第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その10


 ゼファーの背で野郎同士で親交を深めるとしよう。戦士が仲良くなる方法なんて、一緒に酒呑むか戦について語り合うのが最適に決まっているもんな。もちろん、仕事も兼ねるんだが。


「へー。つまり、アルノア軍を見つける必要があるってことか」


 今回の作戦を聞いたドワーフの戦士は、目標を口にしていた。


「メイウェイの軍勢を追いかけているはず。砂嵐は、あれから起きてはいないのだから」


「足跡は砂に埋もれてはいないということか?……帝国のバカども、素直にメイウェイの軍を追いかけることが出来る……」


『じゃあ、たかくとぶ?』


「あまり高く飛べば、姿を見られてしまうよ、竜くん」


『そっか。それじゃあ、ほくせいからきたように、みせかけられないね……っ』


「ゼファー。低く、遠回りに飛ぶぞ……『新生イルカルラ血盟団』を追いかけている部隊にも、見つからないようにな」


 時間はかかってしまうが、大きく南回りに飛ぶことで、二つの敵軍を回避することが可能なはずだ。『新生イルカルラ血盟団』を追いかけて来ている帝国の援軍は、動向が読めないところがあるが……本隊と合流しようとしているかもな。


 ……まだ夕焼けも始まらない時間帯だ。闇に隠れることは難しい。ブーツの内側を使い、ゼファーに飛び方を指示していた。


『らじゃー!』


 ゼファーは首を下げて、そのまま地上に向かって飛ぶのさ。低空飛行だ。波打つように砂漠のあちこちで盛り上がっている砂丘に、身を隠すようにして飛べばいい。


「北から冷えた空気が吹き込んでいる場所を目指すように飛んでくれ」


『わかったよ、『どーじぇ』、しんきろうをつかうんだね』


「ああ。揺らぐ風に身を隠してもらうとしよう」


「……砂漠を使いこなしつつあるようだな、ストラウス卿」


「空はどこも似たような場所じゃある。ストラウス家が継いで来た竜騎士の知識のおかげだよ」


 冷たい風と温かい風が混ざると、光を曲げる揺らぐ風が生まれるのさ。そいつに少しでも身を隠してもらうために、ゼファーは『カナット山脈』から吹いてくる気温の低い風を探しながら、西南西の方角へと飛んでいく。


 地上7メートルという低さだな。遠くは見ることは出来ないが、経験が囁いてくれる敵の大雑把な距離を信じることにする。まずは敵に見つからずに大きな時計回りの弧を描いて、アルノア軍本隊の背後へと回り込めばいい。


 ……オレは前のめりになり、重心を操ることでゼファーの羽ばたきをサポートしてやるのさ。竜騎士は荷物ではない。竜騎士を竜が乗せることで、より速く飛ぶことさえも出来るのだ。


『……えへへ!!』


 漆黒の翼が空を斬り裂き、ゼファーは地上すれすれの高さのまま矢のように加速していく。


「馬術の要領かな……?見事なものだよ」


 さすがにアインウルフにはバレてしまうようだ。馬術とは似ている部分もありはするからな。竜乗りのための技巧も、馬術の技巧も、乗り手の存在で動きを補ってやるということでは一致している。


「竜騎士は、竜と共に在るために経験と知識を集め、技巧を磨いてきたんだよ」


『うん!『どーじぇ』が、てつだってくれてるんだよ!』


「……でも、地面近いから墜落しないようにしてくれよ、サー・ストラウス」


「落ちるようなヘマはしないさ。そうだよな、ゼファー」


『もちろん。ぎゅすたーぶは、しんぱいしょう。でも、いちおうはきをつけるね』


「そうしてくれよ。ムダに砂漠に落ちるなんてことは、イヤだぜ」


 当然ながら、ギュスターブ・リコッドの心配は杞憂に過ぎない。ゼファーだけでなく、オレもこの飛行を助けているのだからな。二人そろってヘマをしなければ、墜落なんてことはしないのさ……。


 低空飛行のまま、オレたちは『イルカルラ砂漠』を移動していった。プランに沿った軌道を描いてな。北上を開始するタイミングは……こればかりは勘になる。視界に敵影がひょっこりと映り込まないかを心配しながらも、ゼファーは北上していった。


 幸いなことに敵とは距離を保てたようだ。『新生イルカルラ血盟団』を追いかけている敵影を見ることはなかった。つまりは、あちらもオレたちを見つけてはいないということになる。


「敵軍の背後には回り込めたようだな」


『うん。さすが、ぼくと『どーじぇ』!』


 嬉しい言葉を聞けたから、ゼファーの首根っこを撫でてやる。


『えへへへ!』


 一瞬、気を抜き過ぎてしまったゼファーがバランスを崩し、墜落しかけてしまったが、平気な顔して誤魔化すことにした。


「おい、今、落ちそうじゃなかったか?」


「そんなことよりだ」


「誤魔化された?……まあ、落ちなかったから別にいいか」


「ゼファーの攻撃だけでは、『新生イルカルラ血盟団』が北西にいると思い込ませるには……少しばかり印象が薄いような気もするが……」


「そこは大丈夫だ」


「何か用意してあるんだな、ラシード」


「あるとも。狼煙だよ」


「狼煙か……」


「ガンダラくんは準備してくれていたよ。『イルカルラ血盟団』がこれまで使ってきた狼煙のセット……それが三つほどある」


 背後を振り向くと、ラシードは肩からかけている荷物入れの中から、筒状の品を取りだしていた。火薬のにおいがする。狼煙を上げるための道具か。


「これをアルノア軍本隊の北側に設置しよう。これで作戦を、補強することが出来るはずだ。私たちが使ってきた、本物の狼煙を上げることでね」


「連絡をしているかのように見せるわけだ」


「北にも戦力がいるように思わせることは出来る。敵の全員はともかく、何割かの頭には印象を刷り込めるだろう」


「……これは統制が取れた帝国軍には、おそらく通じにくいところもある方法さ。指揮系統の上意下達が完璧なら、惑うことはない」


「おい、じゃあ、無意味ってことなのかよ?」


「違うさ。アルノアの軍には、有効だと言いたい。彼らは寄せ集めだからな。ベテランも欠いている……規律を離れ、独自に動いてしまう部隊も幾らか出てくれるはずだ。偵察隊よりも、サイズは少しばかり大きな集団が本隊からは分かれるだろう」


「じゃあ、サー・ストラウス。そいつらを全滅させれば、狼煙を上げた場所に『新生イルカルラ血盟団』がいないことが、しばらくバレないってことだよな?」


「戦いたいか」


「もちろんだ」


「……状況を見てから判断するぞ」


「了解だ。グラーセス王国の戦士として、足を引っ張るようなことはしない」




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