第53話

ルイの寝室から出たシャルルはガックリと肩を落とした。


そして、誰もいない宮殿の廊下を一人トボトボと歩く。


ルイはリシュリューなんかよりも偉い女王なのに――。


オリヴィアを救える力があるのに――。


などと内心で毒づいたが、すぐに気持ちを切り替えて、自分の両方の頬をバシバシと叩く。


「いや、ルイ女王は悪くない。女王にだって事情はあるんだ」


そして、ルイを悪く思った自分のことを責めた。


「うん? わぁっ!? 貴様、侵入者か!?」


そのとき、見回りしていた衛兵に見つかってしまう。


気が回らなかったのもあったのだろうが、それにしてもシャルルは油断し過ぎであった。


シャルルは慌てて顔を布で覆い、正体を隠すと足早に階段を下り、宮殿を出る。


だが、その後ろには多くの衛兵が追いかけてきていた。


「いたぞ! 侵入者をけして逃がすな!」


雄叫びをあげて、続々と集まってくる衛兵たち。


その様子は、まるで砂糖に群がる蟻の大群のようだった。


ここで捕まったらオリヴィアを救うどころではない。


自分までいらぬ誤解を与え、ロビン·フッドの仲間にされてしまう。


そう思ったシャルルは力の限り走った。


そして、なんとか城壁までたどり着き、侵入してきたときと同じようにロープを使って逃れようとする。


「よし、ここまで来ればもう捕まらないよ」


シャルルは城壁をロープで登りながら、下に群がっている衛兵を見てホッとひと安心していると――。


「えっ!? わぁー!? ロープがっ!?」


衛兵の放った矢がシャルルのロープを切った。


あともう少しで逃げ切れたシャルルだったが、まさか真っ逆さまに落ちていく。


この城壁の高さから落ちたらまず命はない。


シャルルは自らの死を予感した。


だが、天の助けか。


突然目の前に縄が現れ、シャルルは死にもの狂いそれを掴んだ。


そして、城壁を上にたどり着くとそこには――。


「いや~危ないとこだったね」


「と、盗賊ロビン·フッドっ!?」


「だから義賊だってば」


シャルルを助けてくれたのは、なんとロビンだった。


その後、二人は宮殿の外にいるロシナンテに乗り、その場を急いで逃げ出す。


後ろからは衛兵たちの叫び声が聞こえたが、彼らは城壁の中だ。


もう馬で走り出していたシャルルたちに追いつけるはずもなかった。


それから森の出入り口までやってきたシャルルは、ロシナンテに止まるように声をかける。


「で、どうだったの? ルイ女王にオリヴィアのことを頼みにいったんでしょ?」


ロビンは、シャルルがオリヴィアたちの家を飛び出して、宮殿に侵入したことを知っていた。


この盗賊はどれだけ情報通なのだろう。


シャルルは、まるで彼女に監視されているようで気味が悪くなった。


だがロビンがいなければ、今頃オリヴィアと同じように牢屋へ入れられていたことは事実である。


シャルルは複雑な気持ちのままロビンに礼を言った。


すると、ロビンはヒョイッとロシナンテから降りてシャルルとロシナンテの目の前に立つ。


「まずお礼を言うのは良いことだけどさ。でもまあ、ダメだったようだね」


ロビンはシャルルの態度から、ルイに断られたことを悟った。


シャルルはそう言われても何も言わなかったが、それが答えになってしまっていることにまでは気が回っていない。


「ねえシャルル。もうこんな国、ダメだと思わない?」


それからロビンは話を始めた。


国の主をないがしろにして、やりたい放題のリシュリュー。


それに反抗しながらも結局何もしないアンヌ。


そんな二人を見ても、自らの殻に閉じこもっていじけているだけのルイ。


こんな王国に未来などない。


「だから、もう一度言うよ。シャルル、オレの仲間になってこの国を変えるんだ」


そしてロビンは、自分の手を馬上にいるシャルルに伸ばした。


シャルルは思う。


ロビン·フッドの言う通りだ。


こんな国のためにこれ以上頑張ってどうする?


王も貴族も住民たちも、皆自分のことばかりじゃないかと。


だがしかし、そう考えたシャルルをまだ引き止めるものがあった。


それはオリヴィアの存在だ。


彼女はロビンの誘いを断り、たとえ理不尽だろうと自分の名誉――銃士隊の誇りのために殺されようとしている。


そんなオリヴィアを放ってなんか置けない。


そう思ったシャルルは、差し出された手を握ることはできなかった。


「ごめんねロビン……。ボク……まだやることがあるんだ。だから……」


言いづらそうに断ったシャルルを見たロビンは、穏やかにニッコリと微笑む。


「わかったよ、オリヴィアだね。そうか……でも君のそういうところ……いいね。ますます気に入ったよシャルル。もちろん君もねロシナンテ」


ロビンはそう言うと、ロシナンテを優しく撫でた。


ロシナンテのほうもすっかりロビンのことを気に入ったのか、彼女の顔を嬉しそうに舐めている。


そして、ロビンは言葉を続けた。


「近いうちに、オリヴィアは必ず処刑される。近衛騎士団の連中が言っていたから間違いないよ。だから、助けるなら早いほうがいい」


ロビンはシャルルにそう言うと、いつの間にか森の闇へと消えていってしまった。


シャルルはそんな彼女の姿を目で追いながら、改めて決意する。


「ありがとうロビン·フッド。ボクは……必ずオリヴィアを助けてみせる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る