第35話

そのときのシャルルの格好は、すで訓練した後であろうことがわかるものだった。


汗で髪が乱れ、着ている服も砂で汚れている。


「今度こそ逃がさないぞ! さあ、ボクと決闘しろ!」


目の前に立つロシュフォールに持っていた木剣を突き出すシャルル。


その足元はふらついていて、体も揺れて今にもロシュフォールに倒れかかりそうだった。


それでいて、目の前の相手を斬れることはできない木剣を片手に、ただロシュフォールを突き刺さんとばかりに睨み続けている。


ロシュフォールの傍にいたミレディは、シャルルのことを見たのは初めてだ。


そのときの彼女のシャルルに対する印象は、まるで人間ではないものを見ている――。


というものだった。


こんな疲れ切った顔で――。


さらには木剣で――。


この南方生まれだという田舎者の少女は、メトロポリティ―ヌ王国で最強と言われているロシュフォールに挑もうというのだ。


それは、ミレディの感性からすればどう見ても愚行であった。


しかしそれでも――。


この愚かな少女の目は、ボロボロな見た目とは反対に輝き、激しい情熱に支えられていた。


その輝きと熱が彼女の体を奮い立たせ、勝てもしない相手に剣を向けさせているのだ。


これは何なんだろう?


この田舎者の少女の目は、どうしてここまで輝いているのだろう?


ミレディはその輝きの名を知らなかった。


彼女のとってシャルルの目の輝きは、生まれてから一度も見たことも感じたこともないものだった。


「あら、ずいぶんと可愛らしい剣士さんですわね」


ミレディはとっさにそう言った。


ロシュフォールしか眼中にない少女の注意を、自分に向けさせるためだ。


だが、今のシャルルの耳にミレディの言葉は入ってはいなかった。


そこでミレディは、シャルルの傍にいたオリヴィアへ声をかける。


「ねえオリヴィア。私にはこの状況がよくわからないのだけど。止めたほうがよいのでなくて?」


そう言われたオリヴィアは、ミレディのことを無視してシャルルの肩に手をかけた。


ミレディはシャルル、オリヴィアと二人続けて無視をされてさすがにいい気はしなかったが、思い通りにことが運んだので良しとする。


「おいシャルル。やめておけ。決闘は禁止されていることはもう知っているだろう」


「だけど、ホントは皆やっているんでしょ? 街で聞いたよ」


シャルルがオリヴィアに言ったことは真実だ。


この時代では、貴族同士の決闘が盛んに行われていた。


最初は名誉回復のためのものだったが、のちに腕試し目的で決闘を申し込む者が多発。


そのせいか、このメトロポリティ―ヌ王国では、20年間でおよそ8000人もの死者が出ていた。


それもあり国から禁止令が出されたのだが、先ほどシャルルが言ったように、ほとんど守られてはいない。


「だったらボクもやったっていいじゃん」


「それは間違いだぞ、シャルル。他の者がやっているから自分もやっていいというのは、他人に責任を押し付けて自分は悪くないと言っているのと同じだ」


オリヴィアは、シャルルを諭すように言った。


(相変わらず良い子ちゃんね。この娘は)


ミレディはそんなオリヴィアの姿を見て、昔から変わっていないと、大きくため息をつくのであった。


「なかなかどうして良いことを言うじゃないか、守銭奴のくせに。さあ、早くその猪を連れて帰るがいい。騎士でも銃士でもないお前たちがここへ来る必要などないんだから」


ロシュフォールはそんな二人を挑発しているのだろうか。


わざと怒らせるようなことを言った。


何も言い返せないシャルルだったが、それでも決闘を諦めている様子はなさそうだ。


「ロシュフォール。あなた、相手をして差し上げたら?」


ミレディがそう言うと、シャルルは視線を彼女のほうへと向けた。


輝いていて情熱に満ちた眼差しだった。


その熱がミレディの胸を振りかかり、彼女の心を揺さぶる。


突然のことに動揺したミレディは、そのことをロシュフォール、それにオリヴィアにも悟らせまいと、振り返って訓練場の中央を見た。


「今なら誰も使っていないのでしょう?」


ミレディがその場にいた者たちに背を向けてそう言った。


それを聞いたロシュフォールは、腰に下げていた剣――レイピアをミレディに強引に渡すと――。


「そうだな。なら一つ模擬戦といこうか」


笑みを浮かべながらそう返事をした。

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