第17話:成長しました

 エルフィーはまゆたまご時代が嘘のようにみんなによくなついた。

 マルガさんの料理もアルバンさんのお菓子も残さずたいらげるし、意外と子供の面倒見はいいゼーノともぐずることなくよく遊んでいる。魔王さまがあやして寝かしつけるのはほぼ毎日だし、ホルガ―さんに負ぶってもらっているうちに寝てしまうのだって少なくない。バルタザールさんの実験にも快く付き合ってあげているようだった。

 眠たげで疲れ気味ぎみのバルタザールさんからエルフィーの種族について推論すいろんだけれど、と前置きされて説明されたのはエルフィーを連れ帰った翌日のことだ。


「容姿の整い方と魔力属性からしてセイレーンかハルピュイア系統かなあ。たぶん」

「たぶん」

「魔界生物の区分はまだ曖昧なんだ。調べ尽くして区分する物好きがいないから。呼び名なんてだいたいが自称だよ。

 エルフィーと話せれば早いんだけど、まだ無理みたいだし。

 人界人はまめな奴が多くて羨ましいよ。物好きも多いし」


 深い深いため息をついたバルタザールさんだけど、瞳は好奇心でらんらんと輝いていた。調べることが多くてうんざりはしていてもそれ以上に楽しみのほうが勝るらしい。

 外壁の外側になぜか魔獣や魔物が多くなってきているので、安全が確認できるまでわたしは外壁内ですごすことに決まった。外壁の内側でエルフィーと遊ぶのが最近のわたしの仕事だ。

 せっかく広がった行動範囲だったけれど、この間もバルタザールさんとゼーノが倒しても倒してもいて出ていたらしく、そのうちもらしにホルガーさんが対処している間にわたしは姿を消してしまったのだから当然だと思う。

 畑仕事を手伝えなくて申し訳ないなあ、と思うけれど、魔獣たちの数が安定すればまたできるようになるんだからそれまでガマンガマン。


「まーま。ごはんー」

「はいはい。ゆっくりよく噛んで食べるんだよ?」


 バルタザールさんがいうには、エルフィーがもう少し成長すれば魔獣の数が減っていなくても、外壁の外にわたしが出ても問題ないそうだ。

 どうやって調べたのか、「かわいい顔してるけど、戦闘能力すごく高いよ」といい笑顔で言っていた。

 パンケーキを食べて口の周りをはちみつでべしょべしょにしている姿からはとてもじゃないけれど想像できない。

 魔王さまにあやしてもらっている時以外はなにかしら食べているエルフィーの見た目はちっとも変わらず、体重なんて軽すぎて不安になるくらいだ。


「はやく大きくなれるといいね」

「うー!」


 元気よく返事したエルフィーのはちみつだらけになってしまった顔と手をふいて今度はクッキーを手渡す。

 アルバンさんは毎日大量のお菓子を作れるとはりきってくれているので、消費量は気にしない。気にしたら負けだ。

 こんなにたくさん食べられるのはうらやましいなあ…。

 バスケット三つ分のおやつを完食したエルフィーは満足げにげっぷをした。ちょっと行儀悪いけど、そんなの気にならないくらいかわいい。

 棒付きのべっこうあめを持たせたらすぐさま噛み砕かれてしまったので、おわかりを渡して今度はちゃんとなめてねとお願いする。おかわりは中鍋一杯つくったべっこうあめの数だけある。もちろん魔界基準の中鍋だ。

 エルフィーがあめをなめながらきれぎれに口ずさむ歌の旋律せんりつにあわせてスキップをするときゃらきゃら声をあげて喜んだ。


「ナア、コイツ、ニンゲンジャネ?」

「オウ。ソウダナ、キョウダイ」


 いきなり見たことのないごついムッキムキの牛人間があらわれたけどムシしよう。わたしは小走りになった。

 ぜんぜん気付かなかった。いったいいつの間にあらわれたんだ。


「ナア、コイツラ、ウマソウジャネ?」

「オウ。ソウダナ、キョウダイ」


 全力で厨房を目指す。

 なんかめちゃくちゃぶっそうなことを言い出したけどムシだムシ! わたしはなにも聞かなかった!


「ナラ、コイツ、クッチマオウゼ」

「オウ。ソウダナ、キョウダイ」

「人食は禁止されてますよおおお!!!」


 牛人間はわたしがあげた力いっぱいの叫びを笑い飛ばした。


「ンナモン、シルカヨ、バアアカ」

「マオウニ、シタガウ、コシヌケバッカジャ、ネエエヨバアアカ」


 こいつら、わたしの敵だ!! でも残念バクハツシメジ持ってない!

 体格からして違いすぎるので、あっさり追いつかれてわし掴まれた。

 ぎりぎりエルフィーは逃がせたけれど、いたいいたいいたい力加減考えろよこの牛やろう!


「あんたらここがどこでわたしが誰だかわかってんの?! 魔王さまにケンカ売るなんてバカなまねはやめてさっさと帰れ! つーかどっから入ったこのギョロ目やろう!」

「アア? ナニイッテルカ。ワカッタカ?」

「ワカンネ。サッサトクッチマオウ、キョウダイ」


 ああああもう通じてない! 少数民族の方かな?! やめて! 口を開けてよだれたらしてわたしを食べようとしないで!

 ちなみに人食はたいがい死刑です!


「ア?」

「ヴ?」


 牛人間たちの動きが止まった。視線はわたしを通り越して後ろに向いている。何を見ているのかとわたしも首をめぐらせた。

 うっすらと光り輝く女神像がそこにはあった。

 実際には像でもなければ女神でもなかったのだけれど、その時のわたしにはわからなかった。

 かぶとを目深にかぶっていて、口元しか見えないにもかかわらず、その像は状況も忘れて見とれてしまうくらいきれいだった。

 像は長い髪をゆらめかせながら片手をゆっくりとあげる。背中から生えているのだろう二対の羽根もそれに連動して広がった。

 女神ではないとわたしが気付いたのはあげられた手がまるで馬上槍ばじょうやりのように鋭く長く大きくなっていったからだ。

 見た目は天上物語の登場人物もかくやというほど神々しいのに変形していく腕は禍々 まがまがしい。

 あれこれまずいんじゃ、と気付いてあわてて牛人間の手から逃げ出そうとしても、ちっとも抜け出せない。牛人間が呆けてる今がチャンスなのに!

 じたばたもがくわたしにかまわず今にも突撃します! といった感じに像が身構えた。

 わー! わー! まってまってわたしが抜け出すまでまってー!!


「ナンダ、コイツ?」

「コワソウ、キョウダイ」


 ようやくまずいらしいと悟った牛人間が一歩を踏み出したその瞬間、像の羽根が動いた。わたしをさけるようにして牛人間たちに刺さって、羽根はそのまま牛人間たちに持ちあげた。

 わたしは切り落とされた手といっしょに地面に落ちた。恐怖で像と牛人間を観察する余裕はまったくもない。

 作業用エプロンについた青い汚れを見て、牛人間があげた叫び声を思い出すことになってしまったわたしは、とにかくエルフィーといっしょにここを離れることだけ考えていた。

 座りこんでいたエルフィーを抱きあげ、必死になって走っていたわたしは騒ぎを聞きつけて中庭に出てきたメイドさんたちに保護された。

 連絡を受けたバルタザールさんたちが慌てて作業を切りあげ、駆け付けた時にはばらばらになった牛人間たちの死体しかなかったそうだ。


「現魔王に逆らう馬鹿が未だにいるとは思わなかったよ。連中の宝の持ち腐れ具合にも驚いたけどね」


 警備体制を見直さないとなあ、と夕食後のお茶でいっぷくするバルタザールさんは疲れを隠そうともせず、ソファに沈みこんだ。


「君が落ち込む事はないぞ、フリッツ。オレと君がそれぞれ敷いた高度結界をすり抜けてくるような輩だぞ?

 今まで隠れていたのも、今回出てきたのも気まぐれだろう。特殊能力に秀でていたせいで肉体は中級レベルだったのは幸いだった」

「……ウム」


 励ましの言葉にも魔王さまはしょんぼりとして、わたしを抱く腕に少しだけ力をこめた。

 わたしですか? 実はエルフィーといっしょに魔王さまのヒザの上にいます。

 魔王さまのヒザ、広い! あったかい! すてき! わたし、今世界一の幸せ者です!


「それでリオネッサー? おーい帰ってこーい」

「…えっ、はい! だいじょうぶです!」


 いけない、いけない。気をちゃんと持たないと。すぐに夢の国へと旅立っちゃう。エルフィーが毎晩あっという間に眠っちゃうのもわかるよ。これは気持ちいい……!


「エルフィーがいつの間にか成長してました」

「せいちょうしましたー」

「…そのようだね」

「元気に育ってなによりだ」


 ウムウムとうなずく魔王さまにエルフィーはにっこり笑い返す。くっ、美少年!

 髪の長さはそのままに幼児から少年くらいに背が伸びたエルフィーは喋る言葉も増えて、いちおうは意思の疎通そつうができるようになった。


「ギョロメがママをたべようとしたからぶっころしたー」

「………そうかー。エルフィーはママ思いだなー」


 バルタザールさんの生温い視線が痛い。

 た、たしかにエルフィーの口の悪さはわたしに原因があるかもですけど、バルタザールさんにもゼーノにもありますからね?!

 エルフィーはご機嫌でパウンドケーキを頬張る。


「うたうとセンシがでてくるからそれでぶっころしたー」


 それ、初耳ですけど。

 バルタザールさんが顔をおおって徹夜する覚悟を決めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る