第100話:バルタザールの秋祭り

 こういった祭りに参加するのはこれで二度目だ。

 一度目は新年祭だが、これは魔界城で行われたものなので人界の祭りに参加するのは初めてになる。

 バルタザールは辺りを見回す。

 幾度も訪れている場所だが、今日は様相が違って見えた。

 あちこちに人界人が溢れ、屋台があり、笑顔で満ちている。

 新年祭とよく似ている、と感じたが、逆だ。新年祭がこちらの祭りを真似たのだった、と思い直した。

 屋台の食べ物はどれも美味しかった。酒も魔界の強すぎるだけのものと違って酔わないので、思考が鈍ることもない。

 仮装した村人達に紛れて魔界人もちらほらと見かけた。どちらも友好的な雰囲気で接している。長年に渡って交流を重ねてきた成果か。

 バルタザールは所感を手帳に記しておいた。

 テオドジオに聞いた話に出てきたラシェ村の創設に深く関わったとされるゼーノの曾祖父に興味があるのだが、秋祭りだというのに顔も出さない。それどころか行方すらわからないのだという。

 彼は妻がこの世を去ってから家を開けがちになり、めったに戻ったことがないらしい。一番最後の目撃情報はゼーノの父が生まれた時だという。およそ四十年前だ。

 その時はまだまだ元気そうに見えたという話なので、おそらくはまだ存命であろう。

 いつかぜひ会って話をしてみたいものだ、とバルタザールはピザを頬張った。今度城でも作ってもらおう。片手で摘まめるのが素晴らしい。


「バルタザールさまー」

「お久しぶりです」

「その節はどうもありがとうございました」

「ああ、君達か。元気そうで何よりだ」

「おかげさまで」


 ラシェの祭りに来られたら来るよう連絡していた留学組はそれなりに祭りを楽しんでいるようだった。三人とも手に食べ物や飲み物を持っている。

 そわそわとした様子で挨拶もそこそこに留学先で知り合った研究者達をバルタザールに紹介すると、


「王妃様の故郷を見られるなんて感激です! ぜひともご実家を拝見しておかなくては! それでは!」

「薬草のことを教えてくださるという方と知り合ってこのあと教えてもらう約束をしてきたんです!」

「バルタザール様に聞いて気になっていたので実地調査に来たかったんですよ」


 等々、言い残して去っていた。


「申し訳ない。彼らも好奇心旺盛なもので」

「いえいえ。それはこちらも同じですから。改めまして、アルド・マストロヤンニと言います」

「コルンバーノ・プルッツォです。お会いできて光栄です」

「バッティスタ・ブゾーニです。あなたの論文を読ませていただきました」

「ラニエロ・ファルネティ。あなたとは気が合いそうです」


 固く握手を交わして、バルタザール達はいろいろな話をした。

 本にのっていない魔界や人界のことや、最近の研究やその成果、普段は話さないような愚痴や仮説までも話し込んだ。彼らは研究が生き甲斐なだけあって、受け答えも着眼点も面白く、また興味深かった。

 話が進めば食も酒も進む。広場の一角を占拠している事などすっかり忘れて、五人は話し込んだ。


「うちの義呪力に目をつけてけっこう兵器開発の依頼なんかもくるんですよ」

「そうそう。この前なんかアインクルフ国の将軍から依頼がきて」

「あそこはイレニティアを目の敵にしてるからなあ」

「反魔界活動もそれなりに盛んだっていうしねえ」

「けどそんなのは誰も引き受けないけど」

「興味がまっっったくわかねえもんなあ」


 だいぶ酔いが回っているようで、敬語も取れてきた四人が赤ら顔で話す。


「なあーにが大量に兵士を殺せる道具を、だ。ンなモン作るくらいならミミズの群生地と大量発生地の理由を調べ回ったほうがよっぽど有意義だっつーの!」

「まったくだ。俺なら魔素によって魔界から見える月の色が変わる法則を調べる」

「脳ミソが筋肉なんじゃないな、アレは。むしろからだ。何も詰まってない」

「それな」

「その通り」


 肯き合う四人の杯に新しく酒を注いでやり、バルタザールは少しだけ眉をひそめた。


「そんな断り方をしていいのか? アインクルフといえば中小国だがそこそこ軍事力はあるだろう。報復とか面倒事に巻き込まれやしないのかい」

「大丈夫大丈夫。心配ご無用」


 机に頬杖をついてコルンバーノがへらりと笑った。この男は四人の中では一番の年嵩という事だった。


「なにせ攻められたところで我々は痛くも痒くもない」


 これはアルドだ。


「リチェッカは国であって国にあらず」


 これはバッティスタ。


「逃げる準備は全員いつだって万端ですよ」


 ラニエロも胸を張っている。


「兵士が攻め込んでくりゃァ、その時はァ」


 コルンバーノがにやりと笑う。四人がいっせいに杯を掲げかつんかちんと鳴らし合った。


「爆破装置で一網打尽だァ!」


 ワハハ、と高らかに笑い杯を飲み干す。


「隠れ家は世界中にあるし」

「バラバラになったっていつもと変わらないもんな」


 同じように杯を傾けながら、バルタザールは肩を震わせる。


「なるほど。自陣を爆破とはロマン溢れる戦法だ」

「でっしょー!」

「さすがバルタザール! 話がわかるぅ!」

「でもいいのかい、そんな事を私に話してしまって」

「いいのいいの」

「だって魔界から兵器の開発の依頼なんてぜったいないしー」


 バルタザールはうなずいた。依頼を出すよりも自分で開発したほうがおそらく早い。


「そうそう。兵器なんてなくても魔界人は十分強い!」

「確かに」

「違ェねえ!」


 バルタザールは馬鹿笑いしだそうとする口元を押さえた。酒の席とはいえ、魔王軍の参謀としての威厳は最低限保っておきたい。

 魔素がなければその分魔術が使えなかったりと力は減退するが、基本的に人界人よりも強いのが魔界人だ。頭脳労働が主なバルタザールでさえ純粋な力勝負でどんな屈強な人界人にでも勝てる自信がある。

 楽しそうに笑う四人につられてバルタザールもどんどん楽しくなってきた。

 どうやら浮かれている様だ、と自身を分析しながら近くの村人に金を渡し、あれこれ注文して買い出しを頼む。


「はるばる来てくれた君達のおかげでとても楽しい時間が過ごせた。ぜひ奢らせて欲しい。どんどん食べて飲んでくれ」

「ありがたい!」

「いよっ! 御大尽!」

「太っ腹!」

「キャー! ステキー!」


 机に運ばれてくる料理と皿とを腹に収めていくうち、四人はどんどんできあがっていた。それを微笑ましい気持ちでバルタザールは眺めた。

 浮かれついでに自分も彼らのように酔えたらなあ、と。

 食べて飲んで話し合っているうちに飲み比べが始まった。


「さあさあどなたも振るってご参加ください! 最後まで勝ち残った優勝者にはラシェ特製の葡萄酒を樽で贈呈いたしますよお!」


 とろん、と半分ほどもまぶたを下ろしかけたコルンバーノが司会者のほうへ目を向けた。


「飲み比べだってよォー」

「いいねぇー~、ヒック」

「勝負しようぜえ、この中の誰が一番強いかあ。うぃー」

「いいなーそれー、うぃっく」


 目の据わったコルンバーノが懐から石を取り出す。バルタザールは方眉を上げた。人界でも珍しく、魔界には流れて来ない素材のひとつだった。それがゴトリ、と机の上に置かれる。


「俺にィ、決まってるだろお。俺に勝てたらァ、秘蔵のこいつをやるわァ」

「ああん? 俺に決まってらあ。俺はこいつを賭けるう、ヒック」


 赤い顔のアルドもゴトリ、と石を置いた。やはりこれも魔界には流れてこない希少価値の高い素材だった。


「おれはあ、こいつだー」


 ゴトン。眠たそうなラニエロも素材を置く。


「俺ァ、コイツー。最後に残ったやつの総取りだー、いいなー?」


 ゴトン。背仲の丸まったバッティスタも素材を出した。


「いいね、それ。じゃあ僕はこれを」


 バルタザールは歯を見せて笑い、自分も素材を置く。ゴトトン。

 机の上に置かれた素材はどれも貴重なものばかりだ。その光景に気を良くした四人は高らかに乾杯を謳う。


「「「「イェーイ! かんぱぁーい!」」」」

「乾杯」


 ジョッキを傾けながらバルタザールも上機嫌だった。

 四人は相当によっているらしく、正常な判断がまったくできていない。

 魔界人の事には詳しいだろうに、とバルタザールは次のジョッキを受け取った。

 案の定、バルタザールの圧勝だった。

 次々と机に突っ伏し、潰れてしまい村人達に運搬されていく四人を見送り、バルタザールはほくほくと素材を総取りした。人界の貴重な素材を苦労なく手に入れられたのだから不機嫌になろうはずもない。

 せめてものお礼に四人の参加料は支払っておいた。


「ありがとう、四人とも」


 来年も勝負できたらいいな、とバルタザールはジョッキを空にした。


「楽しんでいるようですねえ」

「ええ。良い収穫がありましたので」

「なるほど」


 食べ歩きを終えたらしいアルバンがさっそくジョッキを空にする。


「ではいきますよ。優勝賞品は渡しません」

「望むところです」


 こうして前年度の優勝者と期待の新人との一騎打ちが始まった。


***


 酒樽がいくつも空になったころ、言い寄ってきた男共を完膚なきまでに酔い潰したゼーノがジーノを連れにバルタザールとアルバンの机へやってきた。


「アンタらホントワクっすね。引くわー」

「おや、あなたのような美しい方に褒めていただけるとは光栄ですな」

「よく似合ってるよ、ゼーナちゃん」

「いっそころせ」


 上機嫌の二人にドン引きしながら、ゼーノはジーノを担ぎ上げる。今年は酔い潰れるまで飲む気はないらしい。


「アンタらいい加減お開きにしてやれよ。主催者達が泣いてるからな」


 父親の大きな体を引きずりながら去って行くゼーノに二人は顔を見合わせた。次いで、司会者のほうを見える。確かに目に一杯の涙を溜めていた。


「すいません、もう酒がなくなります。勘弁してください」

「おや、飲み過ぎたか」

「すみません。美味しくて、つい」

「ありがとうございます……」


 今年は同率一位、ということでバルタザールとアルバンの二人が優勝ということになった。

 賞品の酒樽は丸ごとアルバンに譲った。バルタザールには手に入れた素材があるから十分だったのだ。


「来年も来ようっと」


 酒農家達と素材を巻き上げられた四人が聞けば青くなりそうな事をバルタザールは朗らかに決定した。

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