第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その124


 騎兵どもは砂嵐のなかで固まって逃げていた。こちらを意識しているのだろうな。護衛どもは弓を用意し、空を警戒している。


「……見られているだろうか?」


「視界に頼らなくとも、こちらの魔力を気取るぐらいのことはやる騎士も混じっているさ」


 地下の宝物庫で知っている。僧兵メケイロと技巧を競った騎士……ヤツに近い練度を持つ者ならば、この砂漠のなかでも竜を見つけるはずだ。


 魔力だけでなくとも、この砂嵐は完全ではない。地上よりも上空の方が密度は薄い。それに、太陽の光がゼファーに影を呼んでしまう。注視しながらの行動なら、気づくだろうよ。


「竜だああああああああああッッッ!!!」


「矢で射落とせええええええッッッ!!!」


 弓を絞り、矢が放たれる!!かなりの勢いだ。この砂嵐の砂粒混じりの風を射抜くほどには強さがある。


 だが、うちのゼファーを一つの方向で射落とすことは難しいぞ。


 正確な射撃であるほど、なおさらのことでもある。


 漆黒の翼が空を叩くリズムを変えた。ムチのようにしならせた技巧を用いた。左右は均等などからは遠く、左を強く叩き右の翼はわずかに折りたたむ。右へ向けて急激にスライドする飛行を行った。もちろん、竜騎士の重心移動は、それを助けるように動く。


 練度と統制の取れた矢の一斉射が殴りつけてくる砂嵐の赤に呑まれていった。砂に隠れる技巧を使うために、オレは体を右に大きく傾けて、ゼファーを技巧に導いた。リエルも何かを察して、オレの背中に抱き着いて体重を預けてくれる。


 以心伝心さ。


 『ドージェ』と『マージェ』だけでなく、ゼファーもこの動きの意味に気がついてくれる。長い首を右へと傾けた。竜の強い翼を開きながらな。風に乗るのさ。砂嵐は暴風ではあり、重さと絡みつく砂を帯びた飛びにくい風ではあるが―――竜と竜騎士に制することが出来ない風など、この世に存在しない。


 翼に砂嵐の強風を受け止めさせて、ゼファーは素早く右へと飛んでいく。アルノアの騎兵どもの右側へと移動する。そうしながら、今度は羽ばたきを使って、無理やりの急上昇を実行したよ。


 オレとリエルが同時に身を屈め、ゼファーに上昇へと導く。重心移動と、抵抗を減弱させるための行いだ。ゼファーはオレたちの動きから意味をくみ取ってくれ、最適なリアクションを翼の動きを選ぶ。


 上空へと急上昇していく。竜に相応しい、強さを示す、気高き羽ばたきの音を残響させながら―――まだ登りきらない太陽だ。西の高い空へと踊り出せば?……地上を走るアルノア騎兵どもからすれば、空に影を見つけることが難しくなる。


 そして、馬上で左からみ右への注意すべき角度の変化と、高度の変化を素早く実行すれば、せいぜい鳥を射る技巧しか持たない騎士どもでは、竜の動きを追い切れるはずもない。もちろん、さっきまでそれほど隠していなかった魔力についても、弱くしているぜ?


「ど、どこに行った!?」


「消えやがった!!」


「魔力も……消しているッ!?」


「翻弄するつもりだ、落ち着け!!」


 ……ゼファーの感覚を経由しないでも、騎士どもの声が聞こえる。それほどに怒鳴り上げているんだよ。砂嵐の経験値を少なからずは持っているな。


「……アルノアの側近どもか。自分の領土から連れてきた、手練れの騎士ども、だな?」


「そうだ。アルノアの懐刀であり、アルノアの護衛であり、アルノアが生き伸びることだけに集中するヤツらだ」


 状況証拠は、じつはもう一つある。練度の高さ。50騎ほどの、アルノアのためだけの騎士が集まっているな。


 その周辺の騎士どもは、あくまでも傭兵やら軍人……命がけ以上でアルノアを守ろうとはしないだろう。鑑別が出来てきたが……。


「あそこにアルノアがいる……と考えるのは、早計というものか?」


「……素直でいい発想じゃあるんだがな」


 強くて有能、そして士気と忠誠心が明らかに高い騎兵どもの多くが、隊列の中央に集まっているんだ。ヤツらの出自こそ明白なんだよ。アルノアの騎士どもに間違いなど微塵もないのだが……。


「ゼファーを知られていなければ、ヤツは確実にあそこにいるハズだが」


「うむ。ヤツらはゼファーを十分に警戒している。このタイミングで、自分たちを追い詰める相手が竜の翼だけと知っているわけだな」


『……ぼくが、ばれているから……たいさくされているんだね?』


「おそらくな」


『あうあう。なんだか、ごめんなさい……っ』


「いいのよ、ゼファー。敵から畏怖と警戒を向けられることは、敬意を向けられていることに等しいのよ。よく戦ってくれているわ」


「リエルの言う通りだ。お前には何の落ち度もない」


『……えへへ!うん!』


「それで、どうするのだ?」


「……密集してくれているな。強さも隠さずに、まるで王でも守るかのように……」


「囮のような気がしてならぬな……」


「ああ、囮だろうよ。だが、正直なところ、どこにアルノアがいるのかを見つけることまでは出来ん。西へと逃れているヤツはいないから、あの集団のどこかにはいる」


 最終的には、負傷兵に紛れて逃げるつもりなのかもしれないが……なんであれ、密集していてくれるのであれば、叩くのみ。


「反応を見るぞ。ヤツらの囮を粉砕して、ダメージを与えてやる。拷問してもアルノアの居所を吐くようなヤツらではない……排除しておくときに、排除しておいた方が後の仕事も楽になる」


「うむ。わかったぞ。敵は矢も持っている……長期戦覚悟であれば、分断して矢を奪うのも良いはずだ」


「当然さ。長期戦ってものは、物資の取り合いで勝敗が決まる。ゼファー、行くぞッ!!」


『らじゃーッ!!』


 空で踊り、騎兵どもの群れを飛び越えて、前方へと移動する。そのまま旋回して、ヤツらを正面から襲うんだよ。降下しながら、この位置では東から突き抜けてくる荒風に乗り、三次元的な軌道に、加速性を与えて四次元的な機動を組み上げる。


 ……騎士どもよりも先に、軍馬が気づき、いなないた。ヒトよりも軍馬の視野の方がはるかに広い。馬が怯えて、減速し、騎士どもがこちらの襲撃に気が付いたころ。加速したオレたちはヤツらの眼前を交差するように飛び抜けながら、攻撃を仕掛けるのさ!!


「ゼファーッ!!歌ええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


『GAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』




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