第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その97


 騎兵どもとそれに続ける軽装歩兵どもが、『ガッシャーラブル』の南東へと回り込もうとしていた。その数は、騎兵20に歩兵30ほどだ。


 致命的な数ではないが、無視していいとも言えないな。一種の囮であり陽動ではあるが、少数派のこちらはその対応に追われれば戦力の密度が下がってしまう……どうすべきなのか?答えは、すでに実践している。


 ゼファーが翼で空を打ち、獲物へと目掛けて加速していく。早めに敵の戦術をつぶしてやるんだよ。


 敵の移動スピードはかなりのものだが……こちらは竜だからな。50人の敵兵たち目掛けて、オレたちの狙撃が同時に放たれる!!


「ぐうう!?」


「ぎゃは!?」


「ぐええ!!」


 先頭の騎兵どもに打撃が加わる。そして、こちらの居場所は気取られてしまう。


「竜だあああああああッッッ!!!」


「矢を放てえええええッッッ!!!」


 軽装歩兵どもは弓をこちらに向けて放ってくる……比較的少数な部隊だからな。大部隊の連中に比べると視界はずっとクリアで、こちらを見つけやすいという利点がある。夜明け前で最も暗く、最も冷え込む時間が近づいているとしても―――。


 ―――敵どもの放つ矢は、かなりの精度となってこちらを狙う。ゼファーは左上空に飛び上がりながら、速度と高度を変調させて狩人の予測の視線を外してみせる。まあ、オレの鉄靴による指示もあったとしても、今の軌道の意味は学んだはずだ。


 いくつかの矢がゼファーの翼跡を貫いていく。敵も当たるとは思ってはいなかっただろうよ。それに、当たらなくても十分な意味があった。


「走れええッッッ!!!」


「東に抜けるぞおおおおッッッ!!!」


 騎兵どもが加速して『ガッシャーラブル』の東を目指していく。迎撃よりも展開することを選んだ。悪くはない。むしろ、褒めてやるべきだ。ヤツらの使命は、こちらの戦力の集中を妨害することだからな。


 ……戦いは戦力を集中させられるか否かという視座だけでも評価が可能だ。こちらは集中させられたら強いし、敵を分散せられても勝ちやすい。


 とても分かりやすいその美学を実践するために、この敵どもはオレたちに襲われながら加速したわけだ。こちらの数は少ない……戦場が広がるほどに薄まってしまい、弱くなる。守る方は、より広い範囲を守ることで不利になるんだよ。


 騎兵どもと、弓を持った軽装歩兵どものあいだがどんどん離れる……。


『え、えーと!?『どーじぇ』、『まーじぇ』、どうすれば、いいの!?どっち!?』


「後ろの弓兵たちを狙うのよ」


 リエルがオレよりも早くに的確な答えを与えていたよ。そうだ。それでいい。なぜならば、役割分担をしているのは、敵どもの専売というわけではないのだからな。役割分担に、連携。そういうアットホームさが物を言うビジネスってのは、『パンジャール猟兵団』の得意分野だ。


「おー!!レイチェルと、キュレネイだー!!」


 オレの脚のあいだにいる宇宙一可愛い妹が、『ガッシャーラブル』の城砦の南東部分から戦場へと踊り出た美女と美少女の姿に気づいていた。


『ほんとだー!!』


 あのギチギチと鳴く、物騒な『諸刃の戦輪』を両手に握ったレイチェル・ミルラは、風のように軽やかだ。高い城塞から飛び降りると同時に、即座に加速する……『ゴースト・アヴェンジャー』の装備である『戦鎌』を担いだキュレネイは、武器の重量分だけ遅れる。


 ……もちろん、身体能力だけで言えば、『人魚』であり『サーカス・アーティスト』であるレイチェルの方が上ではあるんだがな。武術家よりも、舞踏家の方が運動能力の完成度ははるかに高いところがある。


 『人魚』だからなのか、レイチェルだからなのかは分からんが。高所からの飛び降りからの加速という特殊な動作については、『パンジャール猟兵団』で最速を出すのはレイチェルかもな。最も高いところから落ちて助かるのは、ミア、次点でオレだろうがな……。


 ……キュレネイ・ザトーもレイチェルから遅れはしたものの、それはわずかな差だ。オールラウンダーのキュレネイは、何をやらせたところで優秀なのが売りだからな。


 二人は人間族の限界を超えた速度で戦場を走り、東へと周り込もうと企んでいた騎兵どもの前に立ちふさがる。


 『人魚』の舞いが闇を閃きで斬り裂く―――体を大きく反らせて反動のための動きを作り、『諸刃の戦輪』を全身の筋力でぶん投げる。しなやかさと、肉体の操作の理解―――武術よりもはるかに妥協を許さない芸術の動きのみが到達し得る威力で、呪いの鋼は放たれていた。


 ギュルルウウウウウウッ!!


 ギチギチ鳴く呪いの鋼は、今宵もオレの背筋にゾクリとした冷や汗を流させるな。ちょっと苦手ではある。レイチェルにしか『懐かない』武器だからかもしれないな。


 騎兵どもに向かい、呪いの鋼は残酷な処刑を執行する。


「ぐへええ!?」


「がはあああッ!!」


 軽装の鎧を斬り裂きながら、呪いの鋼は肉体深くに食い込んでいた。突き刺さったまま、微妙に動いて傷口を広げて命を壊していやがるんだろうな。それが、『諸刃の戦輪』の残酷なところだよ。


 しかも、敵の体から飛び立ってレイチェルの元へと戻ると来た。呪われた武具だ。レイチェルは自分へと超高速で飛来する二つの戦輪と相対することになるのだが、踊るように華麗な後方回転をしながら、容易くどちらの戦輪も回収してしまう。


「すごい……っ」


「ぬう。私でも、あれは無理だな……ッ」


 レイチェル・ミルラにだけ許された動作だな。受け止めるのもスゴイが、さらに踊りは継続して、再び『諸刃の戦輪』は放たれる。


 闇に紛れて、あの神速を帯びた変則軌道の呪いの鋼に襲われる。なんとも、同情したくなるような状況だが、帝国人に抱く同情をオレは持ってはいなかった。


 再び、二人の騎兵どもが犠牲になるが、レイチェルの存在に騎兵どもは気づき、レイチェル目掛けて突撃を仕掛ける。問題はない。レイチェルが開けた空間で騎兵の槍に当たることなどありえないからでもあるし。キュレネイ・ザトーがそこにいるからでもある。


 斬るであります。


 そう言ったことだろう。無表情の顔から静かにそう宣言し、『戦鎌』は暴れまわり、騎兵を馬の首ごと斬り裂いた。


 『ヴァルガロフ』の『戦鎌』には、対騎兵の武器としての歴史がある。あの『戦鎌』もそうだ。騎兵の槍をかいくぐりながら、馬の首を斬りつけながら騎兵の体にも深いダメージを与える力がある。


 『諸刃の戦輪』の遠距離攻撃と、キュレネイの『無拍子/対応不能の先制攻撃』による騎兵殺しの鋼。騎兵を相手にするには、これほどのコンビはいないのさ。目立つレイチェルに、目立たず攻撃するキュレネイという部分もな。


 騎兵対策では最強のコンビさ。だからこそ、オレたちは弓兵相手に集中すればいいってわけだよ。




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