第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その78
ギュスターブ・リコッドたちも起き始めていた。ギュスターブは大きなあくびをしてドワーフ族の強い歯並びを見せつけていたよ。
「……よく寝たぜぇ……オレ、いびきうるさくなかったかい、サー・ストラウス?」
「そういうこと気にするんだな」
「鎖国も終わったからね……」
「そこそこ、うるさかったが。ドワーフ族なんてそんなものだろ」
「うん、オレの友人たちも同じぐらいうるさい。不思議なことだよな、自分のいびきは気にならないのに、他のヤツのいびきは何故か気になることがある……」
寝起きらしく、どうでもいいコトをギュスターブは考えていたよ。自分のいびきで起きた記憶がない……たしかにな。
ギュスターブはあくびをしながらも、武装をすぐに完了させる。もともと、武装したまま眠っていたからだがな。二振りの剣を背中と腰に装備すれば、いつでも敵陣に突っ込めるような姿となった。体をほぐすために、屈伸を始めている。
「ソルジェ兄さん、お早うございます!」
「ああ、お早う、ククル……って、そいつは?」
我が妹分は何か荷物を抱えていた。その両腕からあふれんばかりに、大きな革袋を二つほど抱えていた。騎士だし、お兄さんだからな。オレは彼女の腕からヒョイっと革袋を回収したよ。
「えへへ。ありがとうございます」
「こいつは……そうか、あの二人の」
視線をベテランたちに向ける。ラシードは静かに瞑想していたな。眠っているんじゃなく、脚を組んで指も腹の前で組み合わせている。集中しながら、色々と考えているのさ。おそらくは、戦にまつわることを予想している最中になるのだ。
マルケス・アインウルフは無精ヒゲにナイフを当てて、ヒゲの形を整えている。さすがは四十路の色男ということかな……二人は、オレの声を聴いていたんだろうな、こちらへと顔を向けた。
「オレの妹分が鎧を持ってきてくれたぜ」
「わ、私というか、指揮官であるドゥーニア姫からの差し入れなんです。お二人は重要な人物ですから、死なれてはいけませんし。それに、防具である以上に、敵味方の識別になりますよ、ラシードさんはともかく、アインウルフさんは人間族ですからね」
「たしかにな。二人とも、姫さまからのご厚意を受け取っておくといい」
二人はオレの腕から革袋を受け取っていた……革と金属プレートの合成素材による、軽量であり急所を守ってくれる砂漠の鎧……そして、ウール製のマントがそこには入っていたよ。
「……うむ。動きを殺されそうにない、いい鎧だ。一兵卒としては、これぐらいでいい」
「死ぬことを前提にはしないことだ、マルケス殿」
「そうだね、ラシード殿。我々は、鎧をもらえるほどには重要人物らしいから。死なないように心がけよう……さてと、ソルジェくん」
「なんだ?」
「もしものときの遺書だ」
「縁起でもないが、受け取っておくとしよう」
マルケスの差し出した羊皮紙のスクロールを握った。開けることはしない。もしも、マルケスが戦死したときには開けるがね。不要であることを願っている。それに、開けなくとも予想はつきもするんだよ。
「それには、この私が独自に作り上げた軍馬量産のためのコネクションについて記述している。キーマンの所在と名前をまとめてあるんだよ」
「独自ということは、帝国軍の関与が薄いということか」
「そうだ。私の祖国の本来の伝統は、亜人種を排斥するようなものではない……」
……知っている。ガルーナの同盟国だったのだからな。
「……つまり、これに書かれているのは、『亜人種の馬飼いたち』とのコネクションかよ」
「ああ。君たちには都合がよさそうだろ?……彼らは、帝国と距離がある職人たちだ。私は圧力を受けて、亜人種の兵士を解雇するほかなかったが……軍需品にまつわる全てから亜人種を排除するようなことは、皇帝も望まなかったのだよ」
「それでは帝国軍は機能不全になるだろうからな」
「そうだ。それに、私としても、『強力で優秀な外敵』を放置する趣味もない」
「お前と戦い、負けて帝国の勢力に組み込まれた人々なわけだ、この羊皮紙に描かれてある名前の持ち主たちは」
この『メイガーロフ』でのように、マルケス・アインウルフは優秀な敵の騎馬生産を抱き込んできたというわけだ。
馬が大好きな常勝将軍らしい、そんな印象を受けたな。世界中の名馬を独占したいとでも願っているのかもしれん。
「とにかく、もしも私が死んでしまったら、彼らに声をかけるといい。『自由同盟』は多くの優秀な馬たちを手にできる……」
「わかった。睡眠時間を削って律儀な仕事だな」
「大人だし、そういえば捕虜だからだよ」
「ククク!ああ、いい大人で、いい捕虜だ。死ぬなよ」
「最善を尽くす。私とて、『家族』に会いたいんだ。さっきの会食は……その気持ちを一段と強くしてくれた。私は、君と対決したあの日よりも、今の方が強い」
強気な男は闘志を宿した瞳で、オレを見てくる。負けず嫌いの血が騒いでいるようだ。オレの妹分がその気配を察知して、わずかばかり警戒してくれたが、オレはスマイルを向けて妹分の警戒を制していたよ。
……戦の前でなければ、少しぐらい鋼で語り合うたぐいのコミュニケーションをしてやってもいいんだがな―――だが、分かる。たしかに、あのときの名誉を求めた勇気よりも、今のマルケス・アインウルフがまとっている感情から来る強さのほうが優れているさ。
「……そいつは頼もしいことだ。状況次第では、最前線にも飛び出してもらうぞ。かなりタフな戦になるからな。お前の力は要る」
「望むところさ」
四十路の古強者はスマイルを浮かべ、革とプレートの鎧を身に着けていきながら、言葉をつづけた。
「素直に要求するが、馬に乗りたいな。アルノアの軍に、一騎兵として突撃を食らわしたいんだが……」
「分かっているよ。この遺書もどきを預かった時点で、お前が前線に出たがっているという意志は伝わっている。オレがお前に相応しい戦いの場を用意してやるさ」
「理想的な返事だ、我が友よ」
友か。まあ、そういう言葉が相応しいよ。我が友が最前線を所望しているというのなら、そいつは無下には出来ないね。
ガンダラも文句は言わない。もちろん、オレたちのクライアントであるクラリス陛下もさ。マルケス・アインウルフから得られる戦略的なメリットは、すでにオレの右手の指のなかにあるのだからな。
二人とも戦士の生きざまを見守ってくれるタイプのインテリさ―――そういや、ガンダラがいない。
おそらくは、ドゥーニア姫のいる『カムラン寺院』に向かったのさ。ドゥーニア姫とミーティングしてくれているんだろうし、最新の偵察情報を持って帰るだろう。
そんな予想していると、スキンヘッドの巨人族がいつものクールな無表情でテントのなかに入ってきた。働き者だよ、いつものことだが。オレは自分が寝ているあいだに起きていた労働の質について理解している。
巨人族の働き者の指のあいだに、三つほど『フクロウ』の足環につける暗号文も見えているからな。オレが化粧した牛の夢と戯れているあいだにも、ガンダラやシャーロン・ドーチェは仕事をしていたというわけだ。
反省するほどのことじゃない。役割分担というのは、そういうものだ。オレは文句を言われるほど働いていないわけでもないからな……だから、謝罪の言葉ではなく、社交のための言葉を選ぶ。
「お帰り、ガンダラ。そして、お早う」
「ええ。お早うございます、団長。さっそくですが、仕事を始めましょうか」
「ああ。いい年こいた大人だからね。真夜中だって働くよ」
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