第27話

その後、宮殿の礼拝堂ではリシュリューが、神の十字架の前でひざまずき、祈りを捧げていた。


普段のリシュリュ―から想像できない姿ではあるが、彼はこの国の宰相にして、敬虔けいけんな聖職者でもある。


しかし、今彼が考えていることは、けして聖職者として褒められることではなかった。


(アンヌ姫め。日に日に言うことが大きくなってきておるわ。全くもって忌々しい)


そこへ、近衛騎士団の団長――ロシュフォールが現れる。


リシュリュ―は、ロシュフォールが近づくと、顔も上げずに訊いた。


「どうかしたか?」


「実は、リシュリュ―猊下げいかにお目にかかりたいという者がおりまして」


そう言ったロシュフォールの後ろには、息をのむほど美しい女性が立っていた。


美しいのは顔だけではない。


腰まである長いブラウンヘアーに、まるですべてを飲み込んでしまうような漆黒の瞳、そして艶っぽく光る唇が、彼女の魅力をさらに引き立てていた。


「失礼します、リシュリュ―猊下」


ロシュフォールの後ろから前へと進むと、彼女が体型にピッタリと合ったガウンを着ていることがわかった。


腰の辺りまでのラインは男性はおろか、女性でさえ目が奪われるような曲線を描き、その下には何枚ものスカートを重ねてある豪華なドレスを着ている。


「初めてまして、ミレディと申します」


ミレディという女は名を名乗ると、リシュリュ―に対して礼儀正しく頭を下げた。


リシュリュ―は何も言わずに立ち上がると、ロシュフォールのほうを見る。


「このミレディ殿はリシュリュ―猊下の役に立ちたいとのことでございます。彼女は、話をするになかなかの知恵者。傍にいて損はないかと思いますが」


「ふむ……そうか、ロシュフォール。お前が言うのだから信用しよう。では、ミレディ」


声をかけられたミレディは、リシュリュ―にひざまずくと艶っぽく返事をする。


「なんでしょう、リシュリュ―猊下」


「これよりお前はアンヌ姫の侍女として仕えよ。信頼を掴み、私に姫の動向を逐一報告するのだ」


「かしこまりました」


リシュリュ―たちが礼拝堂で話をしていたとき――。


シャルルはロシナンテの手綱を引いて、オリヴィア、イザベラ、ルネと共に自宅へと帰ろうとしていた。


「うん? どうしたのオリヴィア?」


シャルルはロシナンテに跨ってから訊ねた。


それは自分もイザベラもルネも、それぞれ自分たちの馬に乗っているというのに、オリヴィアだけがまだ一人、馬に乗っていなかったからだ。


オリヴィアは怪訝な顔をして、何故か宮殿のほうを見ている。


「いや、ちょっと宮殿に用事があったのを忘れていた。お前たちは先に帰っていてくれ」


「用事ってなに? って、うわっ!?」


シャルルが小首を傾げて訊ねると、突然ロシナンテが走り出した。


どうやらイザベラがロシナンテのお尻を軽く叩いたようだった。


イザベラは笑みを浮かべながら馬を動かし、走り出したロシナンテに並ぶとシャルルの肩をバシッと叩いた。


「いたっ!? なにをすんだよイザベラ!?」


「いいからアタシらは先に帰るぞ。オリヴィアは用事があるんだから」


「そうそう。いちいち訊ねるなんて野暮ってやつですよ」


痛がるシャルルと並んだイザベラの言葉に、後ろからついて来ていたルネが賛同した。


シャルルは、二人にはオリヴィアの用事の内容をわかっていると思ったので、家についてからゆっくり聞こうと考えた。


「わかったよ。それじゃ誰が一番早く家に着くか競争だ!」


そして、シャルルはロシナンテを鼓舞し、もの凄い速度でイザベラとルネを置いて行ってしまった。


「ったく、子供か」


「でも、かわいい!」


そんなシャルルを見たイザベラは呆れ、ルネのほうは喜ぶのだった。

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