第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その96


 闇に融けたゼファーの接近に敵兵どもは気づかない。オレたちが狙うのは歩兵どもの左翼だ……ククルの戦術に上乗せするってことだよ。


 キュレネイ曰くの未熟者……若くメイウェイを裏切った兵士に向けて矢を放つ。見分けることは難しくはない。動きが元気なヤツを狙えばいい。若者は体力が有り余っているからな、それに戦いの熱に呑まれてペース配分がまともに出来やしない。


 上空から隊列を観察すると、動きの活発さの違いっていうのも分かっちまう。地上からでも感じるがな。落ち着いて戦場を見れば、違いってものは色んなところに現れている。


 オレはこちらに気づかない敵兵目掛けて、引き絞っていた弓を解放した。矢が北風を貫きながら、50メートルほど飛び、若い頭に命中していたよ。


 即死した若者が隊列のなかで倒れ込み、背後にいた若者が死者となった彼にブーツの先を取られて転んでいたよ。


「ぐわ!?な、なんだよ、いきなり!?」


 続けざまにリエルの放った矢が隊列を構成する若い兵の胸を射抜き、さらにミアが作った弾丸が敵の兜を打撃していた。


 三人の歩兵が倒れ込み、未熟者たちは気がついていたよ。


「りゅ、竜だあああああああッッッ!!!竜が、空にいるぞおおおおおおおッッッ!!!」


 見つかってはいないさ。ゼファーに急上昇を指示しているからな。無言のままだ。それがいいさ。まだ……『竜吠えの鏑矢』はあるんだからな。


 がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんん!!


「くう、撃てええええッ!!」


「どこにいやがるんだあ!?」


「とにかく、矢で弾幕をはるんだよっ!!じゃないと、好きにやられちまうぞッ!?」


 見えもしないのに、上空へと矢を放つ……未熟者は狙い甲斐がある。矢のムダ撃ちと、結果的な誤射を期待できるからな。


「バカどもが!!」


「ムダに矢を撃たされているんじゃねえ!!」


「これが、敵の狙いなんだぞッ!!」


 未熟者のマズイ判断というものは、ベテランどもの心を苛立たせるものだ。温度差が生まれているな。それでいい。ベテランどもまでは戦術で躍らせることは出来ないかもしれないが、イライラしてお互いに溝が生まれてくれれば、こちらの有利に働く。


 セコイ?


 ……戦術なんてものは、そんなものだ。そうだよな、ガルフ・コルテスよ?


 戦場の闇に紛れながら、オレたち三人はゼファーの背からコツコツと狙撃を積み重ねていく。


 定期的にククル指揮下のカタパルトのレンガ弾丸が飛んできたが、もちろんゼファーは『マージェ』の指導に忠実だから簡単に避けていったよ。


 ひゅるるるううううううううううううううううううううううううううう!


「おー。意外と、可愛い音するね!」


 オレの両脚のあいだで、猫耳さんを動かしながらミア・マルー・ストラウスがかく語りきだ。


「ああ。意外と可愛い音がするよな」


 兄妹そろって可愛い可愛い言いながらだって、オレたちの集中力と視線は地上にわんさかいやがる敵から外れることはない。じーっと品定めしながら、どんどん攻撃しているから、マジメなリエルに叱られることもないわけだ。


 なお、間の抜けた音だが……レンガの雨は威力抜群だ。


 ドゴドゴドドゴッ!!


 高い場所から落ちてきたレンガに敵兵は成す術が骨を砕かれた。頭や胴体なら即死性のダメージだが、脚や腕に当たれば骨が砕けて戦闘不能になるレベルのダメージは与えられる。


「負傷者だあああ!!」


「運び出せえええ!!」


 帝国軍というのも余裕がある軍隊だから、自軍の兵士には人道的だ。感心してやれるべき数少ないことだ。それに、負傷兵を移動させるには誰かが手を貸さなくてはならない。腕はともかく、脚が折れちまったときは、一人じゃどうにもならん。


 肩を貸して後退していく兵士どもがいるが……オレはそういう連中を獲物にはしない。悪趣味だからだよ。戦術的なアドバンテージもあるが、露骨な悪意に囚われることを猟兵の職業倫理は許すことはない。


 ……それに、ああいう人道的なヤツらを狙わなくても、いくらでも若くて元気な獲物がいるからな。


 オレたち三人は未熟者狩りを黙々と実行していくよ。貴重な矢も弾丸も、次々に消耗していきながらな……ときどきは、ゼファーにも歌を歌わせた―――魔力は使わず、ただの歌だけさ。


『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


「竜だああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


「撃てええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 そして地上から歌を狙って矢が大量に放たれるが、その矢が高みに昇るころには、とっくの昔にゼファーは遠くに移動を済ませていた。


『ほのおがつかえなくて、ざんねんだけど……てきのやを、むだにうたせたよ!』


「偉い子だよ、ゼファー!よしよし!」


 ミアに撫でられて、ゼファーは嬉しそうに身を震わせていたよ。


『えへへ!『まーじぇ』、ぼく、えらい?』


「ええ。偉いわよ、私のゼファー。おかげで、敵の隊列を乱すことが出来ているわ」


 ……リエルの言う通りさ。ククルのカタパルト攻撃に、オレたちの攻撃……そして、ゼファーのフェイク、もちろんラシードの『竜吠えの鏑矢』の効果もある。そういうものが積み重なり、『ガッシャーラブル』に近づきつつある敵兵の群れは、北に位置する左翼が大きく遅れていた。


 だが。右翼の敵兵は、『ガッシャーラブル』に津波のような勢いと物量で到達しようとしている。オレたちだけでは、戦場の全てをコントロールすることなんてできないからな。


「敵だああああああああああああああああッッッ!!!」


「撃てええええええええええええええええッッッ!!!」


 城砦にいる弓兵たちが、次から次に矢を放っていく!惜しみなく使うときではあるな。今夜を乗り切るためには、最初の攻撃で圧倒しておくべきだ。最初に被害が大きければ、進軍の勢いというものを削げる。


 出鼻が肝心ってのは、全ての戦いにおいて共通することだった。


「……お兄ちゃん、敵が城門に近づいていくね……っ」


「ああ」


「ソルジェ。援護してやらなくてもいいのか?」


「今のところは大丈夫だ。『新生イルカルラ血盟団』の戦力は、まだ足りている。問題は、反時計回りに小規模部隊を派遣されることの方だ」


「む?……ふむ、そうか、戦力を分散させられるということか。戦力が少ない、こちらの集中を乱すつもりというわけだな……」


「あー!お兄ちゃん、それっぽい部隊、発見ッ!!」


 夜目が利くオレの妹が、コソコソと動く部隊を発見していたよ。オレたちのターゲットにすべき連中だったな。




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