第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その120
戦いはオレたちの有利に傾いた。戦術的にではなく―――戦力的にもな。疲れ果てた敵のベテランどもに、今にも矢を撃ち尽くしそうな弓兵どもだ。それを、こちらはゆっくりと取り囲みつつある……。
アルノア軍の騎兵どもの大半を矢で射殺したあとで、『新生イルカルラ血盟団』の騎兵たちも前進を開始している。ゆっくりとした動きでな。体力を回復させるためでもあるし、膠着状態に陥ることで砂漠の暑さに負ける敵兵どもも増えていく。
この砂漠の暑さは土地の者にも辛いが、よそ者にはさらにキツイさ……。
「……ソルジェよ。ガンダラが、呼んでおるようだぞ」
「ああ。膠着状態に入っちまったからな……ゼファー、頼む」
『うん!がんだらのところに、おーりーるーっ!!』
ゼファーは左の翼を下げて、旋回しながら地上へと降りていく。ガンダラをはじめ、『パンジャール猟兵団』が集まっていたな。もちろん、『ガッシャーラブル』周辺での戦いをしているミアとラシードはいないが。
カミラ、ガンダラ、レイチェル、キュレネイ、ククルの五人が馬に乗り、ドゥーニア姫の周りに集まっている。ナックスもいるな。彼も生き抜いたようだ。あちこち手傷を負ってはいるようだが……まだ気合いは残っている。
『ちゃーくちっ!!』
ゼファーが猟兵たちのあいだに嬉しそうに降り立った。ドゥーニア姫は馬で近づき、ゼファーの鼻先に触れる。竜の鼻の穴はゆっくりと動いた。
「いい働きをしてくれているな。『パンジャール猟兵団』、想像をはるかに超える働きをしてくれたぞ」
「力を見せると言ったはずだ」
「たしかに見せてもらったぞ」
「……ドゥーニア姫よ、突撃はどうする気だ?」
リエルがオレの肩に手を置きながら身を乗り出して、ガマンしきれない様子で訊いた。
「……今すぐに、というわけにもいかないのが残念だ。こちらも体力を使い尽くしているし、ここに陣取っていれば『ガッシャーラブル』側の敵戦力にストレスを与えられる」
「そうか……背後の守りを、より完璧にしているわけか」
「ああ。優勢だからな。私たちがいることで、敵の一部を動けなくしているのさ。あとは、ケットシーの山賊たちが各個撃破してくれている。ムダに被害を出す気はない」
「良い心掛けだぞ」
「まあ、ね。それに……私は待ってもいる」
「む?……待つ……とは?」
「砂嵐だろうさ」
「おお!……弓兵相手の目くらましに、持って来いだな!!」
アルノア軍の弓兵どもを無効化する最良の方法ではある。まともに目を開けてもいられない状態になるわけだからな。
「……やれやれ、猟兵団長殿に美味しいところを言われてしまったよ」
「すまないな」
「許してやろう。そなたは特別な功労者だ。さて……エルフの姫殿。そういうことだから、しばし待っていてくれ」
「うむ。だが……毎日のように砂嵐が吹くのか?」
「吹く。大なり小なりの砂嵐は、やがて生まれるよ。それに便乗して突撃する。本来ならば、これほどの有利を得たなら、少しばかり交渉してやるところだが……アルノアはこちらに連絡を入れもしない。その理由は―――と、そなたは黙っているがいい」
ドゥーニア姫に口出し禁止の命令をされてしまったな。オレだって、予想はついているんだぜ。劣勢になったアルノアが、ドゥーニア姫と連絡を取らない理由……。
「おそらく、ヤツも砂嵐の訪れを狙っている。砂嵐に隠れて、逃げようとするだろうさ」
「……むう。では、あちらも同じタイミングを狙っているわけか」
「そうだ。アルノアは自軍の少なくない数を犠牲にしてでも、『ラーシャール』まで退くつもりだろう」
「『ラーシャール』に立てこもる?得るものがあると言うのか?」
「ない。だが、必死に生き延びようとするだろう……あるいは、よりヤツが賢いのであれば……戦場を広げることで、我々の戦力をコントロールしようとするかもしれん」
「こちらの密度を薄めて、各個撃破に持ち込む……そのために退くわけか」
「考えすぎかもしれないが、それぐらいは企んでもおかしくはあるまい。だが、こちらにはそなたの夫がいる……黒い竜もな」
「私の夫とゼファーを、猟犬代わりにするつもりか」
「ダメかい?」
「いいや。敵将の首を狩るためならば、問題はない!……むしろ、私も参加するぞ、その名誉ある狩りにな」
「……オレはアルノアの顔を知らないが」
「問題はないさ。怪しげな者は、全て狩り尽くすまでのことだ」
……かなり大忙しになる?……いいや、そうじゃないだろうな。オレたちは、ターゲットを絞ってもらえそうだ。
「……アインウルフ殿は、少しばかり敵を逃したようだが―――私は、遺恨の芽は摘み取っておくつもりだ。今も逃げないでいる敵は、一人たりとも生きては明日を迎えさせんぞ」
「それもまた正しい。君は、圧倒的な勝者としてこの土地に君臨すべき女王候補だ」
「女王か……相応しい女と呼べるように、残酷さを発揮するとしよう。全滅させるまで、アルノア軍を攻め立てる……私自身も最前線に飛び込むぞ。士気が跳ね上がるからな!」
「死なないようにサポートするっす!」
「ええ。そのために、猟兵を全員、ここに集めているんですよ」
ガンダラらしいな。クールな男だが、攻撃か守備かで言えば、明確に攻撃を好む男だ。ドゥーニア姫を突撃に参加させることで、体力が尽きかけている『新生イルカルラ血盟団』の士気を高めるわけだ。
リスクはあるが、機能すればドゥーニア姫の望む通りの戦果も得られる。次の攻撃で、全ては決まるな―――オレは北西の空をにらむ。風が吹き始めていたよ。そろそろ、砂嵐が生まれるさ。強い砂嵐ではないだろうが、弓兵の視界を遮るには十分なものが。
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