第99話:秋祭り
夕陽は山の向こうへとっくに消えて、灯してまわったランプが村のあちこちをほのかに照らしている。満天の星空には負けるけれど、なかなかの眺めだ。
「きれいですね、魔王さま」
「ああ。今年もこの景色を君と共に見られてとても嬉しい」
「わたしもです」
魔王さまがわたしの腰を引きよせて、ふかふかとしたたてがみがわたしの首元をくすぐった。
今日はみんなが待ちに待った秋祭りだ。
村に到着した魔王さまは、バルタザールさんと違って快くヴァーダイアに住んでいる花いっぱいの魔界人に仮装してくれた。わたしもおそろいで嬉しいです、魔王さま。
いっしょにランプを灯して回ったときには行く先々でおしどり夫婦とか、お熱いねえだとか冷かされた。いやあ照れるなあ!
今日の魔王さまはひと回り小さくなった去年よりも小さくなって、わたしより頭ひとつ分くらい高い背丈に姿を変えているので、いつもよりずっと顔が近い。
抱き上げてもらわなければのぞくことのできない瞳に見つめられているのがよくわかるので、今日のわたしは挙動不審になっているだろう。だって魔王さまがかっこよすぎるんだもん!
魔王さまと手をつないで村を回れるこの幸せ! なんて表現すればいいのだろう。すごい。わたし世界一の幸せ者だ。
エルフィーは去年と同じく子どもたちの集まりに参加している。
人界語が達者になったので、子どもたちは驚いていた。そうでしょうそうでしょう。うちのエルフィーはすごいんだぞ。
わたしたちとお揃いの花木種族の仮装だけれど、次元が違うかわいさだった。題材は同じなのにどうしてああも違うんだろうね? まあエルフィーは次元が違う美人だからしかたない。
わたしたち魔王夫婦の仮装をした妹夫婦といえば魔界の特産品を売りさばいていた。いや、ちゃんと屋台もまわって祭りも満喫してたけれども。
仮装はどうにも呼びこみ用だったようだ。商魂たくましい。
「お姉ちゃん見てみて、もうすぐ完売よ!」
「うんうん、すごいね。さすがヴィーカ」
「でしょー? 特にベニーモ関連が好評でね、扱いたいって
「じゃあアルバンさんに相談しないとだ」
「うん。あーあ、人界でも育てられればいいのに」
「そうだね」
そわそわと手伝いたそうにしていた魔王さまが手伝い始めてしまう前に次の屋台へ向かった。
来年は準備を手伝えたらいい、と言っていた魔王さまだけれど、まじめで勤勉で仕事の早い魔王さまが準備をしたらきっと村人たちのやることがなくなってしまう。
そんなことはない、と笑っていらしたけれど、魔王さまならやれてしまうと思う。
人間、楽ができるなら楽をしたい生き物なので、一度そんなことになったら後戻りをするのにものすごく時間がかかってしまうこと請け合いだ。魔王さまにはこれからもお客さまでいてもらおう。
アルバンさんに頼めば新年祭の準備くらいなら手伝えるかも? と思ったが、同じ理由で却下だ。
ただでさえ忙しい魔王さまをさらに忙しくする必要はどこにもない。
アルバンさんは去年と同じく食べ歩きを満喫していた。顔見知りばかりになったのでエンリョもない。この日のためにしていた貯金を大放出していた。
おいしそうに飲み食いするアルバンさんにつられて、旅人たちもついつい財布がゆるくなり、屋台の経営者たちは嬉しい悲鳴をあげていた。
アルバンさんにほめられれば売り上げが伸びる、なんて言っている人もいたくらいだ。味のアドバイスを求める人もいて、来年のアルバンさんは屋台に引っ張りだこになりそう。
バルタザールさんも食べ歩きをしていたけれど、どちらかといえば聞きこみのついでのようだった。
どこから聞きつけてきたのか、バルタザールさん目的に学術国の人たちが合流したあとは広場の一角を貸し切り状態にして話し合いをし出す始末。
むずかしい話をしていたようだけれど、お酒片手で話し合いになるのかなあ?
そのうちに飲み比べが始まり、バルタザールさんたちは流れで勝ち残った人が持っている研究素材の総取り、なんて展開になっていた。
勝敗を見届けていないけれど、結果は火を見るよりも明らかだ。学術国のみなさん、それ出来レースもいいところですよ。
魔界人のことを丸きり知らないというわけでもないだろうから、おそらく彼らはその時点でだいぶ酔っていたのだろう。お気の毒に。
今ごろは大量の研究素材をゲットできたバルタザールさんと去年の覇者アルバンさんの一騎打ちでも始まったころだろうか。
阿鼻叫喚になっているだろう広場を眺めていると音楽が流れてきた。
ゼーナお姉ちゃんは今年も男たちに囲まれて鳥肌を立てているのだろうな。ダンスを申しこまれまくってブチ切れながらも気絶させるだけのお姉ちゃんはなんだかんだ言っていてもやさしい。
スィシェネミアーユの衣装作りをがんばって手伝った甲斐があった。髪飾りもみんなでちょうがんばった力作だよ。大事にしてね。
「リオネッサ、手を」
「はい」
差し出された魔王さまの手を取る。わたしのための肉球は今日もぷにつやかだった。
「ミートパイのお味はどうでしたか? 魔王さまが来るって聞いたネレーアおばさんが腕によりをかけて焼いてくれたんですって。他にも魔王さまのために作ったものがたくさんあると聞きました」
「そうだったのか。どれも美味だった。城に帰る前に礼を言わねば」
「そうしてあげてください。みんな喜びます」
魔王さまにリードされながらみんなが魔王さまのために作ったものの名前をあげていく。魔王さまが健啖家でなかったら胃袋がはち切れていたことだろう。
「去年よりも多いとは思っていたが、そんなに作ってくれていたのか。ありがたいことだ。私も何かしら、彼らに返したいが……」
「ふふ、だいじょぶですよ魔王さま。みんなにとっては恩返しなんですから」
きょと、と瞳をまあるくした魔王さまが首をかしげる。かわいい。
「去年も今年も布や食材を大量にわけてくださったでしょう? そのお返しなんです」
「当然のことをしたまでなのだが」
いまいち納得できないようで、魔王さまの周囲にはてなマークが飛ぶ。
「魔王さまにとっては当然のことでも村のみんなにとってはものすごくありがたいことだったんですよ。魔王さまのおかげでどこも経費削減ができたって大喜びでした」
「ふむ。経費削減は大事だな」
ちかちかと秋ボタルが光る。音楽がとぎれたので、お互いにお辞儀をして笑いあった。
夜空には去年と同じく白い月が浮かんでいる。
魔王さまに手を引かれてその胸に体をあずけた。花の香がする。今日のための香水だ。魔王さまの匂いと混ざり合ってすごくいい匂い。
「月がきれいだ」
「そうですね」
「不思議だな、人界の月はいつ見ても白い」
「魔界ではひと月ごとに色が変わりますものね。こちらではこれがふつうですけど」
「うむ。不思議だが、君のように静かな美しさを感じる」
「ありがとう、ございます」
至近距離で、魔王さまのきれいな瞳に見つめられて、そんなことを言われたわたし、よく気絶しなかった。エライ。
きっと日々の積み重ねのおかげに違いない。毎日のハグもキスも慣れたものよ!
「来年もいっしょに見よう」
「はい」
腰にまわっていた魔王さまの腕に力が加わって、ぎゅっと抱きしめられた。それからわたしは魔王さまを見上げる。
魔王さまの瞳はいつだってきれいだ。月の光にすかされた夜の湖のように静かにゆらめいていた。
わたしは背伸びをして、目を閉じた。
魔王さまはちょっと驚いたようだけれど、わたしの意図を正しく読み取ってくれたようだ。唇にあたたかなものが触れる。
「どうですか、魔王さま。わたしも少しは成長したでしょう」
「ああ、そのようだ」
驚いた、とこぼした魔王さまは朗らかに笑った。
結果、リオネッサは次のキスで腰を抜かした。
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