っていた。お世話になるたびに思うけど、本当に便利だ。星辰というのはどれもこれも、それひとつで大発明レベルの世界改革を起こしかねないものばかりである。
だが、正と負は表裏一体。様々なプラスが生まれたならば、それは様々なマイナスにもなり得るということだ。
個人個人が千差万別の超常能力を有するとは、つまるところ、千差万別の犯罪が起こり得るということ。
火事が起きた。放火が疑われる。ではそれは発火能力なのか、他人を操って放火させたのか、あるいはもっと別の何かなのか。そしてその証拠はどこにある? 念じるだけで火を起こせるやつをどう見分けるっていうんだ。
そう──証拠主義、事後調査を原則とする従来の警察理念の下では、能力犯罪の検挙は不可能に近い。
星辰犯罪件数は増加の一途をたどり、警察は新時代に適したかたちへの変革を急務とされた。というのが、ここ数年のお話だ。
ただいま警察は改革の真っ最中。事は単なる組織改革ではなく、膨大な法整備も要求する。その中には人権問題やら何やらが絡まっているものも数多く、極限まで少なく見積もってもあと十年はまともに動かないだろう。しかし、能力犯罪は今日も変わらず起こっているわけで。
そうした情勢から、政府によって秘密裏に設立された治安維持部隊こそ、対星辰犯罪特殊部隊、客星機関。
つまり、ボクたちだ。
現行法律では違法となりうる行為も含めたあらゆる手段で、能力犯罪を迅速確実かつ隠密に取り締まることこそ、機関の使命。
あと数年か数十年か。能力犯罪を警察が大手を振って取り締まれる日が来るまで、歴史の陰で戦い続け、そしてその日と共に消える客星。
所属エージェントにも色々いるけれど、きっと誰もがこの名前と意義に誇りを持って職務を遂行しているのだろう。
けれどボクは──。
無意味な思考に陥りかけた脳を止めて、ゆっくりと息を吐く。案外本当に疲れているのかもしれない。次の任務が遠いことを祈ろう。
帰還報告を済ませ、ボクはとりあえず作戦レポートを片付けようと自室に戻る。が、なぜか鍵が開いていた。
……どうやら休みはないらしい。
小さな覚悟と共に扉を開くと、そこには思い描いていた通りの人物がいた。
「おう。お疲れさん、D-シックス。今日ここに来たのは他でもない。お察しの通り、新たな任務だ」
いつもどこかぴりぴりとしたこの職場で、決して笑顔を絶やさない優男として有名なA-フォーは、ボク直属の上官だ。
いちおう、Aナンバーは司令官クラスの高官にしか与えられないコードネームで、実際他のAナンバーは目を合わせるだけでも労力を使うような人間ばかりなのだが、この男だけはそのへんのお兄さんなのかおっさんなのか迷われる三十路と大差なかった。少なくとも見かけ上は。
この疲れの中では大変ありがたいことではあるが、それを言うならそもそもコイツとも会わずにレポートを提出して寝られたら一番良かった。ていうかなんで毎回ボクの部屋にいるんだよ。せめて呼び出してくれ。
「例の視覚ジャック男からの聴取で分かったことだが、奴がうっかり覗き見てしまったのは、天翼会によるとある場所への潜入計画だったらしい」
潜入計画……?
「で……お前、またD6Aで片づけただろ。使うなって言ってるのに。F-フォー吐きそうになってたぞ」
「なんのために報告してると思ってるんですか。記憶閲覧ならボクでもできます。F-フォーじゃなくボクを呼んでください」
「お前のは『記憶閲覧』じゃねぇだろ。情報を得られたとして確実性に欠ける。ま、そこは一旦置いておこう。この頃のお前は輪をかけてワーカーホリックすぎる。そんなにお仕事が好きなら、もうひとつ任務をくれてやろう」
「ボクだって人並みに休みたいとは思ってますよ。それで何をすれば?」
「反応薄くね? まあ、まあ、まあ。内容を聞けばお前もすっとんきょうな声を上げて驚くだろうさ」
「はぁ……」
「それで、潜入計画の対象だが。場所は、都内の高校──三原女学院だ」
三原女子学院高等学校。たしか、そこそこ有名なお嬢様学校だったっけ。
偏差値もそこそこ高かった、と、思う。なにぶんニュースでたまに聞いた程度の知識しかないのだけど。
そんな学校が、なぜ異能犯罪組織に?
「……ええと、何か、狙われる理由が?」
「現時点では不明だ。だが懸案事項がひとつある。偶然か、狙われたのかは不明だが、Pナンバーの孫娘がそこに通っている」
Pナンバー。それは客星機関の最上位階に与えられるコードネーム。極秘組織である機関の中でもトップシークレットに位置し、その程度たるや機関の構成員たるボクすらほとんどの情報を持たないほどの徹底ぶりだ。
Aナンバーにはいくらかの情報が開示されるらしいが、それすらも個人の特定にはあまりに遠いものだという。
しかし、これで指令の方向性は分かった。
「どうあっても、対応せざるを得ないと」
「そういうことだ。D-シックス。任務を告げる。貴官はかの女学院に学徒として潜入、対象を護衛せよ」
「はっ! ……はっ?」
勢いよく返事をしてしまってから、あれおかしいぞと思い当たる。もう一度確認してみよう。三原女学院高等学校。うん。
「あの。女学院なんだから、女子校なんですよね?」
「当たり前だ」
「……ボク、男ですよ?」
「いけるいける。その見た目だろ」
「横暴だ! パワハラとかセクハラとかで訴えますよ!」
「はっはっは。氏名もない人間が何を訴えると言うのだね」
「もー……まあ、見た目はいいとしましょう」
不本意なことに、ボクは可愛い。そんじょそこらのアイドルより可愛い。なんでこうなってしまったのかは知らないけど。だが、とはいえだ。
「でも、見た目だけじゃ誤魔化せませんよ」
いくらなんでも着替えには無理がある。どうにか自分が上手く着替えられたとして、周りの女子はきっと普通に……女子同士のものとして、色々と躊躇せず着替えているわけで。精神的にきつい。
「ははは。頑張れ」
「ちょっと!? 笑いごとじゃないんですよ! ていうか、そもそも! 百歩譲って潜入はいいとしても、僕は護衛任務には不適格でしょう。僕の星辰は、そこまで融通の利く力じゃないんですから」
「だから、言ったじゃないか。罰だって」
にっ、といつも通りに朗らかな笑みを浮かべる。
「お前は少し、その力に頼り過ぎるのをやめるべきだ。これはその実地訓練だよ」
「Pナンバーの孫娘をかけてですか!? 失敗したらボクどころかあなたの首も飛びますよ!?」
「だろうな。だから、上手くやっといてくれ」
「ええええ……」
「これは命令だ。拒否権はなーい」
「横暴な!」
「それで、学院には既に一人、機関から学徒として潜入している者がいる。E-ナインだ。本来なら三年間彼女が万一の事態に備えるはずだったが、こうなっては彼女一人では荷が重い。故のお前だ。潜入、護衛にあたっては、E-ナインと協力して進めてくれ」
「わかった、わかりましたよ。やりますよ。ところで、護衛対象をまだ聞いていないのですが」
「ああ。それなんだが、そこまでは一介のエージェントでしかないお前には教えられない。Pナンバーの家族構成など、本来極秘も極秘だ。娘が通っているからって理由だけでも降りてきただけ僥倖だよ」
つまり護衛対象が不明な護衛任務。なるほど。
「どうやって守れと?」
「健闘を祈る」
「いやいやいや!」
立ち去ろうとするA-フォーをどうにか引き留めると、彼は面倒そうに頭をがりがりとかき混ぜた。
「別に学徒全員を一人一人守れって言うんじゃない。要するに不審者不審物をいち早く発見し対応しろってことだ。E-ナインの星辰は『遠見』──人間監視カメラのようなものだから、彼女と協力すれば十分可能だろう。ああ、あと、天翼会の密偵を晒し上げる必要はない。極端な話、ただ密偵してるだけなら放っておいてもいい。あくまでこれは護衛任務だ。それ以上は求めない」
「分かりましたよ……尽力しますけど、ほんと首が飛んでもいい用意だけはしておいてくださいね」
「はっはっは。ただでさえ目立つ転入生だ。奴らには最初から疑われているものと思え」
「分かってます」
「では、その他、詳細は資料で確認してくれ。改めて、健闘を祈る」
「はっ」
そうして、一風変わった護衛任務と共に、ボクの奇妙な学校生活が始まるのだ。ひらひらのスカートで。
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