第91話:影の支配者誕生?

 どうもこんにちは。いつもより気の立っているリオネッサです。

 明日はいよいよ魔王さまの誕生日なのになんでかって? 察しのいい人はもうわかってるかもしれません。

 そう。招待もしていないのに来た人たちがまた出ました。

 新年で体験してから祭りを好きになってくれたのは嬉しいのだけれど、結婚記念日のときにあれだけ言ったのに守ってくれないなんてひどい。先ぶれすら出してくれないって、どういうことですか。料理も寝床も出しませんって、言ったのに。

 前にでっかい釘を刺したのに来ちゃった人たちに甘くできるほどわたしは人間ができていない。

 と、いうわけで。バルタザールさんお願いしまーす。


「おっけー」


 軽い返事でバルタザールさんはごうも……じごく…ともかく、無作法者おきゃくさまたちのためにあらかじめ用意していたものを披露した。

 見た目は植物でできたただの緑色のイスだ。あちこちうごめいているけれど。


「準備いいですね」

「ハハハ。備えあれば憂い無しと言うだろう?」


 にこにこにこ、と良い笑顔で青褪めた無作法者たちを器具に設置していく。

 どんな屈強な魔界人もバルタザールさん印のしびれ薬入りドリンクを飲んでしまえば、指一本も動かせなくなる。お出ししたコーヒーに混ぜておいたのでしたー。

 ちなみにこのしびれ薬は魔王さまもちょっとだけ動けなくなるくらいに強い。


「これで良し、と。さあ、普段の僕達の大変さを味わってもらおうか」


 にこにこにこにこっとバルタザールさんが宣言した。

 それと同時に器具に設置された人たちの腕が動き出した。しびれ薬の効果が切れたわけではない。

 バルタザールさんが用意したのは、その名も『机仕事させる君』。まんまだ。

 魔界植物を改造して作ったイス型ごうも……げほごほ。執務補助具。

 イスに座るとつたが全身に絡みつき、立ち上がれないし、寝るとつたにトゲをはやして起こしてくる。

 腕にのたうつつたは、使用者の思考を読み取り書類を書き続ける。足つきなのでトイレ休憩するときはトイレまでつれて行ってくれるという。もちろん用が終わったら捕獲される。そして起動に必要な魔力を座ってる人たちから吸い取っていくという鬼畜仕様。

 ……やっぱり拷問器具では。


「だいじょうぶですか、これ。死人が出たりとかすると外交問題になりますよ」

「君も言うようになったなあ。大丈夫大丈夫。安全装置を付けておいたから、死人は出ないよ。死人は」


 死人以外が出るのか。


「何をされるかと思えば書きものか。はっはあ、驚かすな」

「これで豪勢な料理が食べられるなら安いものよ」

「貴様らは毎日こんな退屈な事をしているのか。よく我慢できるな、ふわあ……イテッ」


 みなさん、まだ余裕の表情だ。書類はたくさんあるので心ゆくまで堪能してほしい。


「じゃあ僕達はここで。水分補給はされるから安心して」

「失礼します」


 バルタザールさんと部屋を出る。明日の準備をしなくちゃ。

 扉をへだててもペン音が聞こえるってビミョーにホラーだな。


「あれってふつうだったら問題になりますよね」

「人界だったらそうだろうね。でもほら、ここは魔界だから」

「そうですね。魔界ですもんね」


 人界問題であれば信用問題その他もろもろで戦になりかねないけれど、さすがは魔界。罠にかかるのも毒を盛られるのも自分が強ければ問題ない。

 だから罠にはまって毒に当たってしまったら、弱い自分のせい、となるらしかった。

 問題にならないのはよかったけれど、罠をはったり毒をもるほうにもじゅうぶん問題があると思う。今回は招待されてもないのに来た人のほうが問題アリだったけれども。


「まあまあ。晩餐までには全員心を入れ替えてくれるんじゃないかな?」

「今、まだお昼前です」

「大丈夫。俺達は一週間くらい徹夜できた」

「もうしないでくださいね」

「やらないよ。さすがにこりごりだ」


 エルフィーと合流してから明日の進行の確認、料理の最終調整、会場の飾りつけ。やることはいっぱいあった。

 忙しいけれど、そのぶん充実している。

 みんなとひとつの目標に向かって作業するのって一体感があって、とてもたのしい。


「リオネッサ様、エルフィー様。休憩いたしましょう」

「はい」


 運動もかねて休憩室まで移動する。

 はて。そういえばなにかを忘れているような。


「ママ。どうか、した?」

「うーん、なにか忘れているような……」


 首をかしげていると、廊下の向こうからバルタザールさんが歩いてきた。


「お。君らも休憩かい」

「はい。バルタザールさんもですか」

「うん。最近見つけたんだけど、ココアにクッキーをひたすと、甘い」

「ちょっとお行儀が悪いですね」

「ああ、そうなのか」


 エルフィーがバルタザールさんの小脇に抱えられているクッキーの包みを羨ましそうに見ている。ま、まねしないでほしいけれど、おいしいもんなあ……。

 誕生日会の準備の進み具合を報告しあいながら歩いていると、うなり声が聞こえてきて、思い出した。

 そういえば、無作法者おきゃくさまたちのことをすっかり忘れていた。


「一回くらい様子を見に行ったほうが……」

「大丈夫大丈夫。あれくらいで死なないから。まだまだいけるよ」


 それは経験ですか。


「それに君が助け舟を出したら君の好感度しか上がらないじゃないか。フリッツの時間が開く晩餐前に開放してやるよう頼むつもりだから、君はおとなしくしてること」


 それはかまいませんけれど。

 うーん。このユキオオカミは。わかってはいたけれど、お腹がまっくろくろのくろだ。


「ハハハ。これがうまくいけば招待状もなしに突撃してくる輩は出なくなるだろうし、フリッツの支持率も上がるし、一石二鳥だな」


 響くうめき声を聞かなかったことにしつつ、バルタザールさんだけは敵に回さないことを新たに誓った。

 初めて朝から晩まで、文字通りしばりつけられ机仕事をさせられた人たちは、魔王さまに開放されたときに泣いて喜んだ。差し入れに持っていったマフィンにがっつきながら、わたしにも感謝した。後ろに控えていたバルタザールさんには怯えていた。

 そりゃあ誰だって魔力を空になるまで吸われ続けてする机仕事は嫌になるだおるし、そうさせた本人は怖くなると思う。前とは違って魔王さまより怖がられている。

 のちのち、魔王さまはおだやかな性格をしているが、右腕の魔王軍顧問は血も涙もない、ぜったいに怒らせるな、という噂が広まり、招待状なしで突撃してくるお客さまは激減した。

 無作法者おきゃくさまが突撃してくるたびに机仕事を強制させていればそうなるのもしかたないと思う。

 魔王さまはむやみに怖がられなくなったことを嬉しがっていたけれど、バルタザールさんの評判については首をひねっていた。


「君はよく気が付いて、いろいろな事に心を砕いてくれているのに、この噂はどうした事なのだろう」

「そんな事を言うのは君くらいのものさ」


 噂を否定することも、かといって積極的に肯定するでもなく、バルタザールさんは笑ってココアを飲んだ。

 もしかして、この人魔王の座を狙おうと思えばできてしまうのでは。

 わたしの考えを読んだのか、にっこり、歯を見せずに笑いかけられた。こわ。

 ひらひらと手をふりながらまさか、とマグカップを傾ける。


「ないない。君もよーく知ってるだろ。あんなメンド―な職に就く気はないよ」


 ですよねー。

 けれど、それを魔王さまほんにんを目の前にして言いますか。

 魔王さまは小さく苦笑した。


「そもそも器じゃないしね」

「そうだろうか」

「そうだよ。ところで――、今日の髭はどうだろう」

「よく似合ってますよ」

「うむ。よく似合ってる」


 むだにキリッと、むだにかっこよいキメ顔をしたバルタザールさんの口元には、ホイップたっぷりのココアを飲んだためにできた立派なヒゲがたくわえられていた。


「エー? 照れるなー、ハハハ」


 言いながらまんざらでもなさそうなバルタザールさんをうらやましそうに見ている魔王さま。

 ……ヒゲの生えた魔王さまも、イイ。

 魔王さまのためにホイップたっぷりのココアを頼みながら、これで机仕事の重要さを理解してくれない人たちも魔王さまのたいへんさを少しでもわかってくれるといいのだけれど、とわたしは思わずにはいられなかった。

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