第56話:新年祭の計画

「さて、きたる新年に向けての計画を練りたいと思います」

「はい!」


 私とエルフィーは手を上げながら元気よく答えた。今日の進行はアルバンさんだ。

 最近は執事見習いが育ってきたので、様子を見ながら魔王さま付きを交代している。


「まずは新年祭の目的ですが――表向きは有力領主たちとの繋がりを密にするという事になっていますね」

「でも、実は美味しいものをたくさん食べてもらって、美味しい飲み物もたくさん飲んでもらって、料理や農業のすばらしさを知ってもらう、ため」

「ついでに貨幣制度も少しずつ広めたいから、ですよね」

「素晴らしい。お二人とも資料をよく読んでいらっしゃいますね」


 えへへ。

 エルフィーと笑いあう。

 わたしたちのうしろでは護衛のゼーノが昼寝にいそしんでいた。

 護衛、とは。

 寝るのはいいけど、もう少しイビキは小さくしてくれないかなあ。


「それぞれの領主や族長には招待状を送りましたが、出席の返事があったのはその内の一割ほどでした」

「うーん。まだ日数はありますし、きっと三割くらいはきますよ、たぶん」

「来なくても、近くの人達を、たくさん呼べる」

「そのほうが気楽にできそうだし……ですものね」

「ほっほっほ。まあ出席は強制ではありませんしこの様なものでしょう。むしろ良く集まったほうでしょうね。

 この領主以下の有力筋は三階の多目的ホールにて立食パーティーをしつつ、庭で開く祭りを見学していただく予定です」

「庭の祭りには特産品を作るのに協力してくれている人たちを招く予定です。

 こっちは料理の美味しさを知ってる人たちばっかりですから、参加率高いですよ」

「当たり、前」


 わたしとエルフィーは胸を張った。

 ふむふむとアルバンさんが資料に書き足していく。


「ならば名簿に載っている方々は全員出席で問題ないですか?」

「はい。ああ、でも食材調達の人たちはと中で抜けるかも知れないそうです」

「了解いたしまました。ふむ、その辺りは当日の料理の売れ行き次第ですね」

「売り切れごめんにするか調達するか迷いますねー」


 さすがに城の食糧庫を空にする訳にもいかないし。どこまで売れるかもわからないし。


「普段より備蓄を増やしましょう。余ったら余ったで使い道はありますから」

「じゃあ売り切れごめんですね」

「要望が多すぎた場合に限り手早くできるメニューのみを補充しましょう」

「さんせーい」

「さんせい、です」


 わたしもメモする。


「参加してくださる領主たちは誰ですか?」

「では三ページ目を」


 言われた通りページをめくる。

 人界の一部で昔から使われていたという植物を使って作るという紙をマネたものだ。

 まだまだ試作品の域を出ないらしいのだけれど、予想以上になめらかで使いやすい。


「ヴァーダイアのエンメルガルト様がいらっしゃるんですね」

「ええ。ヴィーダイアには噂好きも好奇心が強い者も多いのでまずは女王自身が危険かどうかを確認しにくるのでしょう」

「それは、つまり……」

シュングレーニィここが危険ではないと思ってもらえれば観光客が増える大チャンスという訳ですね」

「その通りです。

 祭りの屋台に甘味を増やして構いませんね?」

「もちろんです。甘味五割、軽食五割にしちゃいましょう」

「甘いもの、好きだから嬉しい、な」


 エルフィーがふにゃんと笑った。つられてわたしも笑う。


「フィルヘニーミは、一番大きな一族の族長しか、来ない」

「ゼイマスペルは領主が来なくて領主代理や族長代理が目立ちますね」

「フィルヘニーミは雪道や雪空を通りたくないのでしょう。天候が安定する事のほうが少ない地ですから。

 ゼイマスペルは他領や魔物等の襲撃や万が一の事態に備えているのでしょう」


 領地同士の大きな戦は何百年と起こってないけど、小さな小競り合いはよくあるそうで、領地の境にある集落は日々緊張状態にあるそうだ。極寒の地であるフィルヘニーミから常夏の地であるゼイマスペルへ無断入領が一番多いらしい。二番目に多いのはフィルヘニーミからヴァーダイアなので、フィルヘニーミに住むのを止めたらいいんじゃないかな。


「空間魔術で行き来できれば便利なんでしょうけど……」

「今の状況では難しいでしょう」

「そうですよね」


 空間魔術はわたしの旅行かばんと魔王城を繋げられたように、遠く離れた場所を人も行き来できる。

 けれど、それは便利な反面危険でもある。

 里帰りの時にこっそり持っていったのだって、魔王さまが空間魔術を悪用しないとわかっていたからだし、わたし以外が使えない取り出し専用で、生き物は通れないように制限をかけていた。本来なら魔界と行き来のできる空間魔術の施された魔道具は人界に持ち込み禁止だ。

 だって、行き来ができるという事は、兵隊や暗殺者を送り込めるという事なのだから。そうでなくても魔界と繋がっていると知って平気でいられる人界人はそうそういないと思う。


「うーん。一度通ったら三日は使えないとか、領主の許可がなければ使えないとか、一度に通れるのは五人以下とか制限をしたら繋げてくれたりしないでしょうか……」

「どうでしょう」

「難しい、と思う」


 そうだろうな、とわたしも思う。

 領主たちと魔王って代々そんなに仲良くないみたいだし。

 よし、観光地化をがんばって、悪意はないんだってわかってもらおう。主にがんばるのはわたしじゃないけど。


「屋台は甘味と軽食が二十五店ずつの計五十店。二百食ずつ用意すれば足りるでしょうか」

「そうですね、足りると思います」

「支払いは貨幣のみ――としたいところですが、物々交換の方もいらっしゃるのでしょうねえ」

「それは、だいじょぶ」


 えっへんとエルフィーが得意げに資料を指さした。


「五ページ目、をごらんください」

「ふむ、これは……」


 五ページ目には今回参加予定の人たちの給料から少しずつ祭り貯金をしていた事とその金額が記されている。

 あの人たちぜんぜんお金を使わないからお祭り貯金をするか聞いたときも二つ返事だったっけ。

 屋台の料金は銅貨二枚から銅貨五枚にするので、多い人は十回銅貨五枚を出してもまだ余るくらい積み立てていた。

 お腹を壊す人とかでないといいけど。いちおう救護所を作っておいてもらおう。迷子が出るかもしれないし、総合案内所もいるよね。


「それならば警護も要りますね。


 ご心配なく。ラシェでテオドジオ様や祭り実行委員の方にお話を伺っておきましたので」

 さすがアルバンさん! 言い出しっぺのわたしよりだんぜん頼りになる。


「それで美味しいお酒の作り方も聞いてきたのですが……」

「酔っ払いが出るかもしれないので祭りに出すのはやめておきましょう」

「………はい」


 人界より強いお酒であふれている魔界の人たちが人界のお酒で酔っ払うとは思えないけど、もしかしたら弱い人もいるかもだし、念には念を、だよね。

 今回集まる人たちは体の大きくないひとばっかりだからいいけど、この先祭りが大きくなって、参加者が増えたときに体の大きな人が酔っちゃって大惨事って可能性もあるわけだし。それなら最初からお酒は出さないほうが安全だよね。美味しいお酒は祭り以外で楽しんでもらおう。


「では、今日の話し合いはここまでにいたしましょう」

「はい。お疲れさまでした」

「お疲れ、様でした。

 ママ、次は、採寸」


 エルフィーが素早くわたしの服の裾を掴んだ。

 魔王妃のわたしは招待客の接待という重大な仕事があるのだ。もちろん普段着で応対する訳にもいかない。

 そんな訳で新しいドレスを作るために採寸をするように言われている。

 ちなみにエルフィーはわたしたちの子どもだけれど、魔王の嫡子というわけではないので今回は中庭のお祭りの方に参加する。うらやましい。


「いってらっしゃいませ、リオネッサ様」

「……はーい」


 わたしはエルフィーにつれられて服飾部の待つ部屋へと向かった。

 うう、母親のいげん………。

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