第2話 剣士の場合。

 

 私は剣士。王からの命令で勇者の仲間として旅に出ることになった。

 騎士の家系に生まれ、幼少の頃より鍛練に身を費やしてきた。元からの才もあってかぐんぐんと成長した私は同年代に並び立つ者がいないほどになった。


 ならば次こそはと、名だたる剣術の大会に参加した。屈強な男達や名門の流派を打ち破って最強の女剣士としての称号を得た。魔王討伐など恐るるに足りず。……そう思っていた。


 勇者と合流した時にはまだ私しかいなかった。前衛二人だけでの戦いは苦戦することも多々あった。

 傷が多かったのは勇者だった。私はいつも庇われてばかりだったのだから。

 当たり前だ。私は安全な国の中で人間相手に剣を磨いてきた。何者よりも自分は強いという自信があったのだ。その自信に満ち溢れた剣はモンスター相手には通用しなかった。


 人型の相手であれば無双。それ以外の植物や粘液系の相手にはまるで歯が立たない。


「笑え勇者。所詮私は井の中の蛙だった」


 悔しかった。

 マグレで聖剣に選ばれた年だけは立派な男に守られてばかりだったのだ。あの最強の女剣士ともてはやされた私が。


「笑わないよ。俺には剣士を笑う資格がないからな」


 自分で自分の傷口に包帯を巻きながら勇者は言った。


「俺はな、おとぎ話の英雄になるんだって剣だけ持って家出したんだよ。それで都会に出て生活するために単身でモンスターに挑んで死にかけた」


 幼い勇者の全財産を叩いて買った剣はその時に折れてしまったと話す。


「ろくに勉強も剣術も知らなくてな。あっちコッチで日銭を稼ぎながら道場にも通って、数年かけて道具を揃えきってモンスター狩りを始めたんだ」


 幾度も怪我をし、仲間を増やして挑戦。問題点や知らないモンスターがいれば情報を集めて対策を練る。

 当たり前のことだった。


「今、俺が剣士より戦えるのはモンスター狩りの経験があるからだ。初めて会った敵に剣士くらいの年齢の俺が挑んだら首と胴体がおさらばだ」


 勇者の荷物には書き込みが沢山してある手帳やモンスターの図鑑があった。

 敵に奪われたり、途中で破損してもいいような予備の武器もある。聖剣は飾り扱いで使われていない。


「だからさ、笑わないよ。剣士は自分が狭い場所にいたって気づいたんだ。これからじっくりと世界を見ようぜ」


 そう言われた時、私の中で何かがストンと落ち着いた。

 何を挫けていたのだ。私だって最初から最強だったわけではないではないか。

 何度も顔に土をつけながらも鍛練を繰り返してきた。剣術大会では様々な流派の剣を目で盗んで自分の力にしてきた。

 ならば今まで以上に鍛えろ。貪欲に相手を観察し、対人から対モンスターへと切り替えろ。才を伸ばせ。


「あぁ、わかった勇者。なら、対モンスターの戦い方を教えろ。代わりに私も剣術を勇者へ指導してやる」


「えっと、剣士の技なんて使えそうにないんだが。剣圧だけで岩砕きとか無理だし」


「心配するな。私の剣を学べば魔王なんて一刀両断だ!!」


「あー、人の話を聞かないタイプの特訓バカだなこの子は」


 そうやって私と勇者は互いの足りない部分を鍛えあった。






 次に魔法使いがやってきた。

 その頃には私は勇者よりもモンスターとの戦い方が上手くなっていた。


 それもこれも私に戦い方を教えてくれた勇者のおかげ。それに報いるためにも勇者を鍛え上げなくてはならない。

 それなのに、最近の勇者は魔法使いと二人でいつも話し込んでいた。

 魔力のコントロールだかなんだか知らないが、手を繋いで談笑している。……魔法の適正がない私への当てつけだろうか。


 あと、水浴びをした後の魔法使いのことを勇者は邪な目線で見ている。気づかれていないとでも思っているのか? 胸か?やはり男性は胸が大きい方が好みなのか???

 私自身も決して小さい方ではない。尻から足にかけては鍛錬のおかげで大きくも筋肉が引き締まっている。家族からは「その身体だったら丈夫な子が産めるねぇ」と太鼓判を押されているのだ。

 それなのにこの勇者ッ!!


 余計な下心なんて抱かないように、考えられないように徹底的に稽古をつけてやらんといけないな。致し方ない。うむ。






 魔王の城へ攻め入る直前。

 最後の休憩所とも言える村での夜。

 私は寝巻き姿のまま枕を抱えて勇者の部屋へ向かっていた。

 もうすぐで長い旅が終わるのだ。

 戦士も神官も立派に成長した。魔法使いとだって今なら恋愛相談するくらいの仲になった。たまに戦闘中にこちらに魔法を誤射するのはワザとだろう。引っ叩いてやる。


 勝っても負けても冒険の旅は終わり。

 下手をすれば魔王との戦いで誰かが死ぬのだ。要らぬ心残りを無くすためにも必要なことだ。


 そう言い聞かせてドアをノックする。


「どうぞ」


 返事があったので部屋の中へ入ると、眠たそうな表情の勇者がいた。


「なんだ剣士か。明日からはロクに休憩できないんだから早く寝ようって昼間話しただろう?」


 ベッドの上で呟く勇者は二人きりだったあの頃より少し老けた。顔に皺が出来たし、大きな傷痕も沢山ある。私がつけたものもある。


「それとも怖くて寝付けないってか?まだまだ子供だなぁ。俺のベッドで寝ていいぞ。ソファーの上に移動するから」


 ただ、その中身はあの頃と変わっていない。剣術を磨き、私と中々いい戦いが出来るまでに成長したくせに精神面では戦士と同等だ。


「構わない。そのままベッドにいろ」


「いいよ。ソファーだと身体痛くなるぞ」


「私もベッドで寝る」


「………それはダメだろ。いいか?いい歳した男女が同じベッドで寝るなんて、深い関係じゃなきゃ問題になるんだ。俺はスキャンダルで後ろ指さされるような男になりたくないぞ」


「だ、だから!今からお前と私で深い関係になるのだ!見て分かれ!!」


 キョトンとした顔になる勇者。

 どれだけ鈍感なんだこの男は。


「勇者も私もいい歳の大人だ。明日以降はどっちが消えてもおかしくない。………だから、その、………今夜は一緒に寝ろ」






 魔王城にて。

 私は勇者と共に魔王と戦うことは出来なかった。

 魔王の右腕を名乗るモンスターと一騎討ちをしたからだ。辛くも勝利した私が合流すると、魔法使いに支えられながら締まりのない顔で笑う勇者がいた。

 トドメの一撃は私が何度も教えた技で刺したらしい。


 お互いに満身創痍だが、国に戻ったらやるべきことが山ほどある。


 そうだな。まずは私を名誉の行き遅れと呼んでくれた家族にお礼参りをして驚かせるところから始めようか。







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