第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その114


 ……それに。


 最良の策ばかりが勝利への道ではない。この状況で前に出ることは間違いなく最良なのだが、後退して背後にいるアルノア軍の弓兵部隊と合流して巨大な集団を作るということも次善の策じゃある。


 悪いことではないがな。


「さすがだぜ、マルケス」


「……っ!!ここで、動くか!!」


 『第六師団/ゲブレイジス』が動いていたよ。ここが勝負所だとマルケス・アインウルフは判断した。騎兵たちを率いて突撃してくる。下がろうとしている帝国騎兵どもの逃げ場を塞ぐように、軽装騎兵が現れた。


「下がらせんぞ!!」


「そうだぜ!!逃がすときじゃねえ!!」


 もちろん、ギュスターブ・リコッドも突撃に参加していた。疲れてはいるだろうが、少数の騎兵たちがアルノア軍を分断するように現れる。


「くっ!?」


「こ、こいつら!!」


「我々を、完全に取り囲む気か!?」


 正確には、少し違うがな。南西には逃げ道がある。取り囲むには戦力が足りないという現実的な理由からでもあるし、あえて残しているのさ。


 狭いがあえて残された唯一の逃げ道に、敵の騎兵どもが殺到していく。逃げ道が完全に無くなれば、抵抗する力が強まってしまうからな。追い詰めすぎないのもコツじゃある。戦術ってものは、じつに細かなデザインをしているものさ。


 逃げる敵兵のおかげで、南側の弓兵どもは『新生イルカルラ血盟団』を攻撃しにくくなっている。誤射が怖いからだ。北の弓兵に対しては、『第六師団/ゲブレイジス』の騎兵たちが囮となってくれている。


 弓を構えながら走っている彼らは射撃を受けるが、被弾の確率は少ない。矢を射る気などもともとないからな。というか、射るための矢がない。弓を構えて射撃するフリをしていたよ。それでも十分だ。北側の弓兵どもは彼らの射撃を妨害するために矢を放つ。


 そして、『新生イルカルラ血盟団』やマルケスたちの部隊を攻撃することも、仲間に合流するために走ることも防いでいた。釘づけにして、戦力として機能しないようにしているわけだ。


 いい仕事をしている。戦わずして、敵の戦力を無効化しているのだからな。演技力も武器のうちだ。


「さすがはベテランの将軍たちの采配だな」


「ベテランの将軍『たち』……?」


「そうだ。死んでまでこの結束を生み出した男が動いているよ」


「ラシードか……?」


『あ!……『がっしゃーらぶる』から、せんしが、たくさんでてる!?』


「なに……!?」


 オレの弓姫の翡翠色の宝石眼が『ガッシャーラブル』を見た。そこには城塞からロープを使って下降していく戦士たちがいる。


 ラシードが、城塞から降りて仲間を率いて戦場に躍り出ているのさ。『第六師団/ゲブレイジス』の背後を守るためにでもあり、『新生イルカルラ血盟団』を守るためでもあり、『太陽の目』の僧兵たちを守るためでもあった。


 武装した市民を率いて戦場に出ることで、『第六師団/ゲブレイジス』が抜けた穴を守ろうとしている。今は『ガッシャーラブル』の守りさえも捨てて、連携して攻撃するときだと判断した。


 竜の背にいるわけでもないのに、戦場の全てを俯瞰するような能力をしているよ。


 しかも、きめ細かな戦術をそれぞれのチームに渡しているようだ。『太陽の目』と合流するチームは攻撃的であり、挟み撃ちにして殲滅しようという考えだな。我が妹、ミア・マルー・ストラウスも出撃している。


「敵は疲れてるよー!!挟み撃ちにして、各個撃破していくんだ!!」


 戦場で指揮を飛ばしながら、次から次に敵兵どもをスリングショットで仕留めていく。ミアの言う通り、疲れ果てつつある敵の士気は武装市民の群れに取り囲まれただけでも挫けそうになるさ。


 個別の戦闘能力では、あきらかに武装市民は敵兵に劣る。それでも、包囲されてしまうことの焦りは敵にもある。


 僧兵たちはこの援護に底力を呼び覚まされた。


「蹴散らすぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 両軍が体力も気力も限界寸前の状況で、援軍を得たことは大きいさ。『ガッシャーラブル』での戦闘は、市民自身の介入により有利に傾いている。


 ……ラシードは部隊を率いて、『第六師団/ゲブレイジス』が抜けた場所に陣取っていたよ。


「無理はしなくていい!!我々の役目は、この場所にいつづけることだ!!敵を分断する楔となり、敵の集結を邪魔すればいい!!そうすれば、どの戦場でも我々は有利に戦えるのだから!!」


「了解です!!」


「そ、そういうのなら、がんばれます!!」


「緊張する必要はない!!……援軍は、こちらにも向かってきているのだからな」


 そうだ。ケットシーの山賊たちが駆るラクダの群れは、北上もしていたよ。ケットシーの山賊は『ラクダの騎兵』のようだ。馬かそれ以上の速度で走るラクダの背から矢を放ち、敵兵どもを次々に射殺している。


「ハハハハハハハハハハッ!!帝国兵どもを、皆殺しにしてやれええ!!」


「おうよ、お頭あああ!!」


「ヒャハハハ!!ぶっ殺して、身ぐるみ剥いでやるぜえええ!!」


 山賊精神を隠すこともない男たちが、ラクダの背から飛び降りてケットシー特有の素早い身のこなしで戦場に散開していく。


「ぬ、ぬう。なんとも元気だな」


「彼らは戦っていない。しばらく戦場に潜み、体力も万全だ」


 鮮度の良い戦力は、この状況では無双の活躍をする。補給のためだけにラクダ部隊は現れたわけではない。彼ら自身もまた戦力に化けるのだ。


 ラシードの部隊に迫りつつあった敵兵どもは、ケットシー山賊団に襲いかかられる。疲労の差は歴然だな。体格では不利なケットシーたちの斬撃にも、力負けしてしまう。アルノア軍のベテランの戦士どもは暑さに負け、経験値不足の新兵どもはこの混沌に呑まれていた。




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