第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その115


「ど、どうなっているんだ!?」


「本陣は、どうしたんだ!?」


「どうすれば、いい!?オレたちは、どこに行けば、いいっていうんだよ!?」


 することが急に増えてしまったからな。新兵どもの対応の限界を超えている。『ガッシャーラブル』攻めをしている仲間を救援すべきか、急に現れたラシード部隊やケットシー山賊に対応すべきか、それとも攻め込まれている本陣を救援すべきか……。


 選択肢を『与えられた』。


 迷ってしまう瞬間だな。どうにもなりはしない。どれもが、それなりに正しく、どれもが絶対の答えとも言い難い。どうあれ、最悪手を選んでいる。戦場で最悪なのは、『選ばない』ことだ。


 何もせず迷い、戦力にならなければいないも同然。期待されて戦力として計算されてしまう分、むしろいない方がマシなことさえもある。そんな風に迷って、愚かなことに孤立してしまうと、どうなるかな―――。


『―――がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


「りゅ、竜だあああああああああああああッッッ!!?」


「お、オレたちかよおおおおおおおおおおッッッ!!?」


 高度な戦術を実行しているラシードたちの救援だ。主戦場だけでなく、こちらの上空もカバーしていると敵に教えてやるためでもある。オレたちは孤立して戦場でシンキングタイムに入った間抜けどもを、上空からの急降下で襲ったのさ。


 ゼファーの蹴爪で踏みつぶされる敵兵と―――残酷な『ドージェ』と『マージェ』の剣術の犠牲者が出ていく。我々3人による奇襲攻撃を生き残れるような強さは、この十数名の兵士どもにはなかった。


 30秒もかけずに全滅させると、山賊ラクダ騎兵が現れた。巨大なカラメル色の動物は、ゼファーと見つめ合いながら、その口からヨダレを流している。疾走したことで、疲労しているのだろうな。


 その巨獣の背から、愛想のいいケットシーの男が、ニヤニヤしながら語りかけてくる。唇に大きな傷跡を持つ、人相の良くないタイプの山賊らしい。


「赤毛のアンタ、竜騎士の旦那だな!!アンタらにも、矢のプレゼントだ!!」


 矢の束を二つ、オレに投げてよこしたよ。一束が20本はありそうだ。オレたちは40本の矢を手にしたな。ああ、この殺した敵兵どもが持っていた矢も合わされば、70本以上にはなる。


 略奪も戦争のうちだ。猟兵的な技巧だよ。死体から矢筒を剥ぎ取るオレたちの姿を見て、ケットシーの山賊はうんうんとその悪人面をうなずかせていた。


「矢は……足りてそうだな!」


「おう、ありがとう!!」


「いいってことさ。それで、オレはどうすればいいかな?」


「このまま北上してラシードという巨人族が率いる部隊と合流してくれ!!彼は、最高の指揮官の一人だ。従えば、最も効率的な活躍を君たちにさせてくれるはずだ!!」


「了解だ!!そいつと合流して、大暴れしてやるぜええ!!」


「ぶごおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 牛とブタの合わさったような声で、ラクダは遠吠えを行ったな。リエルが微妙な表情になってしまう。


「ラクダ……見た目はなかなか可愛いのだが、いまいち、声は癒されぬな……」


「そうかもしれん。だが、癒されている場合でもないぞ」


「うむ。せっかく矢が手に入ったのだ。ゼファーから撃ちまくってやるのだ!!」


『じゃあ、のって!『どーじぇ』、『まーじぇ』!!』


 張り切る仔竜の背に飛び乗ると、オレたちは再び戦場の空へと舞い上がる。


『どこから、こうげきするの?』


 あちこちに敵はいる。どこも手助けしてやりたい気持ちになるが、優先順位をつけるべきだな。迷う?いいや、迷わない。これでもオレはベテランなんでな。


「ミアたちの援護だ!!僧兵たちは、最も疲弊しているが、戦闘のプロではある!!彼らが自由になれば戦場を上手くコントロールしてくれる!!」


 竜の圧倒的な機動力を活かすのさ。騎兵たちの衝突は完成された状況にある。オレたちの介入で敵を追い詰めすぎることはリスクがある。今は、この有利な状況を補強してやることこそが、竜の翼を持つ我々の果たすべき役目だ。


 戦場の全てに、竜のプレッシャーを与えてやればいい。それが、竜の翼ならば実現できるのだからな。


「そうだな!ケットシーの山賊たちも、あそこまでは到達していない……」


『じゃあ、みあのえんごにいくねー!!』


 漆黒の翼が軌跡を空に描き―――『ガッシャーラブル』近郊で戦いを繰り広げる戦士たちの上空へと迫る。ゼファーは左の翼を下げて左回りに旋回しつつ、オレとリエルの射撃体勢を助けてくれたよ。


 矢を引き絞り……狙いをつける。リエルが先に放ち、敵兵の頭を矢で射抜いた。オレはそれに数瞬遅れて矢を放ち、敵兵の背中に矢を突き立てる。即死はしないが、致命的な深さにまで矢は刺さったから落ち込まない。


 リエルは次の矢を放ち、二人目を射殺す。リエルが三人目を射殺すのと同時に、オレは二人目の敵兵に矢を当てていた。弓では、達人のオレもリエルには勝てるはずもない。


 いいさ。


 いじけはしない。猟兵だし、ヨメだもん。そんなリエル・ハーヴェルが大活躍してくれるのだから、団長で夫のオレは大喜びだ―――負けず嫌いの血は騒ぎ、速射に挑戦したとしても、これはライバル心からではない。


 それに、敵兵を一秒でも早く、一人でも処分するのはオレたちに利することだからな。『ガッシャーラブル』の守りを固められれば、主戦場の方も気楽に動けるようになる。


 オレとリエルの援護射撃を受けて、戦場の一部分から敵兵は完全に消滅していた。僧兵たちがこちらに手を振る。愛想よく手をあげながらも、命令していた。


「仲間の援護に向かってやれ!!ここから南に走れば、敵兵を挟撃してやれる!!」


「イエス・サー・ストラウス!!」


「分かりました!!」


 ……オレたちがクリアにしたのは、敵の本陣から最も遠い場所での戦闘だ。戦場の端っこという考え方も出来る。その場所で自由になった味方は、連鎖するように戦闘が行われている各地点で挟撃を狙えるような形になる。理想で言えばだがな。


 その動きを加速させるように、ゼファーで『ガッシャーラブル』周辺の敵部隊に矢を撃ち込んで回ったよ。ミアのいる戦いにも援護射撃をして、ニコニコ笑顔を向けてもらったりもした。


 オレたちは、もう一度だけラクダ騎兵から矢の補充を受ける。


「今度は……主戦場だ。背後は十分に固まった……あとは、アルノアとの決着をつければ、敵の軍勢は完全に崩壊する」


「うむ。逃亡する敵兵も、現れ始めているしな」


 疲弊と混沌と死者……敵兵の全員が士気を保てるような状況はとっくの昔に終わっていた。『ガッシャーラブル』攻めを行っていた敵兵の一部が、全力で南へと逃げ始めている。


「そうだ。『ガッシャーラブル』は、もう安全だよ。行くぞ、ゼファー」


『らじゃー!!』




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