第18話:準備中

 エルフィーの舌足らずな報告からバルタザールさんは三割増しで忙しくなっているようだった。そろそろ強制的に睡眠を取らせるべきでしょうか……、とアルバンさんが呟いていた。

 わたしはそれと関係なくいつもよりちょっと忙しい。

 来月に開かれる魔界、人界、天界の要人が集まる三界合同会議に出席する魔王さまに同行するため、準備の真っ最中なのだ。

 持って行くものにも気を使うし、礼儀作法の確認もしなくちゃならない。

 このごろずっと畑仕事ばかりやっていたから忘れていることばっかりだった。晩さん会や舞踏会に参加しなくちゃならないから必死だ。お茶会なんて実家でしたことあるままごとくらいで、いったいなにを話せばいいのやら。

 アルバンさんたちには笑って相づちを打っていればよろしいのですよ、と言われたけれど、不安しかない。せめてお茶をひっくり返したり、すっ転んだりしないように気をつけよう……。

 お土産選びはもっと大変だ。会議で出す予定の魔界土産は魔界の特産品をアピールする絶好の機会なので、手を抜くわけにはいかない。

 前までは魔力を帯びた魔鉱石が主な輸出品だったのだけれど、今年からは農作物もアピールしていけそうです! とアルバンさんがウキウキしていた。

 魔界人は魔王さまに従って他界を侵略しない、他界からの旅人を襲ったりしない、などの決まりを守ってはいるけれど、人界のような税金制度や公共事業といったものはほとんど機能していないらしく、貴重な外貨獲得のチャンスです! と息巻いている。

 魔鉱石は使う人が限られているらしく需要がゼロになることはないけれど、増えるということもあまりないらしい。

 魔王城は慢性的な財政難であるけれど、みなさん自給自足に慣れすぎた人ばかりだし、本当の本当に困った場合は魔王さまに頼んで魔力に物を言わせてしまえばたいていのことはどうにかなってしまったりするので、貨幣の流通もいまいちしていなかったりする。

 魔王城を中心に広げている最中で、城の周辺以外では物々交換が基本だ。

 学問所も作りたいし、診療所もあった方がいいし、道を作ったり補修したり、と予算はどれだけあっても足りていないからアルバンさんも気合が入るのだ。

 今のところは魔界植物を使った人界の料理レシピとお菓子にお茶、クズ魔鉱石をキレイに加工して作ったアクセサリーを持っていくつもりだ。

 少ないけれど、人界人でも簡単に調理できる魔界植物がまだまだ安全面や味が不安定で持っていけないから仕方ない。魔鉱石だけだったころよりだんぜんマシです! とアルバンさんは言っていた。


「お母さまたちへのおみやげはこれでいいとして、ヴィーカにはなにがいいかなあ」


 花よりマフィンな妹だけれど年頃なんだし、いっこくらいは持っていたほうが…。でも婚約者にもらったほうが嬉しいよねえ。

 うだうだ考えていたらあっという間に夕飯の仕込みの時間だ。厨房へ走りながら魔界ならではのものを考える。

 ハーブティーはまだ試作中だし、角だの牙だの素材はあげても使えないし。あ、素材も魔界の特産品として売り出せないかな? 人界からの密猟者がいるくらいだから、もしかして言い値で売れるんじゃないかな。提案ていあんしてみよう。でもバルタザールさんが嫌がるかな?

 毎月色が変わる月もいい観光資源になりそう。道中の安全さえ確保できればけっこういける気がする。竜のおじいちゃんだってヒマしてるって言ってたし、観光案内の手伝いとかしてもらえないかな。

 布は品質はいいんだけど職人の寿命が短いせいで後継が育ってないし。染色職人もまだまだだし。

 あと他には何があったっけ。

 魔界植物を使った家具とか食器も形になるのはまだ先だって聞いたし、魔光虫のランプは魔界じゃないと使えないし。

 馬のいらない馬車はいちおう完成したって話だけど、素材が貴重すぎて大量生産には向かないみたいだし。

 飛竜を飼いらして運送屋とか辻馬車に利用しようって計画はあるけど、人手も技術もぜんぜんないし。

 こう、手早くできて実入りのいいい仕事とか、ないかなあ。でもそういう仕事ってないものだし、あったとしても嘘とか詐欺だし。やっぱりこつこつ堅実にやってくのが一番だよね!


「イモの皮むきときのこのみじん切りと魔豚マトン肉のミンチ、終わりました」

「ありがと~。考え事してる時のりっちゃんてほんと仕事早いわね~。

 ようやく追い付けるかしら~って思ってたのにさらに早くなるんだもの~。追い付ける気しないわ~」

「マルガさんたちならだいじょぶですよ! こういうのは慣れですから、手がかってに動くようになればすぐですよ!」

「…うん。がんばってみるわね~…」


 厨房にいる人たちは努力家ばっかりだし、実家の手伝いの延長で身についちゃったわたしよりもよっぽどはやくできるようおになると思うんだよね。下ごしらえとかもそうだけど、掃除とか繕い物とか。単調作業って考え事できていいよね。

 コグーロの毛糸ができたら編み物もしたいな。つむぐのもすごくいい作業だし、魔力がこもってると付属効果も付くらしいから研究のしがいがあるなあ。


「りっちゃん。今日の魔王様達は早く帰ってきて一緒に旅行の準備するんでしょ? こっちはもう大丈夫だから。本当に、もう、ぜんぜん大丈夫だから作業やめて? 見習いの仕事がなくなっちゃうわ~」

「え? あっ、すみません、つい!」

「ふふふ、いいのよ~。気にしないで~」


 気付けば私の周りにあった材料はすべて皮むきが終わっていた。ナンテコッタイ。

 見習いさんたちに見本を見せていたはずなのに……。反省、反省。見習いさんたちに謝って厨房をあとにした。

 廊下を歩いていると大きな窓から登り始めていた月が見えた。魔王さまの瞳によく似た水色にうっすらとだけれどなっている。今は魔王さまによく似た色だけれど、ついこの間満月になって、これから欠けていく月はだんだんと緑色になっていく。そうすれば今度は君の瞳の色だな、と魔王さまが微笑わらっていた。

 そのころには人界にいるだろうから満月は見られないんだけれど、それをなぜだか申し訳なく思ってくれたらしい魔王さまが育てている花を見せてくださった。わたしの瞳の色にそっくりだと言われたけれどバラより豪華なその花のほうがずっとキレイですから!

 ……花かあ。食人花もあったりするけれど、魔王さまが育てているのは穏やかなものが多いし、見た目もキレイだし、人界ではめずらしいものばかりだから贈答用とか、喜ばれたりしそう。これも提案しておこうっと。

 空中玄関でしばらく待っていると魔王さまと魔王さまに負ぶわれたエルフィーが帰ってきた。


「おかえりなさい」

「ただいまリオネッサ」

「ただいま、ママ」


 魔王さまがおんぶひもをといて背中からエルフィーをおろした。おりたとたん、わたしに抱きつくエルフィーの頭を撫でて抱き上げる。抱き上げた体にようやく重さが感じられるようになってきた。

 魔素濃度の調整にエルフィーを同行させると聞いたときはびっくりしたけれど、うまくいっているようでよかった。

 魔力も魔素も体外から吸収できるエルフィーは、成長に足りない魔力を食事からとっていたからあんなに食べていたんだそうだ。

 魔王さまといっしょに出かけるようになってから食事量がぐんと減って、今ではゼーノより少し多いくらいで落ち着いている。


「お疲れ様。がんばったね、エルフィー」

「うん。たくさんたべたよ」


 ほめてほめてと瞳を輝かせるエルフィーの頭を再び撫でる。ぱあ、と花が咲いたような笑顔がすごくまぶしい。


「魔王さまもお疲れさまでした」

「うむ。今日も出迎えてくれてありがとう」


 そう言って魔王さまはわたしのほっぺにキスをしてくれた。

 えへへへへへへへへぇ~。つ、妻たるもの、旦那さまをお迎えするのは当然のことですから!

 わたしは魔王さまの鼻に返す。すねたようにエルフィーがわたしの髪を引っぱったので、すべすべしたエルフィーのおでこにもキスをした。


「今日の晩ご飯はロールドラゴですよ」

「それは楽しみだな」

「たのしみ!」


 わたしごとエルフィーを抱き上げた魔王さまと笑いあう。

 調理はマルガさんたちに任せてあるので、わたしも楽しみにしている。まるめて煮込むだけだから大きな失敗はないはずだけど、手の大きな人たちが多いから成形せいけいは少し不安だ。

 形が崩れてもそぼろスープになるだけだから問題はないんだけど、完璧を目指すマルガさんからペナルティをされてしまうので、死ぬ気でがんばりますと見習いさんたちが言っていた。

 ペナルティってなんだろう。皮むき一時間とかかな?


「魔王さま、持っていく服は選んでおいたので確認してくださいね」

「ああ。ありがとう。土産物は決まったのだろうか」

「両親の分だけです。会議に持っていくものはもう少し幅がでそうですし、ヴィーカに何をあげようか迷っちゃって」

「ああ、ルドヴィカ君か」


 懐かしそうに魔王さまが目を細めた。


「彼女は君から贈られたものならば何でも喜ぶのではないのだろうか」

「うーん、そうでしょうか? そうだとしても、なんでもっていうのは困るものなんですよ」

「む。そういうものか」

「そういうものです」


 自室についたので魔王さまにおろしてもらう。部屋には人界に持っていく着替えをずらっと並べておいた。

 観光用が四種類、普段着十着、晩さん会用、会議用、舞踏会用と予備を二着ずつと、お茶会用もいちおう用意しておいた。

 会議が開かれる人界には一週間しか滞在しないけれど、荷物が多くても問題ない。むずかしくてよくわからなかったけれど、人界にいながら魔界の物が取りよせできるらしい。

 それも魔王さまの魔力があってこそという話なのだから、やっぱり魔王さまってすごい!


「ふむ。………………リオネッサ」

「なんでしょう?」

「ここにあるのは私の服だけのように見えるのだが、君の着替えはどこに……?」

「こっちのトランクに入れておきました!」


 わたしが嫁入り前から使っているものだ。見た目は古いけれど大きいので一週間分の着替えもちゃんと入るすぐれもの。


「……………………」

「ママ、これだけ?」

「一週間だもの、このくらいでじゅうぶんだよ。食べ物も水も心配しなくていいからまとめるのすっごく楽でした」


 む~んと考えこんでしまった魔王さまがお腹に手を当てた。また胃痛?! お薬用意しなくちゃ!


「どうぞ魔王さま!」

「ありがとう。

 リオネッサ。支障がなければ持っていく服を見せてもらっても……?」

「もちろんいいですよ」


 このあと、なぜかアルバンさんもメイド長さんも加わってわたしの服が大量に追加された。もちろんトランクには入りきらず、わたしも魔王さまと同じ方法をとることになった。……ナンデ?

 服はどれもひらひらふわふわしていてものすごく高そうなものばかりだった。

 ………総額は考えないようにしよう。

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