第15話:名付け

 仕事から帰ってきてすぐに探しにきてくれたという魔王さまに今までのことを説明して、力一杯お礼を言う。今は魔王さまの腕に抱かれて魔王城を目指している最中だ。

 わたしはホルガーさんがいなくなったすきに空を飛んだらしく、結局けっきょくなんでわたしが空を飛んでいたのかは謎のままだ。そのへんはバルタザールさんに丸投げしようと思う。

 それよりも、今、わたしは魔王さまと空中デートを満喫(まんきつ)するのに忙しい。

 魔素濃度の異常があちこちで起こっているせいで、最近の魔王さまはとっても忙しい。

 朝食を食べたらすぐに仕事に出かけて夕飯までは魔王さまは帰ってこない。夜は畑仕事をするようになったわたしが疲れてすぐに寝てしまうようになったので、あまり会話する時間がとれていなかったりする。

 それでも怒ったりせず寝かせてくれる魔王さまはとてもやさしい。わかってたことだけどね!

 わたしの旦那さまは魔界どころか人界、天界ひっくるめても一番かっこよくてやさしい!

 …すみませんあらぶりました。

 ともかく。わたしのために低速飛行してくれている魔王さまはとても素敵なかただということです。

 いつもはしまっているコウモリのような羽根はこういうときじゃないと見られないからしっかり見ておかなくちゃ。


「まーま、まーま」


 ぼーっと見とれていたら、美幼児が私のことも思い出して! と言わんばかりにわたしの頬をぺちぺち叩いてきた。

 ご、ごめん。忘れてたわけじゃ…。ほんとに忘れてたわけじゃ…。

 美幼児からの純真な眼差しが胸に痛い。


「魔王さま、この子に名前を付けてあげてくれませんか?

 わたしはまだ魔界語を勉強中ですし、魔王さまに名付けていただけてたら、この子も嬉しいと思うんです」

「そうだろうか」

「それはもう!

 自分でも考えてみたんですけど、どうにもしっくりこなくて。魔界生まれだし、こちら風のほうがぜったいいいですよ」

「ふむ。私でよければ考えてみよう」


 よかったね! あなたの名前はこれで安心だよ! 魔王さまならぜったいいいものを付けてくれるもの。


「あー。うー」


 美幼児がわたしのほおを叩く。そっかそっか。あなたも嬉しいんだね。わたしも嬉しいよ!

 よしよし、と美幼児をあやしているとぷくーと頬をふくらませたり、つーんとそっぽを向いたりと百面相を始めた。にらめっこかな? あっぷっぷー。


「うー。みゅー」


 そのうち美幼児はまゆたまごの中に丸まってしまった。

 そうだよね。あんなに魔術をいっぱい使ったんだもの、疲れるのは当たり前だよね。

 お腹も減っているだろう。パンケーキならすぐ作れるし、柔らかいからこの子でも食べられるだろう。歯はもう生えそろっていたし。魔界生まれってやっぱりすごい。


「女性であればエルフィーナ、男性であればエルフィンとするのはどうだろう」

「とても素敵だと思います」


 しばらくして魔王さまが教えてくれた名前は美幼児にとても似合っていた。さすが魔王さま!


「魔王さまはこの子がどっちかわかりますか?」


 わたしはわかりませんでした、と告げると数秒美幼児を見つめた魔王さまは静かに首をふった。


「…では仮にエルフィーと」

「かわいいですね!」


 魔王さまも見ただけではわからなかったらしい。

 すよすよ眠るエルフィーを起こさないようそっとでるとふみゅふみゅ寝言を言いながら微笑んだ。かわいい。


「よかったね。すっごくかわいくて、かっこいい名前だよ」


 さらさらと絹糸のような髪を撫でているとぱちりとエルフィーが目を開けた。

 何度かまたたきをして魔王さまとわたしを見比べたあと、なぜか盛大せいだいにふくれっ面をしてわたしに抱きついてきた。ぐりぐりと頭を押し付けてくる。


「まーま。まーま」

「どうしたの? お腹空いた? もう少し待っててね。お城に戻ったらパンケーキを焼くからね」


 頭を撫でてあやしても機嫌はなかなか直らない。そんなにお腹が空いてるのかな。


「ごめんね。ご飯はお城に戻らないと作れないんだ。少しがまんしてくれればとってもおいしいパンケーキをあげるから、機嫌直してね」


 いちごジャムもベリージャムもまだたくさんあるし、この間作った竜滴りゅうのしずくのジャムだってあるし、生クリームやカスタードクリームも手伝ってもらえればすぐ作れるし、冷凍室にはアイスクリームも残っていたはずだからエルフィ―を満足させられるとはずだ。

 さらにルコルスの砂糖漬けもつければ見た目も華やかになる。喜んでくれるといいな。


「どうかな、エルフィー。それとも食べ物はわたしたちと違うものを食べるのかな?」


 エルフィーの頭を撫でながら聞くと魔王さまが答えてくれた。


「魔界生まれは大方が雑食だから問題はないように思う。魔力や魔素しか摂取しないという種もいるが、そういう種は実体がないからエルフィーは当て嵌まらないだろう」

「そうなんですね」


 さすが魔王さま。博識はくしきだなあ。かっこいい。


「じゃあ、お城に帰ったら楽しみにしててね、エルフィー」

「私も楽しみにしていいだろうか」


 わたしはもちろんうなずいた。


「腕によりをかけて作りますね!」


 魔王さまに手料理を食べてもらえるのだからなにがあったって作る。夕食があるから枚数は控えめにしないと。でもマルガさんたちも食べるかなあ?

 そんなことを考えていたらまたエルフィーに頬を叩かれた。小さな手でぺちり、と音までかわいらしい。


「むーう。まーま」


 パンケーキの話を聞いてますますお腹が減っちゃったのかもしれない。

 うう、ごめんね。せめてわたしがゼーノくらい丈夫な体だったら魔王さまの倍くらいの速度が出せると思うんだけど。

 お腹の減りそうな話題は避けることにして、魔王城にいる人たちについて話し始めた。

 まず、いつもお世話になっているアルバンさん。魔王さまの執事で、お城の中で一番年上なんだって。なんでもできる人で、最近はお菓子作りにはまっている。いつもにこにこ笑っている温和でやさしい人だ。

 それからマルガさん。料理長をしていて、火の扱いが抜群(バツグン)に上手い人。美味しいものを食べるとほっぺに手を当てて、目を細めて、すごく幸せそうな顔をする。厨房に入るようになってからずっとお世話になっている人だ。

 バルタザールさんは研究が大好きで、人界にもすごく興味を持っている。毎日忙しいのにわたしの勉強もみてくれている。新発明をしたり、森や畑で新種開発をしたりと、ずっと忙しそうだ。いつでも眠そうな目をしている。

 ホルガーさんは最近わたしの護衛になってくれた人。変身能力があって、いつもわたしのために見た目を人界人にしてくれている。お茶の淹れ方がどんどん上手くなっていて、そろそろわたしの腕前などとっくに抜かされているんじゃないかとハラハラしている。お菓子作りもアルバンさんに習い始めたそうで、おやつの時間はわたしの出る幕はなくなってしまうのかもしれない。

 ゼーノは幼なじみで、えーと。

 まゆたまごに攻撃したというのは黙っておいたほうがいいだろうか。

 エルフィーは言葉をにごしたわたしになにかを察したらしく、ちょっと眉間みけんにしわをよせた。


「えーと、悪いやつじゃないんだよ?」


 善人でもないけど、と心の中で付け加える。エルフィーはむう、と頬をふくらませた。


「魔術も天術も使えるし」


 戦闘以外ではロクなことに使わないけど。


「身内が困ってると助けてくれることもあるし」


 ただし余計なお世話になったりもするけど。

 他に良いところなんてあったっけと記憶を探っていると、エルフィ―の小さな手がわたしの頭をふわふわと撫でた。まるでもういいよと言ってくれているかのようだ。


「あはは…。あれで子供好きなとこもあるから、いっしょに遊んでくれるかもよ?」


 子供好きだからというか、精神年齢が似通っているからというほうが正しいけど。

 悪影響を及ぼすかもしれないゼーノとはあまり遊んでほしくないかもしれない。ゼーノの幼なじみをやってたおかげでわたしの知っているののしり言葉の数はかなり豊富ほうふだと思う。

 エルフィーみたいな美幼児がゼーノみたいな悪口雑言(あっこうぞうごん)を吐く、なんて想像するのも寒気がする最悪の未来だ。

 ううう、楽しいことを考えよう!


「マルガさんならエルフィーとお風呂に入ってくれるかな。エルフィーがお風呂に入っている間にパンケーキ作っちゃうね」


 エルフィーがご飯を食べている間に服を作っておかなくちゃ。エルフィーくらい小さい人はいないから服もないもんね。簡単なワンピースくらいならすぐ作れるし。


「リオネッサ。服ならアルバンも作れるから君も夕食を一緒にとろう」

「はい魔王さま!」


 魔王さまと夕食を食べられるのが嬉しくて浮かれていたわたしはエルフィーがまた頬をふくらませているのに気づかなかった。

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