第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その63


「……配置の意味は理解できるな?」


「もちろんだよ、ドゥーニア姫。我々に先鋒を務めさせるというわけだな……アルノアの軍と、君たちの間に突撃させる……裏切れば、挟み撃ち」


「一番槍を任せるのだ。悪いように取るな。だがしかし、裏切れば貴様の兵の家族に対して我々は残酷にもなれる」


「君は、そういうことをしない。それに、する必要もない」


「もちろんだ。だが、指揮官だからな、私は。釘を刺しておく必要もある……お前の部下の全員が、お前と同じ心を持ってはいまい……掌握することに、より力を注げ」


「……ああ。そうしよう……他に、私が知るべきことは?」


「ガンダラ殿よ」


「はい。ドゥーニア姫……」


 オレの副官1号殿がメイウェイに近づき、巻かれた羊皮紙を手渡していた。メイウェイはその封印を破ると、すぐに広げて読み始める……枚数はない。作戦の一部が描き込まれた地図ってものだよ。


 予想通りの作戦が多かったのか?……メイウェイはすぐに、うなずいた。無精ヒゲが生えて、疲れにくぼんだ瞳をオレたちに向けてくる。


「……いい作戦だよ。一部しか書かれていないが……」


「馴れ合いすぎては、よくないことも起こります。我々は、貴方の戦いの全ては知らないのです。より多くを殺せるように、動いてください。そうすれば、貢献に応えます」


「そうだ。オレたち『自由同盟』の盟主であるクラリス陛下も、お前たちの貢献は忘れない。家族の居場所は保証してやる。勝利すればな」


「……十分な対応だ。ソルジェ・ストラウス」


「なんだ?」


「貴殿は、何のために戦っている?」


「ククク!疲れ過ぎて、自分の目的を見失っているか、ランドロウ・メイウェイよ」


「そうかもしれない。だが、貴殿は……『自由同盟』に加盟してもいない『メイガーロフ』のために戦っているのか?傭兵が、何故、そのようなことをする?……戦いを本能的に欲しているというのか、竜に乗る貴殿は?」


「戦いは好きだよ。だが、この戦いにはオレの『正義』のために剣を捧げている」


「……『正義』?」


「帝国を倒す。巨大な帝国軍を少しずつでも倒し、崩壊させる……オレの竜太刀はユアンダートの首を刎ねるためにある」


「皇帝を倒す?……建前でなく、本気だと?……一体、どれだけの戦力差があると?」


「するべき価値があることだ。命を賭けるに迷う必要はどこにもない」


「……どんな価値がある?」


「誰もが生きていていい世界が欲しい」


「……っ!!」


「人間族も亜人種も、その全てがな。そういう世界が欲しい。それだけが、オレには要るんだよ」


「どうして?」


「多くの魂に約束したことでもある。それに、オレ自身の願いであり祈りでもあるのだ。それだけのことだよ、ランドロウ・メイウェイ殿」


「……帝国を破壊し、人間族と亜人種の共存を作る……?本気でか……この場で、それを口にするということは、本気なのだな……やはり、とんでもない男だよ」


「笑うか?」


「いいや……笑えない。私は、笑わないぞ、ソルジェ・ストラウス殿……もしも、この戦いを生き抜けたなら……一度ぐらい、酒を酌み交わせるといいな」


「そうしよう……出しゃばりな、ドゥーニア姫も混ぜてな」


「……出しゃばりではない。私がその席にいるのは、この土地の支配者として必然だ」


「ククク!たしかにな!!」


「……では、私は戻る。兵士は10分以内には『ガッシャーラブル』の城塞の外に移動してみせる」


「そうしろ。そして、少しは休め。体も心も、疲れ過ぎている」


「ああ……君たちも、すぐに休むといい。今夜は、冷えるだろう……敵にも過酷だが、我々にも、決して楽ではない夜だ……ではな、諸君。戦場で会おう」


「おう。死を望むなよ。生き残ろうとあがけ。そちらの方が、よりオレたちの敵を殺せるのだからな」


「肝に銘じておこう。死の誘惑に、私も、私の部下たちも負けぬようにしなければいけないな」


 自殺願望ではないが、死の影がもつ冷たさには惹かれているらしい。過酷な状況のなかで立ち続けることは、あまりにも辛いものがある……分からなくもないが、ストラウス家の家訓とは方向性が似て否なるものだ。


 『戦場で死んで歌になりなさい』、うちのお袋の言葉だ。これには複雑な哲学に基づく祈りが含まれている。全力で生きて、死ね。そういう側面もある言葉だ。複雑過ぎて26年ぐらいかけないと理解は出来ないだろうから、おいそれと他人には使えない。


 だからこそ、アンタを頼るぜ、ガルフ・コルテス。


 アンタの哲学を、この疲れた希死念慮の囚われみたいな不景気面している男に捧げることにするよ。救ってやれ、アンタの風のような自由さは、砂漠の戦士によく合うだろうから。


「メイウェイよ……強がって一度ぐらい、笑ってみせろ」


「笑う?……君は……この状況で、私に言っているのか?」


「そうだ。笑え。過酷な環境においては、ヒトはそれを忘れれば死の影に呑まれる。強がってでも笑ってみせろ。そいつは、少しだけお前を強くするんだよ」


「……ブレーメーロ生まれの男は、そういう哲学を持ってはいないのだがね……でも、貴殿はユニークな男だ。私を、笑わせるのが上手いよ、ソルジェ・ストラウス」


 ランドロウ・メイウェイはオレたちに向けて疲れた顔で微笑むと、その場をあとにする。馬に向かって、その疲れた身体を歩かせていくのだ。ガンダラはその様子を見てつぶやいた。


「……肉体的な疲労は当然ながら、ずいぶんと精神的にも参っているようですな」


「当然だろうよ。色々とヤツにはイベントが起こりすぎたんだ」


「しかし、戦略への参加を約束してもらえましたな。聡明な人物です。『新生イルカルラ血盟団』の戦力を知っているのであれば、上手く連携してくれるでしょう」


「疑う必要はないさ。アレは、小賢しい……いい意味でもな!」


「君らを何度も追い回したから、君らに誰よりも詳しいわけだ」


「私の優美な背中を幾度も見たなら、心に刻みついている。あちらの件は、これでもう十分だ!!……あとは、我々の結束を深めよう。料理を食べて、戦士たちを休ませるぞ!ナックスたちも、疲れ果てている……顔を隠したもう一人のお前の部下もな」


「予想を口にするなよ。色々と台無しになることがある」


「当然だよ。あまりにも笑えん可能性がある……さて、ホーアン殿。寺院に戻るとしよう。長老たちは一所で護衛に守らせる……我々のために、蛇神へ祈ってくれるか?」


「祈りこそ我らが本領です。そういたしましょう……多くが、蛇神のもとへと行くことになる夜でしょうから」


「雄々しく戦うために、蛇神への歌があればいい。頼むぞ、ホーアン殿。私は、蛇神の加護も欲しい心境だ」


 ……過酷な夜になるからな。敵は多い。少なくない戦士が、命を落とすことは、どうしても避けられんよ。それが、あの疲れた男を、さらに暗くしてもいるのだろうな。




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