第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その123
砂嵐の加護を受けた狂暴な戦士たちは、残存する体力の全てを使い尽くそうと暴れまわった。アルノアの兵士どもは、砂嵐の中で隊列を崩されながら、各個撃破されていく。連携するための作戦も、すぐさま行えなくなるのさ。
それでも、生き残りたいがために抵抗を試みるものだ。鋼を振り回し、剣と槍をぶつけ合わせる。全体的には圧倒的な勝利であったとしても、こちらも死傷者が出ないわけではない。死力を要求させてもいるからな。
「死んでたまるかああああああッッ!!」
「こんなところでええええええッッ!!」
「亜人種どもに、負けるかああッッ!!」
帝国人なりの『正義』―――ユアンダートの掲げた人間族第一主義。その実践者であることを、少なくない数の『メイガーロフ』生まれの人間族の若者たちも選んでいた。誰しもが得をしたいと思うものだからな。
その選択は、不思議ではない。どの種族も自分の所属する種族に覇権を取って欲しいと願うことは、当然のことではある。
もちろん。オレとしては、その選択を若者らがしたことについては、とても残念に思うわけだが……異なる『正義』もあるということさ。そして、それぞれの『正義』があまりにも違っているときは、鋼を交えて決めることになる。
オレたちの『正義』は勝とうとしている。亜人種びいき?……そうじゃない。全ての種族が生きていていい世界。そういう価値観に、お前たちは負ける。お前たちが否定したその世界には、お前たちの生きる場所もあったのだがな。
「くそがあああああッ!!」
「あ、亜人種めええッ!!」
「メイウェイ、アインウルフ……それに、竜騎士いいいいいッッッ!!!人間族のくせに、どうして、オレたちを裏切るんだああああああッッッ!!!」
……お前たちが失望に足る選択をしたからだ。その言葉を伝えてやりたくなるが、死にゆく若者には重すぎる答えだろうよ。オレは、砂嵐を穿つ強弓を放ち、名前も分からぬ敵を射殺していた。
自分の指を絡めた鋼で殺してやりたいと思ったが、なかなかに忙しくてな。
「……気にしているわけではあるまい」
正妻エルフさんは、オレのことを気にしているのかね。矢で地上の敵を射殺しながら、バンダナ越しの声を背中に浴びせてきた。
「当然だ」
気にするほどのことではない。敵の言葉に揺らぐほどの『正義』ならば、とっとと捨ててしまえばいい。鋼よりも硬く、残酷なまでに頑強なものさ、オレの『正義』は9年前からずっとな。
「……うむ。愚問であった。仕事に励め!」
「ああ、猟兵の長らしくな……いつだって、このオレが一番、敵を殺す戦士になりたいしな!!」
『えへへ!『どーじぇ』と『まーじぇ』と、ぼくが、まちがいなく、いちばんてきどもを、ぶっころしているよーっ!!』
「たしかに。計算するときは、三等分すべきか?」
「戦のあとに、議論が必要となる案件だな」
軽口を交わしながらだって、猟兵夫婦は敵を射殺し続けたさ……仲間のサポートをしてやるためにな。突撃を助けるために、体格のいい強そうな敵兵どもから射殺していく。この状況下では体格と体重の差が、ものを言うからな。
体格の良い敵が少しでも減ることは、突撃のペースを上げていく。巨人族の騎兵との体格的な不利を強いらせるのさ……もちろん、軽い体格の連中は、回避には向くんだが。突撃を受け止めたい兵士の選択として、そいつはサイアクな行動だ。
……オレたちは猟兵だから、残酷さを否定はしない。これが戦であり、戦術というものだ。
『新生イルカルラ血盟団』の騎兵たちの突撃で、もはやアルノア軍の弓兵……いや、歩兵の群れは崩壊している。騎兵に続き、弓兵隊まで失ったわけだ。根性のある猛将ならば、ここで全力の反撃を仕掛けて来ることもあるが、アルノアはそういう種類の性格ではない。
「……騎兵の一部が、後退するぞっ!!」
「予想の通りだ。アルノアが、逃げようとしている……だが、行先は……?」
「……あれ?……西ではない、ようだが……っ?」
目を細めながら砂嵐の先を必死に見つめているであろうオレのエルフさんは、予想と異なる現実に戸惑いを持っていたようだ。
正直なところ、オレも同じだよ。ヤツら、どうしてなのか南に向かうぞ?……『ラーシャール』にまで逃げ込むという予想とは、ずいぶんと違う。ここから南にあるのは、負傷者たちが囲われているテントしかない。
「負傷者と合流する……避難誘導でもするのか?……いや、そんなことをするような殊勝な男なのか、アルノアとやらは?」
「どうだかな。印象では、そんな性格をしちゃいないぜ。もっと自分勝手なところがある男と予想しているんだがな」
自分に尽くしてくれる一級品の騎士たちを、皇太子殿下への土産のために名誉無き盗人行為をさせるために死地へと送り込むような、下らん男のはずだった。
とはいえ、誰か大切な者が負傷して、あの救護所に逃げ込んでいるというのであれば、ハナシは別になる。たとえば、息子の一人でも戦場に連れ出しているとかな?……この戦で、アルノアは『メイガーロフ』の太守になるつもりだった。
名誉を息子に与えるつもりで、戦場に連れて来ていたとしてもおかしくはない。伯爵家の権力を守ることに執心しているのであればな―――だが、少しばかり厄介ではある。
「……ぬう。ソルジェよ、救護所に攻撃をするのか……?」
「しないさ」
「そうか……少しばかり、安心はしたぞ」
薬草医でもあるリエルはやさしいな。負傷者を嬲り殺しにすることに、抵抗があるという気高さをオレは素晴らしいことだと考える。
「だが、アルノアを逃がすことになるかもしれないよな……?」
「不安がる必要はない。砂漠に不慣れな貴族さまが、砂嵐が吹き荒ぶ『イルカルラ砂漠』を単独で旅することなどありえん。自殺行為だからな。ヤツは絶対に数十名の騎兵に囲まれて動く。その動きを、見逃さなければ、逃すことは絶対にない」
「なるほど。さすがはソルジェ。良い分析だ。従うぞ、命令をくれ」
「救護所は、戦場の聖域だ。だが、あそこにたどり着くまでは、攻めさせてもらうぜ。行くぞ、ゼファー!!」
『らじゃーッッ!!』
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