第22話:お迎え
ドレスの飾りに使っていたリボンをおんぶ
方向もわからないまま歩いているけれど、追っ手が近くにいるかもしれないから木登りをしている場合じゃないからしかたない。作業着ならまだしも、こんなふりふりした
エルフィーと初めて顔をあわせたときを思い出すなあ。あのときは久々に死ぬかと思ったなー。
「まま。エルフィー、あるく、よ。おもい、でしょ?」
「ぜんぜん! まだまだいけるよ。ここは魔素がないんだし、まだ体が動かしづらいでしょ? 動けるようになったら頼みたいことがあるからそれまで休んでて。ね?」
「あい」
エルフィーの体調がもどったのなら、魔術を使って簡単に木のてっぺんまで登ることもできる。そうすれば道くらいは見つかるはずだ。その前に迎えが来るのならそれに越したことはないのだけれど。
魔王さまのお、奥さんたるもの、これくらいのピンチ乗り越えてなんぼだよ! むしろ誘拐犯たち全員を捕まえて帰るくらいじゃないと!
さすがにそこまでハイレベルな奥さんを目指すなんて身の程知らずにもほどがあるけれど、自力で帰れるくらいならなんとかできるはず! エルフィー頼りになっちゃうのは情けないけど。やっぱり護身術習い直したほうがいいかなあ。
ゼーノが素直に教えてくれればいいんだけど。断られたらおばさまに手紙を書こう。速達で。このまえ届いたおばさまからの手紙に顔を青くして震えてたもんね。控えめに言ってざまあ。おっといけないいけない。言葉遣いに気をつけなくっちゃ。言葉の乱れは心の乱れだもんね。エルフィーはまだ間に合うと信じたい。わたしだってまだ間に合う!
考え事をしていると時間はすぐにすぎてしまう。わたしは汗をぬぐって辺りを見回した。だいぶ歩いてきたけれど道は見えない。
その代わり、というように森の影が濃い。だいぶ森の奥まで来てしまったようだった。期待していた訳じゃないけど、がっかりだ。わたし、方向オンチじゃないはずなんだけど。
でも追っ手は来てないからプラマイゼロかな?
「エルフィー、体の調子はどう?」
「ん、へいき。あるく、よ」
「そっか。そのまえに休憩させてね。ちょっと疲れちゃった」
「あい」
エルフィーをおろして倒木に並んで腰を下ろす。喉が渇いていたけれど、水筒もないし、川のせせらぎも聞こえない。
馬車なら飲みものも食べものもあったのになー……。かさねがさねはた迷惑な人たちだ。文句を言いたいけれど、人の言うことなんか耳を貸してくれなさそう。もう関わり合いになりたくないし、諦めよう。危険物は避けるに限る。
少しよれてしまったエルフィーのリボンを外すと触角がぴょっこり出てきた。犬のしっぽのようにエルフィーの起源しだいで揺れ方の変わるそれはわずかにしおれて見える。
「よし、休憩終わり! エルフィー。さっそくなんだけど、前みたいにわたしを軽くできる? 木のてっぺんまで登って道を確かめたいんだ」
「だいじょぶ、できる。魔力、ねる」
ちょっとまってて、とエルフィーが目を閉じる。人界では魔素がないから、魔力を自分自身で生産しなきゃいけないらしいんだけど、大掛かりな魔術を使えるほどの魔力を練れるほどの魔界人は限られている。
エルフィーはその限られるほうに入るのだけど、無理をしていないか心配になる。エルフィーはがんばりやさんなのだ。自分のことは二の次で、無茶をしかねない。
まゆたまごから
「まま、できたよ」
「じゃあ行こう」
またエルフィーを背負って地面を蹴る。あの時のように軽々と枝と飛び上がれた。ひょいひょいと簡単にてっぺんまで登ってぐるりと見回すと、遠くにニファシオブ侯爵の館だろうか、大きな屋敷ものらしきものが見えた。
あそこなら日が暮れる前に辿り着けるかな……? それとも、もと来た道を戻ったほうが早いかな。ニファシオブ侯爵がグルだった場合を考えてやっぱり戻ろう。
問題はどこに道があるかだけど……。森から煙が上がってるのはなんでなんだろう。こう……ちょっとイヤな予感がしなくもないんだけれど……。
たしかにちょっと地響きが聞こえてたりはしたけど、でも猪とか狼の仕業かもしれないし……ないか。魔界じゃないもんね。
もう迎えに来てくれたんだ。誰が来てくれたんだろう。
魔王さまもアルバンさんも忙しいからホルガーさんたちの目が覚めたのかな。それにして早い気がするけど。エルフィーはようやく眠気が取れたみたいだし。子供と大人だから回復の仕方も違うのかも?
うーん。迎えに来てくれたなら合流を目指すべきだよね。煙に向かってみようかな。でもなんちゃら団の人たちが近くにいたらどうしよう。
見つからないようにこっそり行けばだいじょぶかな。こっそりかあ……。
木から下りて煙の上がっていた方向へ歩き出した。
「エルフィー。ホルガーさんたちが来てくれてるみたいだから行ってみよう。でも、わたしたちをさらった人たちもいるだろうから、こっそりね」
「あい」
人目につかないようわざわざ草の生い茂る場所に踏み入ろうとした瞬間だった。
「魔界人に魂を売るなど万死に値する! この悪魔め! 最初から怪しいと思っていたのだ!」
こっそりしようとしていたのにさっそく見つかってしまった。
木登りを見られたんだろうけど、悪魔呼ばわりはひどい。
悪魔は魔族の一種らしいけれど、だいたいの人界人は魔族全体の事を指して
悪魔は角があって牙があってコウモリ羽根をもった魔族のことを言うらしいけれど、わたし、角も牙も羽根も生えてない! エルフィーはこんなに美少女なので間違いなくわたしへの悪口。ますますひどい。
でも残念でした! わたしは魔術がぜんぜん使えませんので悪魔じゃありませーん。もっと勉強してくださいね!
とまあ、面と向かって講義できたらいいんだけど、もちろんそんな余裕ないよね。逃げてます。とりあえず煙の上がっていた方へ走ってるけど、これでなんたら団の人に鉢合わせしたらどうしよう。
お役立ちアイテムでケガさせる未来しか見えない。どうか会いませんように!
「待て! この悪魔め! 魔女め!」
「わたしは悪魔でも魔女でもありません!」
待てと言われて待つやつはいないと思う。わたしたちを血走った眼で睨みんで凶器を持ってる人を待つわけないでしょ! あと悪魔呼ばわりはやめてください!
もーお役立ちアイテム使っちゃおうかな、って思っちゃうくらいには腹が立つ。人界人にとってもはそれくらいの悪口だって知ってるでしょうに。わたしからすればあんたらのほうがよっぽど悪魔だよ!
「むー……」
「おちついてエルフィー!」
ほらエルフィーの機嫌が悪くなってきた! 死にたくないなら少しくらい黙っててほしいな! うちの子けっこう短気なので!!
ああ、すごくきれいな鼻歌が聞こえてきた。
エルフィーは歌って攻撃魔術を発動させられるらしいのでこれはまずい。とてもまずい。わたしの行く手を邪魔する草木を相手に発動してくれればいいのだけれど。
「止まれ、この魔女め! 天使様を開放しろ!」
あー、そっちですかー。
たしかにエルフィーは天界にいるという天使のようにかわいい見た目美少女だけれど、魔素を吸収して魔力を練って魔術を使うれっきとした魔界人だ。
これはますます捕まる訳にいかなくなった。もともと捕まる気なんてなかったけどね。
エルフィーの触角を見られてしまえば魔界人というのは一目瞭然だろう。ああいう思い込みの激しい人は自分の間違いを認めず、騙したな悪魔め! とでも言いがかりをつけてさらに攻撃的になるものなのだ。
エルフィーをそんな怖い目に遭わせるなんてまっぴらごめんだ。なにがなんでも逃げ切って……、あれ? エルフィーさん? 曲調が少し激しくなってませんか?
なんたら団の人、黙って。それか逃げて。
「そして ひかりは とびたった」
聞き取れた魔界語はたぶん歌の終わりだったんだろう。うす暗かった森を照らす光が背後からわたしを追い抜いて行った。これでもかというくらい眩い光の群れを直視してしまったらしいなんたら団の人の目が! 目があ! という叫びが聞こえた。
後ろを見る勇気は出なかったので、ひたすら走っていた。叫びが続いているので死んではいないだろう。よかった。
今もエルフィーは歌っているが、弾んだような曲調になっていて機嫌が上向いたことがわかる。一発かまして憂さを晴らしたのかしらん。
「このおおお悪魔めえええ!!」
なんたら団の人はやっぱりわたしが魔術を使ったと思っているようだ。だから、わたしは魔術なんてちっともつかえませんってば。使えたらこんなとこ汗だくで走ってません!
帰ったらお風呂に入る。ぜったいにだ!
魔王さまの前で汗臭いだなんて冗談じゃない。そうだ、入浴剤も作ってみよう。売れるかもしれない。
なーんて、現実逃避をするもんじゃないね。
すっ転んだうえ、立ち上がろうとしたら前から来たなんたら団の人と鉢合わせしてしまった。ナンテコッタイ。前門の虎後門の狼状態。ナンテコッタイ!
でも前に魔物、後ろに魔獣に比べればなんてことない!
「魔女め! もう逃げられないぞ!
さあ天使様を放せ、そうすれば――」
「リオネッサ様に何を言っているんだ?! いや、それよりも逃げろ、殺され」
ホルガーさんの声だ、と認識する前にずん、とわたしとエルフィーに大きな影が落ちた。
見上げる巨体には漆黒に近い角が一対と、影の中でもらんらんと光る青空色の瞳が一対。大きなコウモリ羽根が一対。
筋骨隆々を絵に描いたような体躯と合わせて、これこそがまさに魔王である、と言える方。
つまりはわたしの旦那さまがわたしの目の前にいた。
「リオネッサ、エルフィー、遅くなってすまない」
「魔王さま……!」
「まおーさまー」
魔王さまは軽々とわたしたちを抱き上げ、見慣れた笑い顔でよくがんばった、とエルフィーを褒めた。
「エルフィーのおかげで迅速に駆けつけられた」
「……あっ! さっきの光は居場所を知らせるためだったんだね」
わたしもえらいえらいと頭をなでる。エルフィーはふにゃりと頬をゆるませた。かわいい。
「リオネッサもよく知らせてくれた」
「えへへ……」
肉厚な魔王さまの手のひらで頭をなでてもらって、わたしも頬がゆるゆるだ。
だが、と魔王さまは言葉を続ける。
「君の頑張りは素晴らしいが、もう少し夫の活躍できる場を残しておいてもらえないだろうか。
君の身にもしもの事があったらと考えるだけで私は胸が張り裂ける思いであったのだ。どうか、もう少しばかり君の夫を頼って貰えないだろうか」
心なしかしゅんとしてしまった魔王さまはそう言ってわたしの顔をのぞきこんだ。
冬の晴れた空よりきれいな青色を間近に見たわたしの頬は熱くなる。
「そうしたいのは、やまやまなんですけど、お忙しいだ、旦那さまのお邪魔はしたくないですし、それにわたしもあなたの役に少しくらい立ちたいんですよ? ふ、フリードリヒ……、さま」
それに、最後の一番おいしいところをもっていくのは……魔王さま、湯気が出てますけどだいじょぶですか?!」
「う、うむ…。大丈夫だ。
少し、いや、かなり嬉しいだけで、なんの問題もない」
「そ、そうですか…?」
このあと、さすがにお茶会は中止になっていて、宿泊先へ魔王さまに抱えられて戻ったわたしはなんたら団のことをキレイさっぱり忘れ去っていた。
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