第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その119
マルケス・アインウルフは残酷を隠すことはない。それが正しい。突撃に容赦は不要だ。殺意と攻撃力を集中して注ぎ込む。そうでなければ、こちらの被害が大きくなるからな。
「行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
ギュスターブ・リコッドがドワーフの歌を放ち、呼吸を整えていた騎兵たちは一斉に獲物へと目掛けて突撃していく。乱れが少ない動きだ。戦士も軍馬も、全くの同時に駆け始める。
おそらくは軍馬の本能に頼っている行動であり、軍馬たちの連帯に合わせてもいるのだろう。乱れを知らぬ突撃は、大地を踏み抜く蹄鉄の音を合奏させた―――この怒涛の足音を浴びせられたならば、有能な戦士でさえも恐怖に呑まれるはずだ。
まして、士気崩壊寸前の矢が尽きかけた弓兵どもなどには、恐怖に抗う力は少ない。
「む、迎え撃てええええええええええええええッッッ!!!」
「怯むな、矢を放つんだああああああああああッッッ!!!」
勇敢な者はそう訴えていたが、崩れ始めた隊列は連携を失う。矢を放つ者はわずかであった。矢が足りない現実と、逃亡したい願望が交雑して作られた動きに他ならない。もちろんだが、オレたちも攻撃を仕掛けている。
突撃していく『第六師団/ゲブレイジス』に矢を射ようとする敵兵目掛けて、とにかく矢を放ち続けた!!一人でも多く殺すことが、最良のサポートだ。気迫はあるがな……正直なところ、この突撃は空元気に過ぎないところはある!!
事実、夜の闇のなかで見た最初の突撃に比べると、どうしても動きは遅い。戦闘続きのせいで体力は限界に近いのさ。オレたちの援護射撃は、必要不可欠なものだ。勝利を決定づけるためにも……このまま、敵陣を貫いてもらうぞ、マルケス、ギュスターブ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
「殺せええええええええええええええええええええッッッ!!!」
「貫くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
弓兵どもの矢を越えて、軽装騎兵たちが敵歩兵の隊列に雪崩れ込む!!槍を振り回して敵兵を薙ぎ払い、軍馬の蹴りと巨重の体当たりが敵兵どもの体を容易く踏みつぶす。
「クソがあああああああッッッ!!」
「負けるかああああああッッッ!!」
勇気のある敵兵もいる。剣を抜いて、騎兵に分の悪い勝負を挑む。だが、『第六師団/ゲブレイジス』は連携も使う。歩兵との戦いを始めると、わずかに左に反れるように動き、背後から続く仲間の騎兵のために道を開けた。
突撃するための細い道を与えようとしている。右利きの敵兵が多い以上は、敵ともつれるように左に動けば……背後の仲間をその敵は攻撃することが出来ずに、加速の勢いを止めることはない。
仲間のために道を作る。ベテランらしいいい動きだ。もちろん左に動くことで、騎兵たちは敵に攻撃力の強い右側を見せることになるわけだ。
細かな技巧を連鎖させている。今度の『第六師団/ゲブレイジス』の突撃は、冷静さを持ってもいる……それだけ、体力が尽きかけていることを示すものに違いはないのだが。敵の弱体化も明白だった。
「ま、負けるううううっ」
「と、止まらねえぞおおおっ」
「も、もう嫌だ、お、オレは……オレは降参するぞおおおおおおおッッッ!!!」
瓦解を始めたのは隊列だけではない。士気を失った敵兵どもが武器を捨てて逃げ始めた。マルケス・アインウルフは槍で敵兵を突き殺しながら、言葉も戦に利用する。
「逃げるのであれば、メイウェイに免じて貴様らを殺しはしないッッッ!!!『メイガーロフ』の若者たちよッッッ!!!犬死にすることはないぞッッッ!!!」
返り血に染まった猛将の言葉は、若く未熟な敵兵に響いた。マルケスはそう言いながらも抵抗する敵兵には極めて残酷に槍を振り下ろしていく。抗う者には死を、逃げる者には慈悲を与える……その分かりやすいスタンスは、打算的な若者を行動に走らせた。
「降参しますうッ!!武器を捨てますううッ!!こ、殺さないでええええッッ!!!」
「もう嫌だああああああああああッッッ!!!」
……今や、軍勢の3割近くが逃亡した。隙間だらけになった敵の隊列のなかを、軍馬の群れが蹂躙していく。もはや成す術を無くして、あきらめてしまっているようだ。もちろん、敵のベテランの中には、この状況を救えるはずの戦力を呪うように罵る者もいた。
「どうして、動かないッッッ!!どうして、騎兵はこないんだあッッッ!!全滅は、していないはずだぞおおおおッッッ!!!」
もっともではあるが、ここに来てマルケスの策も効いていた。『ラーシャール』で軍馬用の塩を保管していた倉庫を破壊していたからだ。『新生イルカルラ血盟団』の矢の雨の地獄を一部の騎兵どもが逃げ延びたとき、馬に負担をかけすぎていた。
このクソ暑い風が吹く状況で、突撃を二連続させたわけだからな。汗をかきすぎた。まして……突撃した騎兵どもの後方にいたのは追加戦力のベテランどもだ。
長旅と連戦、マルケスいわくの汗をかきやすい馬……塩分不足がモロに出ちまっているからこそ、騎兵どもの前方ではなく後方にいたわけさ。
逃げ延びた馬は体力切れ寸前だ。この暑さに参ってしまい、膝を折って座り込んでいる馬もいる。それでも、たしかに無理してでも動くべきだった。だが、それをしない……理由は一つだけだ。
「アルノアの居場所は、南の弓兵どもの群れの中だな」
「……だから、守っているのだな。あちらの騎兵どもは、ここの弓兵どもを見捨てて、アルノアを守ろうとしている」
「悪い判断とも断じがたいものだが……これで、こちらの勝ちは決まったぞ」
ものの5分かそこらの突撃に過ぎなかったが、アルノア軍の北側の弓兵どもは壊滅していたな。『第六師団/ゲブレイジス』の疲弊も大きいし、被害も相当なものだが……敵の一部が完全に滅びていた。
アルノアを守っているのは、疲れ果てたベテランの騎兵どもと……おそらく、あちらも矢が尽きようとしている弓兵どもだけだった。
「ハハハハハハハハハッッッ!!!これで、100人斬り達成だぜえええええッッッ!!!」
騎馬から飛び降りながら敵を血祭りにしたギュスターブが、返り血と汗にまみれた姿のまま空に向けて獣のように叫んでいやがった。戦士の誇りを歌うギュスターブの行動を、周囲の騎兵たちは褒めたたえていた。
「さすがだぞ、グラーセス王国の勇者ッッッ!!!」
「オレたちがいなかったとはいえ、アインウルフさまの軍勢に打ち勝っただけはあるなッッッ!!!」
「おうよッッッ!!まだまだ、暴れるぞッッッ!!!」
無尽蔵の体力のままに、ギュスターブは南下し始める。突撃するつもりはないようだし、マルケスが止めるだろう。弓兵どもを蹴散らしたマルケスも、愛馬から降りて南にいる敵どもを見ていた。
疲弊が激しい馬を休ませるための行動であり、馬を愛する将軍らしい行動だな。
……今や、オレたちは追い詰めつつある。生き残っている戦力の数こそ似たような数ではあるが……その勢いというものがあまりにも違っているな。
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