第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その9
ゼファーとベテランどもに近づいていると、ちょっと離れたところから大きな声が聞こえてきた。耳に覚えのある声だったな。
「サー・ストラウス!!」
「どうした、ギュスターブ?」
イノシシみたいな勢いで砂を蹴散らしながら走って来たギュスターブは、砂を踏みつけるようにして急停止する。
「……ヴァシリの一族の指導は有益だったか」
「ああ。ドワーフのことは、ドワーフに訊くのが一番だ―――いや、そうじゃなくて」
「まさか、一緒に行きたいのか?」
「敵兵に剣を叩き込みたくて、ウズウズしているんだ」
「そういう白兵戦はする予定はないんだがな」
ゼファーの火球で攻撃するだけにしようかとも思っていたが……いや、状況次第ではありえるか。大軍に突っ込まなくとも、アルノア軍の本隊の周囲に偵察部隊がいれば、そいつらを殲滅するというのも手段だな。
……しかし、ギュスターブも浄化騎士団と戦わせているが―――愚問か。体力も闘志も有り余っているようだ。ベテラン二人よりも若いと来ているし、ちょっとばかり酷使しても文句は言いそうにない。
「よし。ついて来い」
「そうじゃないとな。さすがは、サー・ストラウス。戦士の気持ちをよく分かってくれるじゃないか」
『おしごとー?』
「そうだ。疲れているか?」
『ぜんぜーん!ごはんも、たべたしねー』
「……帝国人の肉か……オレは、仲間で、ゴハンじゃない。分かっているよな?」
『わかってるよー。ぼくは、いいこだから。ていこくじんしかたべない』
「……帝国人以外は食うなよ?」
ところどころ神経質なところがあるギュスターブ・リコッドは念を押した後で、ゼファーの背に跳び乗る。尻尾の近くだな。
「おいアイ―――じゃねえや。オレの前に乗れ」
「私か」
「そうだ。変なマネをさせない。監視だよ」
「やれやれ。気にしすぎではあるが……それぐらいの緊張感はあって然るべきだね」
黒い布で顔を隠したアインウルフは、ギュスターブの指示に従っていたよ。ラシードもオレを守る盾になる気なのか、アインウルフの前に位置取っていた。
ガンダラめ。何か因果を含ませていたのか……?
どうあれ、こちらとすれば理想通りの並びにはなったな。
「オレは信じているぞ」
「ああ。そうだろうとも。君は、そういう器がある……」
「まあな」
『じゃあ、『どーじぇ』!』
鼻先をオレに向けてきたゼファーは、金色の瞳を輝かせている。働き者がまた一人だ。ゼファーは『パンジャール猟兵団』の一員として、仕事を愛しているのさ。
黒い鼻先を一撫でした後で、オレも戦士たちと同じようにゼファーの背に跳び乗った。
『いくよー!』
「頼むぜ、ゼファー!」
ゼファーが砂漠を駆け始める。その大きな翼を空に向けるようにして広げ、両脚でリズム良く疾走するのだ。その場から飛び立つことも出来るが、砂を蹴る感触がお気に入りだからな。
足下で砂の与えてくれる感触を満喫しながら、疾風のような速さへと至ったゼファーは脚爪で大地を押し込み、離陸していた。
『がおおお!』
楽しげに歌い、翼で空を叩きつける。砂漠を走る熱い風を翼に掌握していたからな、この羽ばたき一つで、ゼファーは上空高くまで昇っていったよ。
「風が、見えているのだね、竜には」
「竜騎士にもだぞ」
「私は感じることしか出来ない……竜と長くいれば、風さえも見えるようになるというのかい?」
「コツはある。オレたちは300年も竜と空を研究して来たんだ」
「馬術の歴史はもっと長いが……いや、比べることでもないか。竜と馬は異なる」
「馬の専門家にしか分からないものもあるだろうしな」
「当然だよ。馬術を極めることが、空を支配することに劣るとも思わない」
「ククク。ああ、別物だろうな。さてと、仕事をするとしようか」
「もちろんだ」
「協力するつもりはあるな?」
「当然さ。アルノア伯爵は許せない。そして、メイウェイの意志も尊重する。もちろん、屈辱に耐えてでも生きて勝利することを選んだドゥーニア姫と、彼女の『新生イルカルラ血盟団』のことも支持するよ」
「どこまでも受け入れるか」
「悪いかな?」
「いや。問題はないぜ」
「だろうね。私もそう思う。我々は、結束すべきだよ……メイウェイの部下は、私の部下でもあったんだ。死なせたくはない。戦い、勝たせるほかに、彼らを破滅から救う道はない」
「……テメー、帝国に文句があるんなら、オレたちのグラーセス王国を攻めるよりも前にケンカ売れば良かったのによ」
「……祖国というものは、なかなか縁が切れないものだ。皇帝も、帝国のやり方も気に入らなくても……忠節を軽んじることには、大きな迷いがある」
「忠節か。分かるけど、分かりたくもないところもある。正しいと思うことを成す。それが、本当に正しいことだと思う……だから、忠節って言葉を、便利に使うべきじゃないような気がする……くそ。上手く、説明できてないな」
「伝わってくるよ、ギュスターブ。じつに君らしい言葉だ」
「……まっすぐで、気持ちの良い戦士だね、ギュスターブ殿は」
「……褒めるなよ。くすぐったくなる!」
オレも含めて皆でちょっと笑っていた。ギュスターブのまっすぐさは、戦士には眩しい尊さがあるものだ。
「さてと。アインウルフに文句がないなら、ラシードもだな」
「もちろん。ドゥーニア姫の選択は、私には不可能なものだった。死んだ甲斐があったというものだ」
「いい言葉だぜ」
「ストラウス卿は?」
「……葛藤はあるが、決断はしている。メイウェイと手を組むさ。勝利のためにな。決めたからには、全力を尽くすのみだ」
……ガンダラは、オレのことこそ心配していたのかもしれないと、ふと思ったよ。ラシードとアインウルフの言葉を聞かせて、オレの中にある迷いみたいなものの残骸を、心から押し出したかったのかもな。その意味では、とても有意義な時間だったよ。
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