第36話
ミレディの何気ない一言で、ロシュフォールはシャルルと決闘をすることとなった。
ロシュフォール本人は模擬戦と言ったのだから、おそらく軽く捻ってやるくらいの気持ちで考えているのだろう。
だがしかし、シャルルのほうは本気だ。
その体は訓練後のため疲れ切っていたが、彼女はロシュフォールを打ち負かすつもりである。
先ほども言ったがこれは模擬戦だ。
普段このメトロポリティ―ヌ王国で行われている決闘とは違い、立会人を立てる必要などないのだが、形式にこだわるオリヴィアはその役目を引き受けると言った。
「ロシュフォール、それで構わないな。私はシャルルの立会い人をやるぞ。お前のほうの立会い人はどうする?」
「ふん。どうでもいい。こんなもの、しょせんは遊びだ」
それを聞いたロシュフォールは鼻を鳴らすと、ミレディが入って来る。
「それならば、ぜひ私がやりましょう」
ミレディは、そう言って微笑んだ。
ロシュフォールはそんな彼女を見て、ため息をつくのであった。
そして訓練場の中央で、シャルルとロシュフォールが向かい合う。
「いつでもいいぞ、田舎者」
「ロシナンテをバカにしたことを後悔させてやる」
ロシュフォールが剣を構えると、シャルルも身構えた。
先ほどからのシャルルの口や態度を見るに、考え無しに突っ込んでくるものだとばかり思っていたロシュフォールだったが、意外や意外、シャルルは冷静に相手との間合いをはかりながら近づいてくる。
これにはロシュフォールも驚かされた。
ただの南方の猪だと思っていた少女が、剣を構え合った瞬間、その顔が剣士のものへと変わったのだ。
しかし、それでもロシュフォールは心を乱すことなく、シャルルの姿を見据えていた。
「ねえ、オリヴィア。あなたはどっちが勝つと思う?」
ミレディがオリヴィアへ声をかけた。
本人もまた無視されるとわかってはいるのだろうが、それにしても懲りない女である。
「十中八九ロシュフォールだろうな」
だが以外にもオリヴィアは無視をしなかった。
顔こそ合わせてはいないが、ミレディの質問に答えた。
ミレディは嬉しかったのか、微笑みながら甘えた声で言葉を続けた。
「なら、どうして止めなかったのかしら? 勝ち目のない決闘なら闘う意味はないのではなくて?」
ロシュフォールが模擬戦と言ったときに、なぜ彼女――シャルルを止めなかったのか?
ミレディはしつこくオリヴィアに訊いた。
オリヴィアは、まるで汚らわしい者でも見るかのようにミレディを一瞥すると、冷たい声で言う。
「意味はある。これは模擬戦だ。たとえ負けても命を落とすことはないだろう。ならばやるべきだ。シャルルのためにもな」
オリヴィアの話を聞いても、ミレディはその真意が理解できなかった。
なぜ負けることがシャルルのためになるのか?
同じ女だというのに、この金と形式にうるさいオリヴィアは昔から理解できない。
いや、よく考えればそれは、ロシュフォールもシャルルも同じだ。
この場にいる四人の女の中で、自分以外にはわかっていることがある。
ミレディはそう思うと、内心で面白くないと苛立つのであった。
「剣を使う女ってどうしてこうなのかしら? 男の剣士のほうがまだ理解できるわ」
ミレディがオリヴィアへ愚痴っぽく言ったが、彼女はもう返事をしてはくれなかった。
「いくぞ、ロシュフォール。ボクを湖に落としたのは許せても、ロシナンテのことをバカにしたのは、ぜぇったいに許さないんだからな!」
「言葉で私は倒せないぞ。わかったらさっさと打ってこい、南方の猪」
シャルルが木剣を使い、ロシュフォール目掛けて突いた。
続けて二段突き、合計三回の閃光のような突き。
以前にオリヴィアへ放った見事な連続攻撃である。
だが、それを受けたロシュフォールは、三回目の突きが来る前にシャルルごとその突きを振り払う。
振り払われたシャルルは、思わず態勢を崩し、仕切り直しとばかりに後退した。
まるで既視体験――デジャヴだ。
もし前のオリヴィアとシャルルの模擬戦を見た者がこの場にいれば、あのときの再現を見せられていると思ったことだろう。
「思った通り芸がない。やはり猪だな」
ロシュフォールが呆れた声を出すと、シャルルは静かに口角を上げた。
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