第28話
シャルルがイザベラ、ルネと共に家へと帰った後――。
オリヴィアは宮殿へと戻り、その庭を一人歩いていた。
その表情は険しく、そして重苦しい。
そのときのオリヴィアの顔は、宮殿の城門を通過するときに、門番の兵士が思わず仰け反ってしまうくらいだ。
もうすでに太陽は沈み、宮殿の庭は昼間とは全く違う雰囲気となっており、それがオリヴィアに不気味さを感じさせていた。
庭に置かれた無数の彫像が、今にも自分のことを襲ってきそうだ。
――と、オリヴィアは乾いた笑みを浮かべながら庭園を見渡していた。
「ウフフ、こんなところで会えるなんて、これも神様のお導きかしらね」
オリヴィアの後ろから突然声が聞こえた。
彼女は振り向かずに、その声の主に返事をする。
「やはりお前か、ミレディ……。宮殿でよく知っている香水の匂いがしたから気になって戻ってみれば、案の定だな」
「覚えていてくれて嬉しいわ。でも、お前は酷いわね。これでも私はあなたの……」
「黙れ」
オリヴィアは背中を向けたまま、鉛のように重たい一言をミレディに浴びせた。
にこやかなミレディとは対照的に、オリヴィアの表情はその発した声と同じくらい辛苦なものであった。
広い宮殿の庭に女性が二人――。
しばらく沈黙が続くと、再びミレディのほうから声をかけ始める。
「ねえ、お母様は元気かしら? 銃士隊はもう解散になったのでしょう? なら、いつでも傍にいられるじゃない」
「……母上はお亡くなりになられた。今さらよくそんなことを訊けるな」
「そんな私はただ心配して――」
「さっき黙れと言っただろ」
オリヴィアが静かに、そして強くミレディに言うと、またこの広い庭に風の音だけが聞こえるようになった。
同じように沈黙が続くと、今度はオリヴィアのほうからミレディに声をかける。
「お前……この宮殿で何をしている? もしや、何かよからぬことでも考えているのではないだろうな」
「私は今アンヌ姫の侍女としてここにいるのよ。あなたが心配するようなことは何もないわ」
「お前の香水の匂いを嗅いだだけで、心配で夜も眠れなくなりそうだ」
「だったら、今のうちからワインでもたっぷり飲むといいわよ。そうすれば嫌でも眠れるでしょ?」
「あいにく酒は昔から強くてね。ワイン程度じゃ眠れん。それよりもここでお前の息の根を止めておけば、安心してぐっすり眠れる」
そう言ったオリヴィアは素早く振り向く。
しかし、ミレディの姿はもうそこにはなかった。
辺りには庭園と彫像しか見えない。
「あの女。今度は何をする気だ……」
誰もいない宮殿で庭で、オリヴィアは静かにそう呟くのであった。
――その頃。
家へと戻っていたシャルルは、イザベラとルネにオリヴィアが宮殿に残った理由を訊いていた。
「ええっ!? 二人ともわからないの!?」
だが、イザベラもルネもそのオリヴィアが何の用事で残ったのかは知らないと答えた。
シャルルが「話がちがう!」と怒鳴り返すと、ロシナンテもそれを応援するように大きく鳴いた。
ロシナンテはいつだってシャルルの味方だ。
たとえシャルルが世界中を敵に回しても、彼女のことを庇い、そして助け続けるだろう。
「何が話がちがうだよ。アタシらは知っているなんてひとっことも言ってねえし」
「いくら付き合いが長いからって、わからないこともあるのよ。それよりも食事にしましょう」
イザベラがその勝手な勘違いに呆れ、ルネはそんな喚くシャルルを諭すように声をかけた。
それでもシャルルは納得がいかないようで、ブスっと不機嫌そうに夕食の準備を手伝う。
だが、急に笑みを浮かべ始め、声を弾ませて言う。
「でもさ。なんかルイ女王にお願いすれば、銃士隊を復活できそうだったよね。そうすれば三銃士……いや、ボクも入れて四銃士の誕生だ!」
先ほどまで泣いていた赤子が急に笑い始めたかのように――。
シャルルは上機嫌でそう言った。
「こいつは……まったく何を考えているのわかんねえな……」
「そうねぇ……でも、かわいい!」
そんな彼女を見たイザベラとルネは、子育てする親の気持ちはこんなものかもしれないと思うのであった。
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