マスケティア·サーガ

コラム

第1話

酒場で一人の少女が食事を取っていた。


年の頃は十六歳――無理に高めに見ても十八歳くらいだろうか。


周りにいるきゃくはすべて男――それも休日の昼間から酒を飲むような中年男性ばかりだった。


とても小さい店というのもあって、全部の席が埋まってしまっている。


そんな店に女性が入ることなど、まずないのだろう。


周りにいた客たちは少女のことを、まるでめずらしい動物でも見るように視線を送っていた。


「おじさん、おかわり!」


少女はそんなことは気にせずに、店主へ先ほど平らげた料理と同じものを注文した。


なんてことはないポテトとスライスされたソーセージを使ったものだったが、少女はこの料理の味が気に入ったようだった。


周りにいた客の一人が、そんな彼女のことが気になったのか声をかけた。


お嬢さんはどこから来たんだい?


それにその腰に下げているものは?


訊ねられた少女は、ニカッと笑みを浮かべると、イスから立ち上がってまだ膨らみ始めたばかりの胸を張った。


「ボクの名はシャルル·ダルタニャン!」


そして、腰に下げてた剣――レイピアを高々と掲げる。


「南の村から出てきた、メトロポリテーヌ王国で最強の銃士になる者だよ!」


シャルルと名乗った少女が自信満々にそう言うと、店にいたすべての客が大笑いした。


笑うなとシャルルが怒ると、周りにいた客たちは腹を抱えながらも一杯奢らせてくれと、彼女に水で薄めた葡萄酒ぶどうしゅを渡した。


それから彼女は、膨れっ面になりながら出てきたポテトとソーセージを口の中へと一気に入れ、先ほど渡された葡萄酒でそれらを腹の中に流し込んだ。


そして、代金である銅貨を四枚を置いて酒場を後にする。


「なんだよ、ボクじゃなれないっていうのかよ」


ブツブツと言いながら店を出たシャルルは、そのまま繋ぎ場へと向かった。


住んでいた南の村から、ここまで乗ってきた愛馬のところへ行くためだ。


繋ぎ場に到着したシャルルは、水や牧草ぼくそうを食している馬たちを通り過ぎ、急いで愛馬の元へ――。


「聞いてよロシナンテ。酒場にいた連中がさ。ボクが銃士になるって言ったらみんなで笑ったんだよ。失礼しちゃうよね」


彼女の愛馬の名はロシナンテ。


ファラベラという品種で大きさも70cmほどしかない小さな牡の馬である。


本来ならファラベラは乗馬に適さないが、生まれたときから野山をシャルルと共に駆け回っていたのもあって、足腰が普通のファラベラよりも鍛えられているため乗馬可能。


ロシナンテは彼女にとっては、幼い頃から一緒に育った家族のような存在だ。


愚痴を聞いたロシナンテはシャルルの悔しい気持ちを理解したようで、彼女の顔に頬ずりをして慰める。


「ありがとうロシナンテ。お前はホントに優しい子だ」


シャルルもそんなロシナンテの心がわかったのだろう。


両手でロシナンテを抱きしめ、その真っ白な毛並みの体を撫でるのだった。


気を取り直したシャルルはロシナンテに跨り、目的地であるメトロポリテーヌ王国への道を行く。


しばらく進むと、前から赤い制服を着た者たちが、馬に乗って集団で進んできていた。


よく見ると、全員が剣を腰に下げている。


シャルルは、もしかして銃士隊かな? と内心で心躍らせていると――。


「なんだ、犬じゃないのか? それしても酷い馬だな」


その先頭を走っていた女性とすれ違ったときに鼻で笑われた。


その言葉を聞いた後に続く者たちも、皆クスクスと笑い始めていた。


「なにがおかしいんだ!?」


シャルルは突然がなり立てた。


そして、赤い制服の集団の先頭を走る女性の前へと立ち、彼女の顔を睨みつける。


その女性は端整な顔をしていたが、頬や額、こめかみなどにいくつもの傷があった。


いくつもの修羅場を潜り抜けてきた――そういう風格を持っている女性だ。


「私が何に笑おうが、貴様には関係ないだろう」


顔に傷がある女性は落ち着いた様子でそう言うと、シャルルに退くように言葉を続けた。


だが、シャルルは退かなかった。


彼女は、家族同然であるロシナンテのことを笑われて怒っていたのだ。


たしかに、体が小さいロシナンテをめずらしがるのはわかる。


だがしかし、それを鼻で笑ってなおかつ謝罪すらしないとは何事か。


そう考えると、シャルルは怒りが抑えられなかった。


「ロシナンテは優しくて繊細なんだぞ! 彼にあやまれ! もしあやまらないんなら」


シャルルはそう言いながら腰に下げた剣に手をかけた。


顔に傷がある女性は、話が長くなるとでも思ったのか、どこからかクレイ·パイプを取り出し、火を付けると紫煙を吐き出し始める。


子供が何を喚いている――。


そんな言葉がその余裕の態度から出ていた。


剣に手をかけたシャルルだったが、まだ抜いてはいない。


相手がやる気になるのを待っているのだろう。


だが、いかにシャルルが挑発しようが、顔に傷がある女性は暖簾のれん腕押うでおしだった。


「ボクの名はシャルル·ダルタニャン。南の村の生まれだ。お前も名を名乗れ。そしてボクの剣を受けろ」


そう――。


シャルルが言った瞬間だった。


顔に傷がある女性は吸っていたクレイ·パイプを振り、まだ燃える葉――灰をロシナンテの体に投げつけた。


ロシナンテは叫ぶように鳴くと、堪らず走り出してしまう。


そして、シャルルを乗せたまま近くにあった湖へと飛び込む。


びしょ濡れになったシャルルとロシナンテを見た赤い制服の集団はさらに笑った。


「無駄な時間を過ごした。さっさと行くぞ」


顔に傷がある女性がそう言うと、赤い制服の集団は何事もなかったかのように進み始めた。


表情を歪めたシャルルは、湖から勢いよく飛び出してすぐに集団を追いかける。


「待て! 決闘だ、決闘を申し込む! 勝負しろ!」


「田舎者が。私事の決闘が禁止されていることを知らんのか」


だが、馬に乗っている集団に追いつけるはずもなく、シャルルの叫び声が届くことはなかった。

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