第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その64


 メイウェイを見送ったあとで、オレたちはそれぞれの仕事を始めることにした。ホーアンは長老たちと合流し、蛇神の僧侶として戦勝を祈っての歌を上げ始める……僧兵たちはメシ作りと負傷者たちの傷の手当ても行うよ。


 オレたち『パンジャール猟兵団』の仕事は、長老たちの護衛と『カムラン寺院』に対する攻撃の警戒だった……猟兵たちは手分けして、それらの仕事に当たるなか、オレはドゥーニア姫を連れてゼファーで『新生イルカルラ血盟団』と合流することを選ぶ。


 ……オレも上空から戦場の様子を確認したくもあるからだし、ドゥーニア姫とラシードをオレ無しで会わせるのも気まずい。ラシードとギュスターブ・リコッドは、『パンジャール猟兵団』のゲストとして扱いたいしな。オレが二人を拾いに行くことにした。


「……ドゥーニア姫よ、ゼファーの背に乗れ」


「ああ」


 慣れた動きで彼女はゼファーの背に乗った。


 ……ついでというワケじゃないが、マルケス・アインウルフも連れて行くことにしたよ。アインウルフはこの場にいたとしても、何もすることはないのだからな。顔を出せないということは、なかなか扱いづらくはある……。


 ドゥーニア姫を先頭、オレの脚の間に彼女を乗せたよ。そして、背後にアインウルフ。アインウルフを警戒しているわけではないのだが……ガンダラがチラリと遠巻きにこちらを見ていたからな。


 ……それに、色男を姫さまに近づけるわけにもいかんだろうよ。


『じゃあ、いっくねー!!』


 ゼファーはゆっくりと首を夜空に向けて伸ばすと、『ガッシャーラ山』から吹いてくる北風を翼に受け止めながら、空へと浮かび上がる……。


 やさしげな動きだった。風を抱き込むようにして、フワリと空へと昇る飛び方だった。風に祝福されるようにして、ゼファーは三度の羽ばたきに北風を合わせることで、天空高くの生き物へと変わっていたよ。


「……ハハハハ!」


 ドゥーニア姫が笑っていた。どうした感情なのかね。砂漠生まれの烈女の心を、オレはまだ把握することが出来てはいない。


 だから、質問をしてみることにしたよ。彼女の長い高笑いが、一段落するのを待ったあとでな……観察するよ。恋しちゃいないけど、ドゥーニア姫の心を探ってみたくもあるが、背中と豪快に揺れる肩だけではな。


 生きている妻が3人もいるオレの女キラーっぷりは発動しそうにない。


「……はあ、笑った」


「何か楽しいコトがあったのか?」


「んー。そうだな、解放感というヤツだ」


「なるほど。緊張はしていたわけだな……」


「もちろんだ。戦場の空をカミラとゼファーとで飛び回ることはな」


「安全だっただろ?」


『うん!だよね、どぅーにあ?』


「たしかに。安全だったよ……ゼファーは、ヒトの矢がどれだけの高さまで飛ぶものなのかを熟知しているのだな」


『うん!『どーじぇ』がね、いろいろとおしえてくれるの!……がるーなの、すとらうすけのでんとうなんだよ!』


「伝統か……竜に何世代も乗り、世界の空を飛び回ってきたか」


「世界というか、主にガルーナ周辺だがな。竜は自分の縄張りから外に出ることは少ないものなんだよ」


『あー……たしかに、ぼくも、やまのおくに、ずーっといたー。なんとなく、ごろごろするのも、すきー!!』


「竜の習性とは、おおらかなモノか……そうだな。そうでなければ、とっくにガルーナ人に大陸中の国々が支配されていたかもしれん」


「印象が悪いな。オレたちは侵略戦争は好まんぞ」


「だが、その能力は十分にある……ゼファーだけでも、この力だ。何匹もの竜がいれば、お前たちは帝国のように、どの国でも支配できたのではないか?」


「……かもな。だが、それほどの国力はない。オレたちガルーナは、それほど大きな国ではなかった。だからこそ……戦では数で負けたのだ」


「戦力差というのは、大きなものだからな……」


「悩む時間が要るか?」


「……いいや。決断した。悩まない。私は、最高の指揮官であるように振る舞う!……はずなのだが、空というのは、素直にさせてしまうものだな」


『いいことだよー』


「ハハハハ!たしかに、そうかもしれないな。いいことかもしれない。秘密でいられるな……世界の誰にも、ここでの言葉は聞かれることはない。しかも、地上は見放題だ……」


 『ガッシャーラブル』の南西に向けて、逃げ去っていく集団がいた。メイウェイが追い出した集団だった……。


「計算なのだろうかな。メイウェイめ、ヤツらを『新生イルカルラ血盟団』に遭遇しないような距離感で逃がしたようだ……」


「ムダな戦はいいさ……ヤツらはメッセンジャーだ。殺す必要もない。ゼファーの魔力がもったいないのさ……」


『ぼく、まだまだ、がんばれる!』


「そうだ。だからこそ、今ではない。より完璧な翼と炎で、ヤツらを倒さねばならんからな……」


『……うん!』


 ゼファーの金色の瞳が、西の果てから進むアルノアの軍勢を睨みつける。闇に沈む砂漠を、ゆっくりと進んでいる……急いでいないところを見ると、こちらの妨害工作もいまだに効いてはいるのさ……。


『……ゆみたいを、きたがわにはいちしているね……っ』


「我々、『新生イルカルラ血盟団』が、まだ北にいると考えているのか……」


「そうだ。それでいて、おそらく夜襲のために脚を休ませてもいやがる……さっさと仕留めたいという気持ちはある。ヤツにとってのクーデターをな……何とも、フツーの対応をする男ではあるよ。かなり、オレはヤツを理解しつつあるぜ」




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