第38話:懐かしい人たちと
「えへへ。来ちゃった。久しぶり、お姉ちゃん」
来ちゃったじゃないよ。
「いらっしゃい、久しぶり。元気そうで何よりだよ、ヴィーカ」
客間にはにこにこ顔でお菓子を頬張るヴィーカががいた。
エルフィーを構いたいのだろう、うずうずしながらヴィーカはさっさと用事をすませちゃえ! とばかりに荷物を取り出してわたしに手渡してきた。
「はいこれ月食みの届け物の最新刊!」
「ありがと……」
そしてヴィーカの隣には苦笑ぎみのオルフェオと、おしとやかに微笑するレアおばさま。
なるほど、おばさまに護衛してもらったのか。……うーん。でもなあ。
レアおばさまはゼーノのお母さまで、ゼーノが黙っていれば美人な理由がよくわかるほどに美しい。
「エルフィー、これが私の妹のルドヴィカ。それからヴィーカの婚約者のオルフェオと、ゼーノのお母さまのカサンドレアおばさまだよ」
「……こんにちは。エルフィーです」
ちょっと人見知りを発動させて、わたしの後ろに隠れてもじもじとあいさつするエルフィーに三人はノックアウトされたようだ。
そうでしょう、そうでしょう! うちのエルフィーは超かわいいからね!
ちょっと時間をおいて落ち着いてから、三人は挨拶をすませた。だいじょぶだよ、エルフィー。三人とも怖い人じゃないからね。
「お久しぶりです、おばさま。
いつも迷惑かけて悪いね、オルフェオ」
「いえ、とんでもない。彼女にはいつも元気をもらってますよ」
「そう言ってもらえると助かるわ。
おばさまも、ヴィーカに付き合ってくださってありがとうございます」
なんで私が主犯みたいな言い方なのよーう、とヴィーカのほっぺたがふくれたが、ムシだムシ。
「久しぶりに旅行に出られて楽しかったわ。
それにこちらこそお礼を言わなくちゃ。あの子の働き口を世話してくれたんでしょう?」
「結果的にそうなっただけですから。気にしないでください。わたしの考えでもありませんし……」
けれどおばさまは朗らかに笑い飛ばした。
「あの子がまともに働ける場所なんてそうそうないんだからそこは『わたしが見つけてやりました!』とか言っても誰も文句いわないわよ?」
「そうですか? ゼーノから手が出ると思います」
「それもそうね。あの子、素直じゃないうえ、アホの子だから」
ころころとまるで純金でできた鈴が鳴るような声をたてて、おばさまはそれはも上品に笑った。ほんと美人………。
魔王城でいちばんの美人であるエルフィーと並べて鑑賞したくなるけれど、エルフィーはヴィーカと話している。残念だけれども、あきらめよう。今は。
「おじさんはいっしょじゃなかったんですね。めずら……」
言いかけて、外から轟音が届いた。
轟音。
とどろきわたる大きな音のこと。
魔王城での、わりと日常的な生活音だ。
「あの人はねぇ、あの子と遊んでるのよ」
「そーみたいですねー。魔界じゃ天術が使いにくいから、おじさんがいないはずありませんもんね。おじさんも元気いっぱいみたいで安心しました。
………はっ?! 修理費!!」
「うふふ、あの子にツケておいてね?」
「ハイ!! それはもう!!」
向こう何年で返せるか知らないけれど、せいぜいがんばれば良いと思う。
切れ切れに聞こえてくる地響きから考えるに、死ぬまで払い続けることになるのかもしれない。かわいそーにー。
「こっちと違って魔界には強い人がたくさんいるだろうから、少しは大人しくしてるのかなって思ったら相変わらずなんだ、ゼーノさん」
「あの子はそう簡単に変わらないわよ」
まったくおばさまの言うとおり。あいつがそんな簡単におとなしくなるわけない。
魔王城に居付くようになってから、わりと全方位にケンカを売ってたし、買ってた。
いちおう、わたしのことが心配して様子を見に来たってことになってるんだからもう少し……いや、かなりおとなしくしててほしかった。
屋移りした猫並みに落ち着きがなかった。あれでわたしより年上で成人してるのだから恐れ入る。
ちなみにエルトシカ国での成人は十六才からで、魔界は種族ごとに違っていたり、そもそも成人ってナニ? ウマイの? という人たちがいるらしい。
ちなみに魔王さまの成人は前王であるお父さまを殴り倒したときに認められたそうです。わたしだったら一生かけても成人できないな……。
「ゼーノは、毎日、バルタザールさん、にこき使われてるよ」
「あらあらそうなの。あの子らしいわあ~」
「本当に相変わらずなのね、ゼーノさん」
「………話に聞いていたよりも凄い人なんだね……」
うん。すごいよ。アレな方向に。
でもさすがにそろそろ止めないと修理費……。
「あっちは男同士で仲良くやってるんだから放っておきましょ」
にっこり。おばさまが微笑む。
バルタザールさんが怒りませんように。
「それにしても来るならちゃんと言っておいてよ、ヴィーカ。
いろいろ準備とかしたかったんだけど。歓迎会とか」
「歓迎会とか大げさだよ。それに驚かせたかったんだもん」
だもんじゃない。くぅー。かわいいからってわたしがなんでも許すと思うよ。
……………………許すけど。
「それに来月里帰りするんでしょ? いっしょに帰ろうと思って。そうしたら旅の間も一緒にいられるじゃない。だからちょっと早めの新婚旅行がてら来てみたの」
「そこはフツーに婚前旅行でいいでしょ」
ほらーオルフェオが照れてるじゃない。まったく、この妹は。
あと、新婚旅行をついでにしない。ちゃんと二人で相談して行先を決めなさい。
しかし新婚旅行かあ。
やっぱり護衛がいればなんとかなるんだね。
なら、新婚向けのスポットがあれば新婚旅行希望のお客さんがゲットできるかも……?
「新婚向けのスポットってなにかあったかなあ」
記憶している限りない。魔界ってちょっと血生臭い由来のものばっかりだからなー。
むーんと考えていると、ヴィーカがあっけらかんと言い放った。
「なければでっち上げればいいじゃない」
「ヴィーカ、言い方」
「いいじゃない。観光地なんてどこもそんなものでしょ?」
「本当のところもあるだろうし、信じてる人もいるからね?」
たぶん、と心の中で付け加えておく。たしかにちょっと怪しいものもあったけどさあ。
「でっち上げるにしても物語を考えるのってむずかしいし……」
「ああ、それはわかります」
オルフェオがうんうんとうなずいた。商人には商人の苦労があるようだ。
「売れそうな文句を考えたり、受けそうな由来を作ったり……。
それでも必ず売れる訳じゃないし、言いがかりをつけられることもあるし………」
商売であったことのもろもろを思い出しているのか、オルフェオが遠いところを見た。ちょっぴり煤けている。
「商人もたいへんよね」
のんびりとした声をあげてヴィーカがお茶請けを食べ進める。それにつられてみんなの手も伸びていった。
みんなしばし無言で食べる。
ハイダさん、腕を上げてるなあ……。王都に行くの、すごく楽しみにしてるものなあ………。
今日のお茶請けはベニーモの薄揚げ、という油が多量に必要ではあるけれど、作り方はベニーモを薄切りにして油で揚げるだけという簡単なものだ。
ベニーモ自体が甘みの強い野菜なので、それだけでもおいしいおやつになるのだけれど、ハイダさんは油の温度や揚げかたにもすごく気を使ったうえ、揚げたあとにもひと工夫を加えたようだ。
塩を少しだけふりかけたものと、砂糖をふりかけたものとにわけて出してきたのである。
つまり、甘さとしょっぱさのむげんるーぷ。やめられない、とまらない。
ベニーモの赤紫に塩と砂糖の城で見た目にも楽しめる。ちょっぴり毒キノコっぽくはるけれど。
塩のほうも塩だけじゃないよね、これ。香辛料使ってるのかな? おいしい……。
「お
「それやめてってば」
年上に義理とはいえお姉さんと呼ばれるのは、ちょっと。
コホン、と咳ばらいをしてオルフェオはベニーモの薄揚げをつまんだ。
「すみません。ちょっと憧れていたもので、つい。
リオネッサ、これは魔界特融の食物ですか?」
「そうだよ。ベニーモっていうの。揚げたのは菓子職人のハイダさん」
「そうなんですね。菓子職人の腕もさることながら、このベニーモはとても美味しいですね」
「この辺じゃ年中取れるから重宝してるよ。
腹持ちはいいし、栽培は簡単だし。パイとかケーキとかいろいろ使えるし。ただ蒸かしただけでも十分おやつになるし」
「それはすごいですね。
うーん、苗を持って帰りたいくらいだな」
後半は独り言のようだった。
オルフェオの感想ももっともだ。
幸いなことにわたしの村では餓死者が出たことはなかったけれど、干ばつや冷害で村や町が消えたというのは決して珍しい話ではない。
ベニーモのような作物があれば、と思うのは当然だろう。
「人界での栽培は難しいと思うよ?
ベニーモに限った話じゃないんだけどね、魔界の植物は基本、魔素がないと育たないんだって」
「ああー……、それは無理ですね」
しょげたオルフェオはベニーモに手を伸ばす。
うんうん。やめられないとまらないよね。
「まあまあ、輸出品目には入ってたから、そのうち食べられるようになるよ。
たぶん」
栽培は簡単でも栽培する人がいなかったのだ。そもそも農家が魔界にはいなかった。
今までは自生したものを見つけていたのだけれど、輸出するとなれば安定した供給が必要不可欠になる。
とりあえずは群生地近くに住んでいるオリファミュゼットに管理を頼んでいる。彼らが農作業を苦にしない人たちで助かった。
もちろんお給料は出ている。現物支給だけれど。
みんな、もっとお金を信用しようよ……。
これってもっとお金を使える店を増やしたほうがいいのかなあ……。
今あるのは装飾品と食材のお店がちょっとあるだけだものね。しかも魔王城まで来ないと買えないし……。
アルバンさんに伝えておこうっと。
「輸出先はエルトシカですか? それともルデイア公国ですか?」
「わたしの故郷ってことでエルトシカは優先してもらえたらしいよ。
小っちゃい国だし、国王がわりと小心者だしで量も少なくてすむし」
「ああ、何かあっても
そんな扱いなのか。あいかわらずなめられてるなあ。あるのは森、山、川、谷くらいのものだからしかたないけど。
でも空気の良さは人界屈指だと思うよ?
「ルデイアは距離の関係で食材は見送ってるね。
布は注文が入ったけど、数が足りないからまずは王宮だけにしか売ってないよ」
「そうなんですね」
追加のベニーモをもむもむ食べながら、オルフェオは何事か考えこみ始めた。
「エルトシカ国王に任せるよりうちで扱いたいなあ………」
「それなら
唸り声を上げそうなオルフェオのつぶやきにベニーモのかけらを口の端に付けたことに気づいていないヴィーカがそう言った。
苦笑しながらオルフェオがそれを取り出したハンカチで拭う。
どうやら本人が言っていたとおり、刺しゅうにはそれほど力をいれていないようだ。もしくはそのハンカチが最近もらったものではないことを願う。
ヴィーカがいる間は刺しゅうの時間を増やそう。
よかったね、ヴィーカ。魔王城にはカチヤさんというすご腕の先生がいるのだよ。来年には王都に修業しに行っちゃうけど。
それはともかく。
「オルフェオはわたしの婚約者なんだからお姉ちゃんの義理の弟じゃない? それならセミナーティ商会を贔屓するのは当たり前でしょ?
お姉ちゃんの実家だから魔界に融通が利くって思われてるし、村の皆も魔界人になれてるからちょうどいいじゃない?」
「そういうものかなあ」
ヴィーカの言うとおりではあるけど、ことがそう簡単に運ぶかどうかはわからない。けれど、一考の価値はありそうだ。
「じゃあ、アルバンさんに言うだけは言ってみるね。そこから先はどうなるかわからないけど」
「ありがとうございます。
心配しなくても大丈夫だと思いますよ。ラシェとその近辺以外では皆魔界人を怖がってますから。
権利を買いたいと持ち掛ければホイホイ譲ってもらえると思います」
オルフェオはすっかり商人の顔だ。
でもそっかー。そんなに怖がられてるのかー。少しは緩和したかと思ってたのに。
にこにことヴィーカは上機嫌だ。
「これで来年はおやつが増えるかも~」
増えるといいね、おやつ。
そのあともわきあいあいとお互いの近況なんかを話し合っていたら、あっという間に晩ご飯の時間になった。
うっかり荷作りができなかったエルフィーが顔を青くさせたけれど、まだ日にちはあるし、間に合わなかったらメイドさんたちに頼めばいい。
ただしその場合、荷物は増える。
みんなエルフィーにはかわいい服を着てほしいのだから、こればっかりはしかたがないのであきらめてほしい。わたしもあきらめた。
たとえ似合わなくても、わたしがフリフリしたドレスを着てメイドさんたちが喜んでくれたり、やる気がみなぎるのならそれでいいんだ……。動きにくいけど。
「私、魔界の料理って初めて食べるからすっごく楽しみ!」
「僕もです。どんな味がするんだろうね」
「味自体はふつうだよ。調味料は
「そうなの。私も楽しみだわ」
「おばさまのお口にあうといいんですけど……」
厨房はとつぜんお客様が来たことでてんやわんやだっただろう。
それでも誰もわたしのところに来なかったのだから、みんなだけでやり遂げられたんだと思う。
食堂では魔王さまがもう待っているとのことだったので、わたしは扉の前で三人に言っておくことにした。
「知ってると思うけど、魔王さまは見た目は怖いけど、すっごくやさしい人だから。安心してね」
おばさまはにこやかに、ヴィーカは楽しそうに、オルフェオはちょっとだけこわばった表情でうなずいた。
そんなやりとりのおかげか、オルフェオは魔王さまに対面しても叫ばなかったし、気絶しなかった。
ホッとしたようすで「想像していたより怖くありませんでしたよ」と言うので、魔王さまの眼鏡を外させてもらって、前髪も上げさせてもらったら泡を吹いて倒れそうになった。
えっ?! そこまで?! と驚くわたしだったけれど、ヴィーカは涙目になっていたし、おばさまですら真顔になっていた。
あっ、そこまでだったんだ……。
眼鏡って偉大だったんだ、と三人に謝って魔王さまに眼鏡をかけ直させてもらい、前髪も戻した。
「ごめんなさい魔王さま。悪ふざけがすぎたみたいです」
「大丈夫だ。気にする事はない」
そんな傷ついた瞳で言われても説得力ないですよ、魔王さま。ほんとにごめんなさい……。
「あの、でも、眼鏡がすごく役に立ってることがわかりましたし、そんなに気を落とすことありませんよっ!」
ほんっっっとわたしってロクなこと言えないね!!! もう少しくらいマシなことを言えればいいのに!!!
そんなわたしに気を使ってくださる魔王さまちょうやさしい!!!
はっ! そうだ、今日はヴィーカたちがいるんだった。自重しなきゃ……! もう遅い気がするけど! ホラそこにやにやしない!
「うん。安心したわ。お姉ちゃんが幸せそうで何よりよ」
その ニヤニヤ顔を ひっこめて ください。
なごやかーに雑談をしつつ、晩さんが運ばれてくるのを待った。
あれ? そういえば何かを忘れているような…?
「どうかしたかね?」
「いえ、たいしたことじゃないんですけど、なにか忘れていることがあるような気がして」
「ふむ……?」
晩さんの準備がすべて終わり、みんなで食べようとしたときのことだ。
いつもどおり魔王さまがいて、エルフィーがいて、それから給仕のメイドさんたち、執事さんたちにアルバンさん。厨頭のマルガさんに、それから、お客さんであるヴィーカ、おばさま、オルフェオ。
全員が揃っているはずなのに、なんで違和感を感じるんだろう。
バルタザールさんはいつも別室で食べてるし、食卓につくのはこの場にいる人たちだけのはず……。
ぐう、とかわいらしい音を立ててエルフィーのお腹が鳴った。
そうだよね、こんないい匂いがしてる料理を前におあずけはひどいよね!
「きっと気のせいですね! 食べましょう!」
ヴィーカたちは神さまにお祈りを、わたしたちは食材に感謝して、さあ食べようとしたその時だった。
「いやあ、すまんすまん遅れたな!」
ばあん!
豪快な音をさせて扉を開けたジーノおじさんが現れた。
ズタボロになったゼーノを引きずって。
あ。ゼーノのこと忘れてたんだ。
限界まで遊んでもらったらしく、みごとにボロ雑巾となり果てたゼーノと、久しぶりに遊んだせいでやりすぎてしまったらしいおじさんはひどいありさまだったので、
「頭のてっぺんから足の指の先まできれいにしてから来てくださいね?」
と、おばさまにけり出さ…じゃなくて、お風呂に入ってくるように言われ、すごすごと部屋を出て風呂場に案内されていった。
違和感の正体もわかったことだし、とわたしたちは美味しくばんさんをいただいた。
ゼーノの借金は雪だるまのように大きくなったそうだ。
バルタザールさんが頭痛をこらえる笑い顔で言っていた。
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