第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その30


 『コウモリ』に化けて、再び空の住人になる……といっても、今度の移動はすぐに終わる。巨人の僧兵たちは『カムラン寺院』を制圧させてはいない。一時的に攻撃に晒されたのかもしれないが、盛り返して『カムラン寺院』を守っている。


 間違いなくリエルとミアの援護射撃があったからこそだろう。戦略のレベルでは、『太陽の目』の僧兵たちは過ちを犯しているからな。負け戦を、ここまで押し戻せたのは幸運だった。オレたちは、ホーアンに金を無心するぐらいの権利はあるぞ。


『……おい、馬好き野郎』


『……っ?』


『戦場を見ておいてくれ。名前を呼べずにすまんな』


『……気にするな』


『ハハハ!……私にそこまで気を使う必要はない。口は堅い方だぞ?』


『お互いのために知らなくても良いことってのはある』


『あの巨人族の戦士以外に、誰を隠しているのだか』


 間違いなくバルガス将軍の生存はバレている。それでも、オレたちの……いや、ラシードの選択を汲んでくれているのさ、ドゥーニア姫はな。死者となり、忘却されることでのみ成せる大義を、ラシードは実践している最中なのだから。


『……ソルジェ・ストラウス。『カムラン寺院』を襲っている連中のなかに、アルノアの手勢が混じっている』


『見知らぬ顔が多いか』


『練度の割りには、馬の使い方に私の伝えた作法以外を感じる。攻めている騎兵の二割は、アルノアの騎兵……『古王朝のカルト』のハナシを覚えているな?』


『……探し物があるか。戦の最中にも狙っているのか?』


『分からん。皇太子レヴェータへの手土産になる怪しげな品だ。帝国貴族の価値観からすれば、辺境の街一つよりも、入手する価値は高いと判断することもできる。嘆かわしいことに、神秘主義に傾倒した怪しげなカルトどもは、それなりに根強いんだ』


『やはり詳しいな』


『一般論だ。神秘主義は、貧しい者も富める者も、どちらとも虜にする力がある。金を持っている者たちは、行動が派手で過剰になりやすいだけのことだよ』


『……なるほどな。少なくとも、アルノアの騎士どもは、ここにいた。『古王朝のカルト』にまつわる品を探してか……』


『さっきから、何のハナシだ?』


『報告し忘れていたんだがな。帝国貴族アルノアは、『カムラン寺院』にあるかもしれない『宝』を狙っている……南の古王朝の遺跡から、僧兵たちの祖が盗み出した可能性をヤツらは追ってもいた』


『ワケの分からんハナシだな』


『そうだ。だからこそ、重要度は低いと考えていたんだよ』


 ……だが、今は少しばかりイヤな予感がしている。よく当たる猟兵の勘が告げている。『古王朝のカルト』の品は、大概のものが何の訳にも立ちはしない古ぼけた狂気の産物だろうが、中には厄介な力を持っているシロモノもあるという―――。


 ―――このデザインされた戦闘行為の裏側には、大昔の危険品を探らせる意味もあるのかもしれん。


『団長、せめて私には共有しておいて下さい』


『すまなかったな。だが、言い訳するつもりじゃないが……どんな災いを呼ぶものなのか……少しばかり警戒したいが、今、出来ることは何もない』


『ええ。たしかに。しかし、興味深いお話しでしたな』


『戦が終わってから、しっかり共有するつもりだったんだよ』


『でしょうな』


『……あの。ソルジェさま、『カムラン寺院』の上空に到着したっすよ?それで、どこに降ります?』


『採風塔の根元にしよう。僧兵たちの防衛用の陣形よりは、内側にいる。ドゥーニア姫、彼らに顔は利くか?』


『人気者だと言っただろ?』


『確認だよ。護衛としては、何度確認したとしてもいいことだ』


『守れ。危なければな』


『もちろん。そのつもりだ。だが、厄介事は減らそう……僧兵たちに指示を出せるか?長老たちに会おう。とくに、ホーアンが理想的だが』


『呼びつけてやりたいところだが、忙しいかもしれんからな。僧兵に居所を吐かせればいい。私のことを知らんとは、言わないはずだぞ』


『……そうしよう。カミラ』


『はい』


 『カムラン寺院』の採風塔の側面を、伝うように旋回しつつ地上を目指す。『コウモリ』の群れは地上へと近づくと、五人のヒトの姿に戻っていた。巨人族の男女に、人間族に見える三人か。


 巨人族がいてくれるだけで、かなり印象は良くなりそうだ。『カムラン寺院』の敷地内を走り回っている僧兵たちは、殺気立っているからな。人間族だけなら、襲われても文句は言えない。とくに、オレみたいな眼帯つけてる厳つい大男はな。


「……ドゥーニア姫よ。オレの姿を見られるよりも先に、君の存在をアピールしてくれると早くて安全だぞ。ムダな血が流れなくて済む。彼らのな」


「だろうな。任せろ」


 ドゥーニア姫はオレとガンダラの間に立ちながら、僧兵たちのいる寺院を睨みつける。背後はカミラとアインウルフが守ってくれているから、安心だ。矢で射られても竜太刀で弾いてみせる。


 まあ、人気者の彼女なら、そんなことにはならないだろうが―――『太陽の目』は、一枚岩というわけでもないようだからな。注意は必要だってことさ。


 砂漠の戦姫は、大きく息を吸い込んで、あの勇ましい大声を使っていたよ。


「私の名は、ドゥーニアだッッッ!!!『新生イルカルラ血盟団』の盟主として、諸君らにハナシがあってやって来たッッッ!!!代表長老の一人、ホーアン殿にお目通し願いたいッッッ!!!現在の状況について、伝えねばならんことがあるッッッ!!!」


 戦場の騒音をかき消す声が『カムラン寺院』に響き渡り、多くの僧兵がドゥーニア姫の姿を目撃していた。


「彼女は……っ!」


「ドゥーニア姫か!!」


「『イルカルラ血盟団』が、助勢に来てくれたというのか!!」


「そうだッッッ!!!私たちは諸君らと共に戦うために来ているッッッ!!!しかし、現状では混乱が大きすぎるッッッ!!!ホーアン殿は、どこにおられるかッッッ!!!被害を減らすために、我々は協力を成すべきだッッッ!!!」




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