RPGツクールのクソゲーの世界に妹と行ったら、ひどい目に逢いました

まぐろ定食

第1話 ツクール起動、そして自動実行の危険性

「なかなか店にたどり着かない……いや、マップが広すぎるんだ!」


「建物と建物の間隔、あと道が異常に広すぎるんだよ! なんで商店街なのに幅10メートルはある道なのよ! ここは戦車でも通る予定なの⁉」


 俺と妹は半ばやけになって叫ぶ。道具屋にやっとの思いでたどり着くと、さらにひどいものを見つける。


「道具屋の壁、すり抜けられるよ! 当たり判定をミスってるんだ!」


「やったねお兄ちゃん! 9と4分の3の隠し通路だね! ほら、看板もすり抜けられる!」


 よく見ると看板と妹が重なっていた。妹の体から看板が突き出ている。そのシュールな姿が笑いを誘った。主に苦笑いを。


「か、体が勝手に動く! 誰だ! こんな所に自動実行イベントを置いたのは!」


 俺の体は自分の意志とは関係なく、前に、後ろに、勝手に動いていく。しかし、その前後運動は終わらない。


「お兄ちゃん、いつまでふざけてるの?」


「ち、違う……このイベント、終わる様子がないんだ! まさか……」


 悪夢だ。このイベントは無限ループしている。イベント終了のためのスイッチ終了命令を切り替えるのを忘れていた。


 つまり、俺は死ぬまで前後に華麗にステップすることになる。


 俺は楽しげな前後運動を繰り返しながら、絶望の声を上げていた――永遠に。



 時は三時間前にさかのぼる。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 高校の授業が終わり、いつものように学校から帰った後。俺は妹のソラが帰るのを心待ちにしていた。


 そして玄関のチャイムが鳴ると、一目散に玄関へ向かい、ソラを出迎える。


「おかえり! なあ、話があるんだけど!」


「ただいま……っていきなり何? 私帰ってきたばかりなんだけど」


「新しいゲームがあるんだ! すっげえ面白いやつ!」


「え! 新発売ってこと? やるやる! どんなゲーム?」


 ソラは目をキラキラさせながら食いついた。よし。


RPGロールプレイングゲームなんだけど、驚くなよ。実は俺が作ったんだ!」


 ソラの目がいきなり不審物を見るような目に変わった。


「……お兄ちゃんが?」


「そう、そうだよ! RPGアールピージーツクールっていう、誰でも理想のゲームが作れる夢のようなソフトがあって、それで作ったんだ!」


 ソラはため息をついた。


「なーんだ、期待して損しちゃった。お兄ちゃんが作ったって時点で、あんまり期待できそうにないなあ」


「ふっふっふ」


 俺は不敵に微笑む、ソラは一歩後ずさる。俺は勝ち誇った顔でソラに言い放つ。


「見てから驚くなよ?」



 俺の部屋にソラを招くと、ソラはPCに繋がれているヘルメットのような機械に目を向けた。


「これ、何?」


「これが今回の”RPGツクールVRブイアール”の特徴の一つ、バーチャルリアリティ体験ができる装置だ。通称VRヘルメット」


「バーチャルリアリティ?」


「簡単に言うと、仮想現実を体験できる装置ってこと。普通のゲームだったら、画面に映った映像を見るだけだけど、これを使えばリアルに自分が世界を体験しているような感覚でプレイできるんだよ」


「何それ、すごい! ねえ、やってみてもいい?」


 ソラはまた目を輝かせている。


「装置は2個あるから、別にいいけど、まだテストプレイが……」


「そんなの後でいいじゃん! お兄ちゃん、私やってみたい!」


「しょうがねえなあ」


 妹に頼まれると、兄は弱いものだ。俺と妹はVRヘルメットを被り、PCのアイコンを起動する。


 瞬間、俺の目の前は眩い光に包まれる。


 次に目を開けると、目の前に広がっていたのは見たこともない街並みだった。地面は灰色っぽいレンガで舗装され、様々な看板の店が立ち並んでいる。……多少店の間隔がおかしい気もするが。


「うっわ~! すごい、さっきまでお兄ちゃんの部屋にいたのに!」


「ここは実際に俺がRPGツクールで作った街だな。設定で初期位置をこの街にしておいた」


「わ、わ! 私の服も変なのになってる!」


 見ると、妹の服はエンジ色のような暗い赤色のローブと、同じ色の先折れ帽子になっていた。


「魔法使いの服だろ。確か初期パーティーは戦士と魔法使いにしておいたから」


 俺の服装は皮の服と背中に短めの剣。初期装備とはいえ貧弱だ。


「ねえ、色んな所見て回ろうよ!」


 俺は頷くと、ソラと一緒にこの街を探索することにする。


「まずは道具屋だよねぇ」


「いや、まずは武器だろ」


「何言ってんの、回復手段は重要でしょ」


 俺達はあーだこーだと自分のRPG攻略法について議論しながら歩いていると、遠くの方にフラスコのような絵が描かれた看板を掲げている道具屋を見つけた。


「……なんかずいぶん遠くにある気がするんだけど」


「マップは広い方がリアル感あると思って、広めに作ったんだけど……」


「ひょっとしてめちゃくちゃ遠くにあるんじゃない?」


 その不安は的中した。


――そして先の場面に戻る。


 ようやくたどり着いた道具屋は、すり抜けられる壁と、重なって遊べる看板、そして無造作に配置された強制移動。悪夢のテーマパークとも言うべき場所。そこから抜け出せたのは一時間後のことだった。


「ぜえ……ぜえ……。腰が死ぬかと思った。ありがとうソラ」


「も、もう……体当たりで押し出すまで止まらないんだもん……」


 この時点で、俺は薄々感づいていたのかもしれない。この世界は危険だということに。しかし、見ぬふりをしていた。なぜなら、それを認めることは、自らが作ったこの世界の不備を認めることだったからだ。


「道具屋に入るのはやめようか……」


「うん……」


 俺とソラは、へたへたとその場に座り込んだ。


 しばらく息を整えていると、ソラの後方から誰かの人影が近づいてくるのが見える。目をこらすと、それは買い物袋を持ったおばさんのようだった。


「そういえば、あんなNPCエヌピーシーを配置したような……」


「へえ~、いろんな人を配置できるんだ。あっちには親子もいるし」


 ほとんどの街の人は、それぞれの生活を営むかのように好きにふるまっている。ボールで遊んでいる子供、井戸端会議している二人組、道を行ったり来たりしている冒険者。


 しかし、買い物袋を持ったおばさんは、どうも様子がおかしい。


「一直線にこっちに向かってないか?」


 ふくよかなおばさんは、わき目もふらずズンズンと俺達の方へ進んできている。無表情で。


「”プレイヤーに近づいてくる”設定をしたNPCかもしれない」


「その設定をするとどうなるの?」


「プレイヤー、つまり俺達に接触するまで近づいてくる」


「へえー」


 おばさんはどんどん近づいてきて、歩みの勢いを抑える気はないようだった。1メートルぐらいに近づいてきても、その勢いは止まらない。


 正直、人が勢いを落とさずに近づいてくるというのは怖い。間近に来たかと思うと、おばさんから俺に飛んできたのは意外なものだった。


 右ストレート。


「ごふぁっ!!」


 俺は左頬にまともに右ストレートを食らい、吹っ飛ばされた。そしてそれで終わらず、おばさんがまた近づいてきて俺に右ストレートを繰り出してくる。


 無表情で。


「ぐっはぁっ!」


「お、お兄ちゃん! 大丈夫⁉」


「大丈夫じゃなぐっはあああああああっ!」


 俺は吹っ飛ばされては、おばさんに距離を詰められ、殴られ続けていた。


 レフェリー止めろ。何度目か吹っ飛ばされた後に、あることに気づく。


「こ、このNPC……”プレイヤーに近づいて、接触したら殴る”というコマンド命令で動いてるんだ!」


「なんでそんなNPCにしたの⁉」


「多少スリルがあった方が楽しいかと思って……」


「なんでそんな要素いると思った⁉ 馬鹿なの?」

 

 妹の罵倒を食らいながら、俺は延々と殴られ続け、地面に打ち付けられ、また距離を詰められてはおばさんの右ストレートを食らう。


 このイベントを配置した奴は馬鹿なんじゃないか……俺だった。


 薄れゆく意識の中で、俺は確信した。



 このゲームは、クソゲーだ。


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