第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その77
『古王朝のカルト』の神さま……かもしれないヤツから、おかしな依頼じみたものを受け取った。可能なら、この神さまみたいなヤツと遭遇したら、殺せというのか……。
返事をしてやろうと思ったよ。
もちろん、『イエス』だ。オレはこの世の中から邪悪で有害な神秘主義が消え去ることには、何ら抵抗を持っていない。『ゼルアガ』にしろ、この呪術仕掛けの神もどきにしろ、とっととこの大陸から黄泉の虚無の底へと追い出してやるべきじゃないか。
「分かったよ――――?」
返事をくれてやろうとしたのだが……すでに夢の世界は時間切れのようだった。火あぶりにされる化粧された牛の神や、その周囲にいる狂信者どもの姿は薄くなっていたよ。ぼやけた世界の果てを睨もうとしたけど、『イージュ・マカエル』の姿はもう輪郭がぼやけていた。
それに、ヤツはあの生贄にもう寄生していないのかもしれないな。
どこに行ったのか?……現実のオレが道具袋のなかに放り込んでいる『支配者の本』あたりかな。あるいは、もはや現実の世界に存在していない足跡を、オレの『呪い追い』の力が見つけてしまっただけなのかもしれんぞ。
『古王朝のカルト』というのは、それぐらいには歴史を持つのさ。古すぎて、誰も正確には思い出せなくなっている。英雄も神々も、永遠ではないものだ。忘れ去られている……少しばかり物語の痕跡を後世に残しつつな……。
だが、この因縁は忘れないようにしておこう。猟兵として、依頼された戦いの一つとも言えるかもしれないものになるのだからな。
ストラウスの剣鬼としても、強敵と戦って勝利するという経験値については魅力的だと感じる。戦士としての自己顕示欲を満たしてくれるものだからだ。強敵を殺してこそ、得られる実感もある。
それに成長にもつながるだろうからな。
未知の存在と戦う?……そんな面白いことを、このソルジェ・ストラウスさんが嫌うはずがないのだ。首があるのかないのか知らないが、あるとすれば長くしたり洗ったりしながら待っているといいさ。
……ああ。夢の時間が終わろうとしている。穏やかな『内海』の光景ともお別れだよ。寒い『メイガーロフ』の夜へと、オレは引き寄せられているのを感じる。
望んでもいない異教の神さまもどきと遭遇するなんていう、バカげた夢は終わりを告げて、アルノア軍との戦いが待つ現実にオレは戻っていくのが分かるんだ―――。
「―――ソルジェよ。おい、ソルジェ。起きろ」
リエルの優しい声と、肩に置かれた手に揺さぶられたおかげだな。オレは、『人類の先祖が化粧した牛かもしれない説』を頭に残したままでも、安らかに微笑みながら、こちらを見下ろしているエメラルド色の双眸を見上げることができたよ。
星の光のように美しい、森のエルフの王族の血に伝わる『宝石眼』を見つめて、またあちらからも見つめられながら、ガルーナの野蛮人の唇は動く。
「おはよう。よく眠れたか、オレのリエル・ハーヴェル?」
「うむ。美しい乙女たち同士で、絡まるように寝ていたぞ」
「ククク!そいつはうらやましい」
……心からそう思う。オレがスケベなせいでもあるが、狂信者どもに焼かれる化粧した牛が出るような夢を見たあとではな……その美しく興味深い乙女たちの組体操を目撃したいものだ。
冗談はさておき。
オレは寝床から起き上がると背中を伸ばして、背骨に音を放たせる。両腕をぐるぐると回して、体の筋肉を伸ばしていくのさ……完璧な睡眠ではない。睡眠時間は足りず、疲労が完全に抜け切っているわけではないからな。
固まってしまった筋肉を伸ばして、血のめぐりをよくする。そうだ、呼吸を意識して、体の動きに合わせる。筋肉を引き寄せるときは息を吸い、その逆では吐くのだ。体のあちこちがポキポキと子気味いい音を立てる。
準備は完了だ。あくまでも生身の方はな。
「ソルジェさま!『竜鱗の鎧』をお持ちしているっすよう!!」
我がヨメの一人であるカミラ・ブリーズがアジトから運んできたと思しき、オレの鎧を抱えながらニコニコ笑顔で発言したよ。
「ありがとう、カミラ。じゃあ……さっそく、鎧を着るのを手伝ってくれるか、二人とも?」
「うむ。任せろ」
「ヨメとして、とーぜんっすよねえ!!」
二人がどこか楽しそうに、分解した『竜鱗の鎧』をオレに近づけてくる。人形扱いか?いや、そんなに可愛らしいものではないな―――オレも、ストラウス家に伝わる竜騎士専用の鎧も。
慣れた動きと、愛しさのこもった丁寧なサポートも合わさって……オレはすぐに『竜鱗の鎧』を身に着けた。
「ククク!第二の皮膚をまとった感じだぜ!!」
「ソルジェらしい鎧だものな」
「はい!とっても、竜騎士さんですから!」
ソルジェ・ストラウスらしい、とっても竜騎士さんの鎧を着て、オレは動きを確かめる。完全に体の動きに馴染んだ鎧だ……そして、『風』の魔力を少し使い、左の籠手から爪を出す。
ジャキイイイイイインンッ!!
金属が高鳴る音を放ち、『竜爪の籠手』はその鋭い切れ味を宿したビンテージ・ミスリルの爪を現していた。指を動かすと、魔力に沿うようにして、竜爪も動いてくれたよ。完璧だな。その言葉が相応しい。
竜騎士に戻ったオレは……一瞬だけ、足元近くに置いてあった道具袋を見つめた。その中には『古王朝のカルト』の祭祀を記した例の本があるわけだが……今は、無視しておこう。
だって、もうミアまで起きているからな。大きなあくびをしながら、女子のテントからゆっくりとやって来る。
「ふわあああああ!!……ふうう。おはよう、お兄ちゃん!!」
「ああ、おはよう。ミア」
「もう鎧着ているんだねえ……ミアも着せるの、手伝ってあげようと思ったのにい……っ」
「ミアよ、顔を洗って武装するのが先だぞ」
「うん。ラジャー」
ミアは素早く走り、リエルが用意しておいてくれた洗面器の水を使って素早く顔を洗うと、カミラが広げて待ち構えていたフワフワのタオルのなかへと、お顔をダイブさせていた。
「はーい、拭いてあげるっすよー、ミアちゃん」
「むふふ……王女さまになったような気持ちだー」
猫耳をピクピクと満足そうに動かしながら、オレの妹はご満悦な声を使っていた。そうさ、戦の準備に集中すべき時間帯だ。貴様のことは、また後日、片づけてやるとするよ、『イージュ・マカエル』よ。
安心しろ、忘れはしないさ。おそらくな。なにせ、化粧した焼かれる牛のことは、そう忘れやすいものでもないからな。
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