第60話:王妃様っぽいことしたよ!

 魔王さまへの相談は魔素が増えすぎたときのことだった。

 今は落ち着いているけれど、ちょっとまえまでは被害がひどかったらしい。

 魔素を取り込みすぎた植物が異常な成長をとげたり、魔獣や魔物が暴れ回ったり、屍鬼があふれたりとたいへんだったそうだ。

 もちろん魔王さまが要請を受けて出張するわけだけれど、魔素が濃くなる状態は地域差はあっても、魔界全体で魔素が多くなっているのでどうしても後手にまわってしまうのだ。

 各領地や種族ごとの自警団だけでは手が回りきらないからしぶしぶ魔王軍に依頼を出しているのに、到着が遅かったり肝心の魔王さまがいなかったり、というのはよくあるらしい。

 なるべくそうならないように魔王さまたちも対策を練ってはいるのだけれど、魔素の増減は自然現象なので完全とはいかないようだ。

 あのときの魔王さまは毎日出かけてたものなあ。一時期は忙しすぎて倒れちゃったくらいだし。今は魔素濃度も落ち着いてるし、エルフィーも手伝えるようになったから余裕ができたけれど。

 話題転換のために聞いたはいいけれど、わたしじゃ力になれなさそうだなあ。わたしは魔術の要素がぜんぜんないから魔素をどうこうできないし。

 できる限り今の状態が続きますように、って祈ることくらいしかできないや。


「残念ながらわたしではお力になれないようです。

 魔素の濃度が高くなるとたいへんなのはやはりどこも変わりませんね。シュングレーニィも魔王さまのおひざ元とはいえ、被害が出ていますから。ヴァーダイアもご苦労なさっていることでしょう。

 魔術素養のないわたしには想像もできませんが、濃度を下げるためとはいえ過剰に魔素を取り込む可能性のある行為は本来するべきではないと聞いていますし」

「……そう、なのですか」

「? ええ」


 エンメルガルトさまは驚いているようだった。

 そりゃー、ちっとも魔術の使えない人間が魔界にいたりしたら驚きますよねー。魔王さまがくださった首飾りがないとうっかり魔素中毒で死ぬかもだし。魔術素養があってもぽっくり死んじゃうことがあるみたいだけど。


「危険であるとわかっていながら前線に立って領民を守る領主のみなさまがたには頭の下がる思いですわ」

「いえ、それほどのことでは……」


 けんそんするエンメルガルトもおうつくしー。

 ジークくん、なんでそんなバケモノ見るような目でわたしを見るのかな? 変なことなんてまったく考えてないよ? エンメルガルトさまのうつくしさをたたえてるだけだよ?

 ジークくんの視線に冷や汗をだらだらたらしていたらレギーナさんから合図があった。どうやら客間の準備が整ったようだ。


「遅くなってしまいましたけれど、お二人の部屋にご案内いたします。

 日当たりはヴァーダイアにかないませんけれど、少しでも心穏やかにすごしていただけるよう、花壇の見える部屋をご用意させていただきました」

「ご配慮に感謝いたします」


 ウヒョー! お礼言われちゃ……ハイ。マジメに案内します。

 ジークくんてばすごいまじめな子だなあ。わたしより小さいのにエライなあ。………もしかして、わたしより年上だったり……? ありうる。

 レギーナさんに先導されて二人に割り当てられた客間に向かうわたしだけども。

 エンメルガルトさまの歩く姿見たーい。立ち姿とかシャクヤクよりうつくしかったし。ぜったいユリの花よりうつくしいよー。

 でも振り向いたら一番うしろを歩いてるジークくんと目が合う気がする。ひしひしとする。

 ワー、マ、マジメダナージーククンー。


***


 客間はヴァーダイアの緑色にあふれた部屋になっていた。なんだかとっても春っぽい。

 他の部屋より花びん多め、花多めの部屋で花の香りがただよっている。どうやらアルラウネたちががんばってくれたようだ。

 いいなあ、これ。魔王城に四季の間とか作っちゃおうかな?


「いかがでしょうか」

「すごい、ですね。これはアルラウネの花ですか。たくさんあるのですね」

「ええ。きっとエンメルガルトさまがいらっしゃったと聞いてはりきってくれたのだと思います。彼女たちはヴァーダイアの土を知りませんけれど、祖先の故郷として憧れを抱いていますから。

 このやさしい赤色は彼女たちがいっとう嬉しいときに咲かせる花の色なのですよ」


 黄色のときは楽しいとか、怒ってるときは燃えるような赤とか、言葉をしゃべれない彼女たちだけれど、意思の疎通はけっこうできる。

 ちなみに、筆舌に尽くしがたいくらいに怒り狂ったときはどす黒い花を咲かせていた。犯人は言わずもがなゼーノだった。

 そのときの花びらはバルタザールさんの手で劇薬になったとかならないとか。

 アルラウネのようすからすると、マンドラゴラたちもはりきってるだろうし、今日の夕飯は根菜ざんまいになりそう。

 かつてジーノおじさんに教わったオデンを作るときが来た気がする。マルガさんにレシピを渡しておこう。


「アルラウネたちが、私のために……ですか。その、とても驚きました。本当にきれいです」


 よかったね、アルラウネたち。


「よろしければアルラウネたちがいる場所へご案内もできますが、いかがいたしましょう。

 この部屋からも見られますが、やはり見るよりはお会いになりたいでしょうし」

「え……、いいのですか?」

「はい。もちろんです。とはいえ、ヴァーダイアからの長旅でお疲れでしょうし、明日以降でもかまいませんよ」

「……お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えて今日は休ませていただきたいと思います」

「わかりました。ごゆるりとおくつろぎくださいね。ご用のあるときはこの鈴を鳴らしていただければ係の者がお伺いいたします。夕飯にはお呼びいたしますね」

「ええ。何から何まで心配りをしていただいてありがとうございました」

「いえ、そんな。それでは失礼いたします」


 ウフー。エンメルガルトさまに微笑みかけられちゃった。


「王妃様、顔が崩れてます」


 えっ! それはマズイ。

 ぐにぐにとほっぺをもんで押して元通りにする。


「ど、どうですか?」

「よろしゅうございます。できれば崩して欲しくはありませんが」


 うう、がんばります……。

 でもエンメルガルトさまみたいな美人に微笑まれたりしたら誰だってとろけちゃうと思うけどなー。


***


 案内された客間でジークは耳をそばだてていた。

 しばらくして王妃とその従者の足音が完全に消えるとようやく警戒態勢を緩めた。


「行ったみたいだ」

「そうか。……そこまで警戒する必要があるのか?」


 怪訝な顔をして問うお人好しのエンメルガルトにジークは薄く笑い返した。


「念のためだよ、メル。王妃はメルみたいに馬鹿正直みたいだけど、知らされていない可能性も、騙されてる可能性も、洗脳されてる可能性もなくはない」


 歩き回って部屋中の調度品を嗅ぎまわりながらジークは鼻にしわを寄せた。


「花の匂いが強すぎて鼻が曲がりそうだ。おれの種族のことを知ってるのかもな」

「そういう訳でもなさそうだったけどな……」


 アルラウネの花を一輪抜き取ったエンメルガルトは瞳を閉じる。


「……いい匂いだ」


 部屋の中には罠も危険もない事を確認したジークは備え付けられていたソファーのひとつに身を沈めた。

 ふかふかとした感触はヴァーダイアにはないものだ。

 あのエンメルガルトと同じくらいお人好しそうな王妃に頼めば一個くらいもらえるかもしれないな、とジークは考えた。


「ところでジーク」

「なんだ、メル」

「王妃様を脅してなかったかジークヴァルト」


 ぎくり、と体を一瞬だけ強張らせて、ジークは口笛を吹くマネをした。言うまでもなく吹けなかった。親父は吹けたのになあ、と思案するジークである。

 ぐねり、とエンメルガルトの蔦が波打つ。指先が伸びて棘が現れ始める。髪も伸びて茨になり始める。

 ジークは観念して素直に謝った。


「ゴメンナサイ」

「……私に謝っても仕方ないだろう。謝るならちゃんと王妃様に謝るんだ」

「…………………ハイ」


 しぶしぶと返事をして、ジークは興奮した拍子に散ってしまったエンメルガルトの花びらを集めて回った。そうしてそれを食べる。

 エンメルガルトにため息をつかれても、ジークに止める気は微塵もないのだった。


「ジークヴァルト。人の花落ちているものを拾い食いなんかするなと何回言えばわかってくれるんだ」

「いやーすまんなメル。こればっかりはやめられん」


 雑食で良かった。けれど肉食であったとしても必ず食べていたのだろうな、とジークは花びらを食べ進めた。


「魔王とは晩餐で会えるんだよな。うまくいくといいな、メル」

「ああ」

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