第77話:エルフィーの誕生日
今日は犬の月十五日。
エルフィーがまゆたまごからかえった日。
つまりエルフィーの誕生日。
生まれてからたった一年しかたっていないのに、エルフィーはもうどこからどう見ても美少年だった。さすが魔界人。
立って歩いてときには走って、魔界語も人界語も習得してて流暢に話せるし、読書家だから知識も多いし、魔術も歌うだけで発動できるし、魔王さまの公務も手伝えるようになっているし、書類仕事だってこなせる、という多彩過ぎる一才児だ。
……改めて考えると多才すぎない?
刺しゅうも上手いし、礼儀作法だって完璧だし、美人だし、笑った顔は暗闇の中だろうと
やだ、エルフィーってば完璧すぎ……?
さすエル。
みんなに誕生日を祝われてケーキを頬張るエルフィーは今日もかわいらしい。
けれども、どこをどう見ても美少年で、やっぱり一才児には見えなかった。
エルフィーの成長は嬉しいことだけれども、ちょっとさみしい。
魔界人の成長は種族ごとにまるきり違うとわかっていても、全速力の駆け足で子ども時代を卒業しようとしているエルフィーに「そんなに急いで大人にならないで」と言ってしまいそうになる。
もうちょっとだけあのもっちりふくふくとしていた幼児時代を堪能していたかったというのももちろんあるのだけれど、エルフィーにはもっと頼って、甘えてもらいたかったのだ。
うう。頼りない母親でごめんね。もっとわたしに頼りがいがあればエルフィーももう少しくらい子どもでいられたのかな……。
まゆたまごを拾って、エルフィーが生まれてからというもの、母親らしいことができたのはほんの少しの間だけだ。
料理をいっしょにしたり、絵本を読んだり、刺しゅうをいっしょに刺したり。
うう~ん、母親らしい行動と言えばそうだけれど、頼りがいがあるのかと言われると首をかしげるしかない。頼りがいがある母親っていうのはもっとこう、肝っ玉母さんみたいな……。
そもそもわたしはエルフィーが生まれるまえからエルフィーの世話になりっぱなしだった。
うたた寝から起きたらなぜか空中にいて飛竜に食べられそうになったし。
あの時はエルフィーがいなかったら間違いなく死んでいた。ありがとうエルフィー。
まゆたまご時代から苦労かけまくってたね! 最初から頼もしいお母さまなんていなかった。なんてこったい。
いいもん。仲は良いもん。友達みたいに仲良いもん。
お母さま。わたしもお母さまみたいに頼れるお母さまになりたかったなあ……。
「おいしい、ね、ママ」
「ええ、ほんとに。クンツはまた腕を上げたのですね」
クンツさんは嬉しそうに照れ笑いをした。
ハイダさんが修業へ行ってから二月になる。
クンツさんは地道に経験を積み重ね、以前のハイダさんと比べてもそん色ないくらいの腕前になっていた。今のハイダさんと比べるとわからないけれども。
三界会議でイレニティアに行ったらハイダさんのお店に顔を出そうと思う。
「俺だけの力じゃありません。菓子職人達全員の力です」
「ふふ。そうですね、菓子部門長」
クンツさんはさらに照れた。
マルガさんの提案で、人の増えてきた厨房の人たちを料理部門と菓子部門でわけ、マルガさんはそのまま料理長として、菓子部門長を新しく設けた。その役職についたのがクンツさんだった。本人はあまり良い顔をしないけれど、ハイダさんの一番弟子としてがんばってきたので当然だろう。最近はハイダさんがときどき送って来る
満面の笑顔でケーキを頬張るエルフィーの髪はわたしからのプレゼントでさっそく飾られていた。魔王さまの赤はエルフィーの白銀の髪にもよく似合っている。
魔王さまから贈られたブローチはエルフィー胸元できらめいていた。緑色をしたブローチはエルフィーのリクエストなのだそうだ。なんでもわたしの瞳と同じ色のものを欲しがったとか。
かわいい。わたしのエルフィーはなんてかわいいんだろう。来年の誕生日はもっと手のこんだものにするね!
「あのね、ママ」
「なあに、エルフィー」
エルフィーのクリームだらけになった口周りを拭きながら聞き返す。
「私は、ママにプレゼントをもらえるだけで、すごくうれしい、の」
「うん」
「だから、来年も無理しないで、ね?」
にっこり。ほほえまれた。
エルフィーってばやだなあ。
手のこんだもの、イコール無理をしたものじゃなくってよ?
「無理、しないで、ね?」
にっこり。
ものすごく笑顔だ。
辺り一面を灰にしてやろうという気概の見える光り輝く笑顔。
わたしこの笑顔知ってる。
有無を言わせないときのアルバンさんと、ぶちきれてるときのバルタザールさんだ。
二人を見たらさりげなく目をそらされた。笑顔で。
わたしは観念してうなずいた。うう、頼れるお母さま……。
「ハイ……」
「わあい、良かった。これで来年も安心、です。ね、魔王さま」
「うむ」
魔王さまも朗らかに笑っていらっしゃった。
くう、来援のために今からこつこつ刺しゅうしてくれるー! これならマントの片面くらい刺せるはず。来年を楽しみにしてることね、エルフィー!
誕生日会はエルフィーがお礼にと歌って幕を閉じた。
エルフィーの唄はまるで天上から降ってくるような、神々しく、うつくしい歌だった。ここ魔界だけど。
エルフィーも魔界人だけど、天界の歌姫って言われたら信じちゃうな。
歌にあわせてきらきらした光の粒がふってきたり、花や綿毛がただよったりと、魔術の制御にも磨きがかかっているようだった。攻撃術以外も覚えたいってがんばってたものね。すごいよ、エルフィー。三界会議で披露したいくらい。
親ばかは自覚してるけれど、でもうちのエルフィーはこんなにすごいんだぞと全世界に向けて自慢したい。すきあらばアピールしていこうと思う。もちろんエルフィーの負担にならない範囲で。
「今日は、とっても楽しかった、です」
「ふふ、そうだね」
風呂上がりのエルフィーの髪をぬぐいながらうなずく。
ほんとに楽しかった。みんなも楽しそうだったし、エルフィーも楽しそうにしていて、ほんとによかった。
ほかほかと湯気をたてるエルフィーはもじもじと手指を組む。
「あの、ママ」
「なあに、エルフィー」
珍しく言いよどむエルフィーの耳は真っ赤で、触角はせわしくぴこぴこゆれていた。
「あの、あのね」
「うん」
「今日は、私の誕生日、で、私、一才になったけど、ね」
「うん」
「今日だだけ、いっしょに寝てもいいですか」
「もちろん」
食い気味に答えたわたしにエルフィーはびっくりしたようだった。もとから大きな瞳がさらに大きくなる。
「い、いいの?」
「うん。いいよ。大歓迎。むしろ毎日でも」
「それは、いい」
「そっかぁ……」
エルフィーと寝るのは久しぶりだ。
そうと決まればこうしちゃいられない。
エルフィーの髪を手早く、かつ丁寧に乾かして、寝室に急ぐ。
「魔王さまー! 今日はなんと! エルフィーといっしょに寝られます!」
「なんと、それは喜ばしい限りだ」
「はい!」
今日はわたしを待っていた魔王さまは、読んでいた本を閉じ、ベッドへいそいそと移動する。わたしもそわそわしながらエルフィーの背中を押した。
わたしと魔王さまとでエルフィーをサンドする。
こんな風に寝るのはほんとに久しぶりだ。懐かしすぎて寝る前なのに興奮してきた。
照れた風にもにゅもにゅとなにごとかを言いたげに口を動かしていたエルフィーだったけれど、けっきょく何も言わずに魔王さまとわたしにお休みのキスをして、静かに目蓋をおろした。
わたしたちもそれにならってエルフィーにキスを贈った。
「お誕生日おめでとう、エルフィー。生まれてきてくれて、ありがとう。わたしたちと出会ってくれてありがとう」
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