第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その89


 静けさを帯びた戦士たちは、先ほどとは別物のように見える。エリートだけが持つプライドの高さだな。本当に不敗であること―――挫折を知らないからこそ得られる自信というのもある。


 そいつは少しばかり危険な純度ではあると思うが、今この時において、これほど頼りになるものはない。


「……はあ、はあ!……ぐうっ」


 ランドロウ・メイウェイは噛みしめた歯のあいだから血を垂らしながらも、立ち続ける。失血のせいで弱ってしまった体が震えているし、膝はガクガクしてやがる。


 それでもなお、大地に座ることを良しとはしない。マルケス・アインウルフを中心にして静かに陣形を組みなおしていく『第六師団』……『ゲブレイジス』を見守るつもりだな。意地っ張りというか、義務感なのだろう。


 オレの体に指が食い込みそうなほどに強く力を込めて、引力と休息の魔力に負けないように立ち続けることを望んでいた。


 しょうがないから、付き合ってやるさ。重傷者には、キツイ作業だってことは理解しているが、命がけでも自分で決めた任務を全うしたいのだろう、この健気な戦士はな。


「おい、マルケス・アインウルフ!!」


 叫んだのは我がドワーフの友だった。短い脚で器用に馬を乗りこなしながら、空気を読まない男はマルケスのそばへと向かったよ。


「隣でいいな?オレは、お前らより背が低くて軽い分、腕が無くても速く馬を走らせる。死なせないぞ。オレが守ってやる」


「ああ。私の隣で走れ、友よ!!この戦に、君がいるのは象徴的な意味がある!!」


「知ったことかよ。オレは、お前の命に責任がある。それに、この国にいるヤツらも、お前たちの家族も守る。仲間だってことは、そういうことなのは、オレにも分かるぞ」


 剣を抜き放ち、マルケスの馬に自分の馬を並ばせながら、ギュスターブは嬉しそうに笑う。敬意を払っている。気に入っているのさ、この強さを取り戻した最強の騎兵たちをな……。


「では、行くぞ!!私に続け!!雷神の突撃に例えられた、我らの力を見せつけるぞ!!」


「ハッ!!」


「イエス・サー・アインウルフッ!!」


 静かにゆっくりと歩く、それでいい。アルノアの騎兵たちに向けて、爆発させる脚をためておくべきだ。突撃で走れる距離は長くはないからな。敵どもは、メイウェイの負傷しか知らん。こちらに馬を加速させて近づいてきている……この緩やかな斜面を登らせているな。


 どうなるかは見ものだが……。


「……ぐうう」


「よし、よく立ち続けたぞ、メイウェイ。もういいな。お前の仲間たちは発った」


「……っ」


 イエスとは言わないか。血走った目で見送りを続けている。かまわん。そういうヤツな気はしている。オレは腕を絡めたまま、メイウェイをその場に座らせる。文句があるのかもしれないが、ヤツの体はこちらの動きに逆らえはしなかったよ。


「……血圧上げてよかったかもな、メイウェイ。多少、血は出たが……気力で心臓も動いてくれているようだぞ」


 ……それでいて、傷口から血はあふれることはない。リエルの血止めの秘薬は効果を発揮しているのさ。良いことだ、流れはな。


「大佐っ!」


 戦士に連れられるように、高齢の軍医がやってくる。


「……刺されたかね、腹を……んんっ?」


「応急処置はオレがした」


「……ほう。傷口が、ふさがりかかっている?……縫ったわけでも、焼いたわけでもないのに……なるほど、これはエルフ族の薬か」


「そうだ。よく知っているな」


「私もアインウルフ殿の旧友の一人だった。エルフの薬草医も昔はたくさんおったぞ。彼らも軍医として、アインウルフ殿の傷も縫ったことがある、この若いのもな」


 メイウェイは三十路も半ばを過ぎていそうだが、年寄りからすれば若造か。反論できないのか、する元気はないのか、メイウェイは黙っている。脈は取っている。早いが、正常ではあるな。


「……いい薬を使ってもらったようだ。私がすることは、たいしてなさそうだ」


「見守ってやれ。この男は、死にたがっている。マジメだからな」


「マジメなケガ人は、たしかにその傾向がある。死ぬなよ、大佐殿。負傷者と第二部隊は、この丘に陣を張って仲間の背後を守っているんだ……アインウルフ殿は、こちらの陣の意味を読んだ。お前さんには、まだ仕事があるぞ」


「……わかっていますよ……先生……っ」


「突撃するアインウルフの部隊の背後を守るために、陣取ってプレッシャーをかけるか」


「ははは。そうだとも……金色に輝く瞳の戦士よ」


「……ガルーナの竜騎士、ソルジェ・ストラウスだ。『自由同盟』の傭兵、『パンジャール猟兵団』の団長だよ」


「……ほう。アインウルフ殿を破った戦士か。どうりで、アインウルフ殿を連れてこられるわけだ。それに、ガルーナか……なるほどなるほど」


 ベテランの医者はそうつぶやきながら頭を何度もうなずかせていたよ。何かガルーナに思い出の一つでもあるのかもしれないが、今はそいつを聞いている場合ではないな。


「さてと。メイウェイ、仕事を引き受けてやるぞ。傭兵には、似合いの仕事がある」


 無言のまま、メイウェイはオレに視線を合わせた。迷いはある。そうだろう。それで正しいことだ。男は、そのまま沈黙したまま首を振っていた。


「……分かったよ。依頼を実行しよう」


 すべきことがある。オレは、この突撃をサポートしてやりたいんだからな。




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