第4話:執事アルバンのひとりごと
初めまして、こんにちは。
魔王様の執事を任されております、アルバン・アルパインです。
今日は魔素濃度調査のため、初代魔王様の王墓に来ております。
その昔、天界の王と大喧嘩した末に初代魔王様が眠る事になったとされている場所です。
厳密に言えば初代様は封印されているらしいのですけれど、実際のところはわかりません。もう何千年も昔の事ですからね。
初代様の時代から生きている方に知り合いなどおりませんし。
それはさておき。
「やはり魔素濃度は上がっているようです」
「…。ウム」
「原因はいくつか考えられておりますが、その前に魔素の影響を受けて狂暴化や屍鬼化した魔獣達の処理を先に行っていただきたい、と報告がきています」
「………ウム」
「…坊ちゃま。夕食には間に合うようスケジュールを組みましたので、安心してください」
「む、むう?」
何故わかった?! というような
リオネッサ様は魔王様が夢中になるのもわかるくらい素敵なお嬢さんですしね。
本来ならお二人でゆっくりしていただきたいところなのですが、魔王様でなくては片付かない案件なのです。困ったものですね。
魔王様があまりにもしょんぼりなさるので、次回はリオネッサ様にご同行していただこうかとも考えましたが、この場にいるリオネッサ様を思い描いて冷静になりました。
こんな魔素の濃い場所に来ていただくとかありえませんね。死んでしまいます。魔王様には我慢していただく他ありません。
幸い、魔王様なら半日もかからず片付きます。
「現在、狂暴化した魔獣が共食いと吸収合体の果てに巨大化。屍鬼共は軍が追い込みをかけて一か所に集めている最中です」
「そうか。では魔獣の方から向かうとしよう」
「ここから東に三キロです。だいたい一リィットですね」
「うむ。大丈夫だ」
「はい。毎分五十メートル程度の早さで増殖中とのことです」
「うむ」
人界の単位を使っても問題はないようです。返事と同時に魔王様は魔獣のいる方向へ跳躍していました。姿は一瞬で消え、しばらくすると轟音が聞こえてきました。さすがです。
魔王様の拳はたいていのものを粉々にするので、素材回収に持って来いだと処理班が話していましたので、今頃は嬉しさのあまり悲鳴を上げている事でしょう。
量が量ですから昼夜を問わず一週間は仕事に困らないでしょう。バルタザールさんの睡眠時間がまた減りますが、仕事中毒の
問題はマルガさんの機嫌が悪くなることですね。
寝ぼけて冷気を垂れ流したバルタザールさんが、寒さに堪忍袋の緒が切れたマルガさんに殴られるのはもはや城の風物詩になりつつありますし。
建造物や備品への被害をもう少し減らしていただければよいのですが。今度からは外でやってもらいましょうか。
私は連絡用の妖鳥を飛ばして南西の屍鬼共の方へ向かいます。
何も四六時中魔王様に付き従うのが
そして、リオネッサ様との約束を破らせてしまうなど言語道断です。先回りをして手早く作業が終わるよう、準備をしなくては。
主人のサポートを卒なくこなせるくらいでなければ執事は到底名乗れません。
ふふふ、魔王様と違って機動力の低い私は文明の利器を使わせていただきますよ。
バルタザールさんがドラゴンゾンビの骨と鬼火を組み合わせて開発した馬車です。これを使うのはちょっと楽しみだったのです。
リオネッサ様が乗ってきた人界の馬車を見て閃いたそうですが、見た目はちっとも似ていませんね。馬も御者もいませんし。
簡単に説明するなら鬼火を動力にして進む馬車ですね。馬がいないのでただの車になってしまいますが。あえて名付けるなら幽鬼車でしょうか。動力に生き物を使っていない分、御し易いといえば御し易いかもしれません。
人界の馬車より屋根が低く、平べったい形をしているのは風の抵抗がどうのという話ですが、専門的すぎて理解するのに苦労しました。やはり私は料理の方が性(しょう)に合っているようです。料理ならば風の抵抗は関係ありませんからね。帰ったらデザート作りに励むとしましょう。
この車の難点は整備されていない道だと走り辛いということですね。
今日は試験的に飛翔効果のあるグリフォンの羽根や飛竜の翼などを使用していますが、まだまだ改良の余地があります。
ある程度の速度を出さなくては飛べませんし、助走をするにも距離が要ります。空中では方向転換もできませんしね。
すぐにトップスピードが出るようにするか、その場で空中に浮き上がれるようにするかした方がいいでしょう。
もしくは障害物をすべて薙ぎ払えるような装備を付けるかですね。切り払うにしても、焼き払うにしても問題は出てきますから上手く解決していただけるとよいのですが。
さて、空中遊泳ももうすぐ終わりです。
スピードを殺すために減速ボタンを押すと馬車の前方から光線が出ました。その反動を利用して減速する訳です。ついでに屍鬼を減らせて一石二鳥ですね。
ゴルゴンの瞳を改造したそうですが、試作機にそんな希少なものを使ってしまうあたり、さすがバルタザールさんです。
素材入手の時間節約の為に自分で作れないか試して人造人間もどきや人造魔獣や魔物を作ってしまう方ですからね、常識では測れません。
着地には成功しましたが、衝撃が大きく危険すぎてまだまだリオネッサ様は乗せられません。光線の余波で吹き飛んでしまうかもしれません。万一の時の為に安全ベルトを付けてもらいましょう。
今より振動や衝撃が少なくなったとしても、リオネッサ様のお体の事を考えると、不安にしかなりませんからね。
風や物が入ってこないよう骨と骨の間に幕も欲しいところです。リオネッサ様を載せて空を飛べば、風圧で死んでしまうかもしれません。
できれば安全確認ができるよう透明なものが望ましいですね。薄くて軽くて尚且つ丈夫なレヴィアタンの鱗などいいのではないのでしょうか。もっとも、私が考えたものよりもっといいものをバルタザールさんならお持ちでしょうけれどね。
光線である程度焼け野原になっても屍鬼共の勢いは衰えていません。
足がもげても手がちぎれても完全な死を迎える事ができなくなっている彼らは魔界においての最も厄介な相手のひとつでしょう。
馬車を降りると担当者が走ってきました。
「魔王様付き筆頭執事アルバン・アルパインです。状況はどうですか?」
「ご足労いただき、ありがとうございます。自分は災害対策隊小隊長、エゴンです。
屍鬼はなんとか一か所に集められました。数人が軽傷を負いましたが、問題ありません。治療も完了しています。
先ほどの光線で移動不可能になった屍鬼は一割ほどかと」
「ご苦労様です。
一割ですか。意外と多く仕留められましたね。エネルギー残量に余裕があればもう何発かお見舞いしたとろこですが…」
「まだ試作段階ですもんねぇ。バルタザール様には我々でも扱えるような物を作って欲しいのですが……」
「難しいでしょうね」
普段は研究に没頭していて便利グッズなど作る事などない方です。たまに何か作っても自己満足のためで、
魔王様が是非にと請われなければ、今頃山奥で隠遁していらしたでしょう。
「試しにと配布された手投げ爆弾の方はどうでした?」
「効果抜群でしたよ。
もっと前からこれがあったらなあ………」
エゴンが遠い目をして肩を落としました。
心中お察しします。バルタザールさんはどんな依頼をされても興味の引かれない案件には面倒だという態度を隠さずお断りになってましたからね。本気を出せばとてつもなく凄いお方なのですが…。
おや。魔王様がこちらに向かってきています。
リオネッサ様からいただいた懐中時計で確認すれば魔王様と別れてから九分と四十八秒。およそ十分ですね。
魔王様を差し置いて贈り物を頂いてしまうのは心苦しかったのですが、人界では執事に懐中時計は必須だそうですので、ありがたく頂戴いたしました。
ほどなくして魔王様が到着なさいました。着地の衝撃で突風と土煙が発生します。
「うわぷ」
「おや、慣れていませんでしたか」
「はい…。やっぱり魔王様はすごいですね」
土煙が晴れると、少しばかり困った様子の魔王様がこちらに歩いてきます。魔獣の返り血で服を汚してしまったことを気にしていらっしゃるのでしょうね。ご心配なく。今日はもともと焼却処分にするつもりですから。
エゴンに目配せして現状の説明をお願いします。
「災害対策隊小隊長、エゴンです。
屍鬼は一か所に集め終わっております。
バルタザールさまからお預かりした試作爆弾で三割、先ほど到着なさったアルバン様の移動試作馬車からの光線で一割程度の移動不能個体を確認しました。
負傷者は多少出ましたが、全員治療済みで被害は軽微です」
「そうか。了解した」
普段よりも難しい顔をなされた魔王様が肯かれます。そして跳んでいってしまいました。
次の瞬間からいつも通り閃光だの轟音だのが聞こえてきます。
「魔王様が攻撃を開始した事と、急いで距離を取るよう全員に伝えてください」
「了解です」
胸いっぱいに空気を吸い込んだエゴンの遠吠えがうわんと周囲に響き、あちこちから応答が返ってきます。
「あとは殲滅漏れがないよう注意してくださいね」
「もちろんです」
返ってくる遠吠えを聞きながら私は魔素濃度の数値聞き取りと、バルタザールさんに頼まれていた馬車の乗り心地などを書付け、それが終わる頃に魔王様がお戻りになりました。
服はあちこち汚れてくたびれていますがこれは仕方ありません。魔王様に傷がないようで安心しました。
「屍鬼の殲滅は完了した。城に戻ろう」
「もう少しお待ちくださいね。まだお弁当も食べていませんよ」
「う、うむ」
そういえば! という顔をなされた魔王様にエゴンが怯えています。慣れればどうということもないのですけどね。
「魔素濃度が上昇した原因についてはこれから捜索隊が調査しますが、その前に魔素濃度を下げておく必要があります」
「ああ、そうだったな」
肯いた魔王様は一度深呼吸をなさり、気持ちを落ち着けられました。
エゴンは未だ固まり、震えています。一般兵の胆力を高める訓練が必要かもしれません。
「調査隊はいつでも出発できるように準備していますね?」
「は、はい!」
ようやく呼吸を思い出せたエゴンが慌てて答えます。大丈夫ですよー。魔王様は見た目より怖くありませんよー。
「では、私達はこれから初代様の王墓に向かい濃度を下げ、そのまま城へ戻ります。
十日は濃度が下がったままでしょうから、新たな合体魔獣や屍鬼の発生は低いと思います。ですが油断はしないように」
「はい。異常があればすぐに連絡いたします」
「お願いします。それでは。
参りましょう、魔王様」
「うむ。よろしく頼む」
「はい! お任せください!」
その後、昼食や小休止を挟みながら魔王様が魔素を吸い上げては魔術を放出した結果、魔素濃度は見事下がりました。
お弁当休憩をはさみ、調査終了を告げた途端、魔王様が城へ跳んで帰ったのは言うまでもありません。
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