第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その134


 ……獣のような激しさで、『諸刃の戦輪』と共にレイチェルは暴れて回った。『悪意の枝』の多くが彼女と斬り結ぶ形となる。斬られてはいるが、反撃しようと殺到する。レイチェルは、上手く護衛を使っていたな。


 ギュスターブを盾にするようにして、四方から文様を描くようにして這いよってくる敵を剣舞で打ち払っていく。両手に鋼を持って暴れる者同士、二人の呼吸は合っている……というか、ギュスターブの動きを読みつつ敵を上手にレイチェルが誘導しているようだ。


 バク転の連続なんていう、『遅い動き』を使っても無理やりに目立ってくれている。


 戦場の技巧ではなく、演舞の技巧そのものであり、とんでもなく目立つ。とても美しい舞いであったが、アルノアの心を逆なでするようだ。


 そのおかげで、リエルやゼファーも手持無沙汰気味になっていたよ。だが、オレの正妻エルフさんはこのままではいかん、と思っただろう。口を尖らせながら矢を乱射していた。


「こ、こちらにもいるぞ!!」


『そ、そーだよー!!ぼくたちも、いるぞー!!がおおおお!!』


 二人ともがんばってくれているな。


 なんというか、『人魚』の踊り子さんの『囮』としての有能さが凄まじいだけだ。負けちゃいないぜ……。


 上空と地上で同時に派手に目立ってくれているからこそ、オレたちは救護所に突入できている。有効な策を重ねることで得た、『パンジャール猟兵団』全員の勝利ってものだよ。


 ……最高の出来だ。ここまで接近するのに、ある程度のゴリ押しを想定していたわけだがな。体力を温存して、敵の中心がいる場所に潜り込めた。


 ……そう。この『悲惨な場所』に『悪意の枝』を生んでいる原因はあるぜ。ああ、辺り一面に、引き裂かれた帝国兵どもの死体が転がっている。ねじり潰された死体もある。どれもが悲惨な死体ということでは共通だったし、連中の死に顔に安らかなものは一つとしてない。


 帝国兵どもに同情を抱くことは少ないつもりだが、今はヨメたちのやさしさが伝染しているのか、あの引きつった顔どもに憐れみを奉げている。ヤツに恨みがあるのなら、オレの振り回す鋼の影にでも宿るがいい。


 言葉はやらない。


 あくまでも心の中で許可を出したまでだ。


 ……身を低くしながら、足音を消して移動をつづける。死体らの群れのあいだを進む……アルノアの首が転がっていた場所に近づいた。そこには、今では何もない。どこに消えたのかは、すぐに分かる。


「どいつもこいつも、私を愚弄するかああああああああああッッッ!!!亜人種どもめええええええええッッッ!!!」


 『囮』に心を奪われたアルノアが叫んでいた。いや、『悪意の枝』も震えながらアルノアの声を放っているのだが……。


 とにかく、ヤツは元気そうだった。首と胴体がくっついていしな。切断された体が、おいそれと元通りになることはないのが『普通』なんだが、ヤツにはもはや常識は適用されないようだ。


 ……キュレネイがルビー色の双眸をこちらに向ける。伝えているな、『攻撃するでありますか?』……悪い提案ではないが、分析を優先する。『悪意の枝』は脅威ではある。今のところ、こちらの策に翻弄されているが……得体の知れない力は早めに崩しておきたい。


 オレの瞳から心を探ってくれた猟兵は、しずかにうなずく。そして、『戦鎌』を構えたままオレの背後へと戻る。


 『呪いの中心』は、化粧したアルノアが飛び出してきたテントの中だ。まずは、そいつに接触するとしよう。狂気といら立ちに暴れるアルノアの姿を横目で確認しつつ、オレたち三人はそのテントの内部へと侵入する……。


 警戒する必要はあり、十分に警戒はしていた。この異常事態の根源に触れるのだからな。だからこそ、竜太刀に頼ることは選ばない。右手には防御に適した逆手のナイフさ。あとは体さばきと『竜鱗の鎧』の鋼に防御は任せる。


 歩幅を狭くして素早いステップを刻みながら、テントの入り口の布を肩で突き押しながらテントの中に潜ったよ。そこには……死臭が満ちていた。むせ返るような血のにおい。それに……狂気の痕跡もある。


「元々は医療用のテントだったようでありますな」


 キュレネイはそう指摘する。同意だ。救護所のなかにある最も大きなテントなのだからな。それに、包帯を巻かれた負傷兵が横たわっている。アルノアにより、殺されたのだろうが……。


 どうにも、この『異常な光景』に興味は引かれたよ。


 死体の数は15……負傷兵だけでなく、その治療や看護を行っていたであろう白衣の少女の死体もあった……彼女には、大きな同情を禁じ得ないな。まだ十代であったのではないかと思しき無垢な童顔は、畏怖の歪みを残したまま冷たくなっていた。


 彼女の若い体には、植物の根っこが絡んでいる。それは鋼のように硬いようで、衣服を断ち肉をえぐり、骨を支柱にするような強さで全身に巻き付いていた。


「……これって……植物ですよね」


 我が妹分ククル・ストレガは冷静だ。能力的にはエリートだからな。そして、錬金術や呪術には詳しい。カミラの『闇』が露骨に通じたからな、これは『ゼルアガ/侵略神』の仕業ではなく、あくまでもオレたちの世界に拠する事象だ。


 『メルカ』の知識を有するククルならば、分析が及ぶはず。並みの乙女ならば、絶叫したくなるだろう環境を観察していく。


 そうだ、これは観察すべき状況だ。ククルだけじゃない、オレもだ。『呪い追い』を完全しておきたい。


 少女の死体だけが怪植物の根っこに破壊されているわけではない。ここにある全ての死体が、あの怪植物の犠牲者だ。


 ……植物同士は、細い枝ともつるとも呼べるような物体でつながっている。蜘蛛の巣のようにも、見えたな……そして、その死体の連結の中枢には、口紅とアイシャドーを施された牛の頭蓋骨が安置されている。


 牛の上あごの裏側から、垂れ流れるように怪植物があふれているな。いかにも、この牛の頭骨を破壊すべき印象を受けるが。この『無防備さ』が、やけに気になる。『囮』は最高に機能しているだろうが―――それにしても、こうまで防御が甘いと怪しいんでな。


 猟兵は素直じゃないんだぜ、『イージュ・マカエル』?……いや、似ているが、違う神への捧げものなのだろうか、この骨は……少なくとも、『イージュ・マカエル』という名で呼んでも、『呪い追い』の完成度は上がらん。


 呪いの赤い糸は、化粧された牛の頭骨には絡んでいるが……変化がないことも、気に入らん。幸い、『囮』チームは有効に機能しているし、まったく追い詰められてもいない。少しばかり推理と探求をする時間はある。


「……ククル。何か分かったか?」


「……はい。この植物は、『絞め殺しの木』たちの一種……イチジクですね。この土地よりも、はるかに南から来たようです」


「古王朝のカルトに由来するのだろうからな」


「イエス。ということは、南の内海の沿岸部の植物を、呪術の触媒にした」


「はい。そうだと思います。呪術の体系は、その土地の環境にも依存します。植物や動物の骨という、加工の少ないものを触媒に選ぶ……ある種の自然志向ですね。海伝いに多くの特徴的な動植物を輸入できた古王朝からすれば、こういった素材には思い入れが強かったのかも……」


「加工が少ないってのは、どういう意味だ?」


「錬金術による変異は、少ないと思います。錬金術で歪めたわけではなく、呪術で変異した素材ということです。つまり、これは何世代にも渡って受け継がれてきた触媒ではなく、自然から採取した素材に呪術をかけて、無理やり変異を強制したものです」


「……アルノアは帝国の皇太子に媚び売ろうと必死だったようだが……怪しげなカルトに関わった年月は、短いわけか」


「怖いことですね。それなのに深さがある」


「イエス。短期間、その集団と関わっただけでも、これだけ特異な呪術を完成させられる。古王朝のカルトとやらの呪術は、錬金術などで特別な加工や品種改良をしていない、そこらで採取した素材でさえも、化け物を作れるようであります」


「……ああ。腹立たしいまでに、有効な呪術を、皇太子レヴェータとその盟友どもは作り上げちまったわけだ」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る