第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その66


 オレたち三人は仲良くなれたらしい。竜の背中にはそんなパワーがあるんだよ。たとえ戦場の鉄臭い空であったとしても、ヒトに喜びを与えてくれる。どこまでも力強い自由さというものがね。


「……やはり、世界には竜が足りんな。空を埋め尽くすほどに竜が飛んでいるべきだよなあ、ゼファー?」


『うん!!たくさん、たたかえるー!!』


「ククク!そうだなあ、その楽しみもあるんだよ」


「……そ・れ・で。竜騎士の特殊な職業病的観点からじゃなく、経験豊富な頼り甲斐のある戦士として、敵の視察は十分なのか、ソルジェ・ストラウス?」


 ドゥーニア姫は自分も竜の魅力の虜の一人であるくせに、竜騎士の特殊な職業病とかいう物言いでオレの夢をやんわりと否定していた。空に竜があふれて、何が困ることがあるというのかね……。


 謎だよ、砂漠に暮らす乙女の心は神秘だった。


 ……だが、乙女の心を推理してる状況でもないのは事実か。


「もちろん分析しているよ。楽しいお喋りの最中でもね、オレの左眼にある魔法の目玉は敵サンの隊列を睨みつけているさ」


「何か我々にとって愉快な点を見つけてはいないのか?」


「あるよ……兵士の一部が、馬の手綱を引っ張りながら、隊列から遅れつつあるぞ。落とした進軍ペースよりも、さらに遅れていやがるぜ」


「ハハハ!なるほど……馬がへばってきているんだな!!」


「南から追加された援軍どもだろう」


「その通りだと思うよ。連中は、長距離を走り回ったようだからね。まさか、『ガッシャーラブル』まで遠征することになるとは、思っていなかったのだよ」


「準備期間が足りないか……メイウェイの影響力ではあるのね」


「賢いな、ドゥーニア姫。3年前のオレでは理解できなかった仕組みに気づく」


「私はエリートだから、当然だ。でも……そなたは、たしかに前だけ見て突撃するような野蛮さが本質なのだろうな」


「そうだ。ガルーナの野蛮人は、そういうコトが大好きだ」


 でも、今ならドゥーニア姫の言葉の意味も分かる。アルノアは大手を振って援軍を組織することが難しかった。メイウェイは南について、かなり警戒を強めていたのさ。


 その警戒ゆえに、足下での部下を引き抜かれることに疎かとなったのか……『メイガーロフ』には『イルカルラ血盟団』に『ラクタパクシャ』もいて、さらには北には『自由同盟』もいたからな……メイウェイは『メイガーロフ』の制御にもたついた状況だった。


 というより、おそらくメイウェイが反乱を許した最大の原因は……『自由同盟』の存在だ。アルノアなんぞにやられたのは、オレの尊敬してやまないクラリス陛下のせいってわけさ。クラリス陛下に惚れ直すキッカケが、また出来てしまったよ。


「……馬が疲れているのは、いい傾向だ。短期決戦仕様ではあり、あきらかにオーバーワーク。ヤツらのスケジュールに乱れが出ている……メイウェイが、兵士を解放したことが有益になるな」


「無駄飯ぐらいが増えるからか?でも、補給部隊がいるだろう、帝国軍には?」


「私の部下は、補給部隊にはベテランを配置する」


「……っ!ほう、そういうことか!」


「責任ある仕事だからね。ときに戦そのものを行うよりも、重要だ……グラーセス王国で私が敗北した原因の一つだよ。補給を断たれる……はあ、これは負け惜しみだがね、ソルジェくん」


「聞いてやるよ。どんな負け惜しみだ?」


「……私に、亜人種の仲間たちがいたら、君たちにも負けなかった」


「ククク!……そうだな、それについては認めてやるよ。イーライ・モルドーのような、良い腕をもった弓兵もいたのだからな、お前には」


「そうだよ。私を支えてくれる兵士たちは、かなり脱落していた。私の軍は最良のコンディションではなかったんだ」


「そいつは確かに負け惜しみだな」


「ああ。前置きした通りにね?」


「だが、おかげで勝てたよ」


「フフフ。そうだろうとも。完全無欠の私の軍ならば……敗北の味を知る日は、あのときではなかった……」


「……あのね。ベテランの男どもの物語には感動するが―――」


「―――分かっているよ。敵サンの補給線は貧弱だ。アルノアに従わない可能性があるし、それが実証されているのが馬を引っ張る兵士たちだ……マルケス、何か捕捉することはあるか?」


「そうだね。アルノアは正式な太守ではない。クーデターを防止するためにも、本来は補給部隊の指揮官には独自の権限が付与されている」


 ……帝国軍というのは、相変わらず洗練されたシステムを持ってはいる。クーデター防止か。帝国軍を一括りで見てしまいがちなオレたちにすれば、帝国軍がオレたち外敵よりも自分の身内を警戒しているという事実は見落としてしまうな……。


「正式な上官命令が無い限りは、動けない。戦の最中であればハナシは別だが……『イルカルラ血盟団』は、ほとんど滅びたという認識になっている」


「私たちをダシに戦時下を気取れないというわけか。負けを晒して見ることで、得ることもあるのね」


 アインウルフへの高度な皮肉……というわけでもなかっただろう。悪意がある気配などを見つけられない声音ではあったよ。


「補給部隊はメイウェイにつかなくとも、アルノアに非協力的になっている……」


「ああ、破れば法に触れるからね。メイウェイへの感情と、法律。それらがアルノアに非協力的な行動を促してはくれるさ……それゆえに、疲れた馬と補給部隊の馬を交換する命令をアルノアが彼らにしたとしても拒むだろう」


「ときに戦をするよりも、補給部隊の存在が重要だからという哲学からね」


「私の軍隊は、そう動く。メイウェイもそうするよ……」


「私の軍隊。部下の動きを見て、将軍の勘が戻ってきたのかしら、マルケス・アインウルフ?」


「まあ、否定は出来ないね……でも、メイウェイは相変わらずいい仕事をする。そのおかげで、私は君のサポートに専念すればいいと確信出来ている……どうだい?私の言葉は、少しぐらい君の自信を深めさせたはずだ」


「……ええ、今夜、守ることが出来たら……勝てる!」


「そういうことだよ。我々は勝てる。万全を尽くせばね……」


「ならば、万全を期すために、仲間たちの元に行こう。ゼファー、偵察はもう十分だ。地上に降りるぞ、『新生イルカルラ血盟団』と合流する」




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