第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その5
ケットシーの盗賊たちに、ドワーフと巨人族の戦士、これにメイウェイの古強者の軽装歩兵たちか。それなりの戦力が集まりつつあるし、戦術も幾つか思いついてきた。オレたちはゼファーと馬の背に乗ったまま、作戦会議を続けていったよ。
お互いのことを知りたくもあるし、それぞれが得意な戦い方を把握したくもある。
「ドワーフ隊は突撃させてくれると嬉しいぞい」
「オレたち東のケットシーは、器用さが売りだが……正直、盾になるような作戦には向いてねえだろう。ヴァシリの一族みてえな根性はねえ」
「我々のような元・武国軍の戦士は、騎兵との戦いもやれる。馬に乗っていなくとも、長槍を用いれば、騎兵の突撃だって受け止められるんだ」
ナックスは得意げにそう語る。孤立して、追い詰められていたときに見せていた気弱さは、もうどこにもなかった。自信と……おそらく精神的な安定を取り戻していた。一流の戦士に戻っている。
「戦士は問題ないですけれど。子供たちや老人を庇う必要がありますわ」
「たしかにな。どこかに隠すか?……それとも、『ガッシャーラブル』を目指すべきなのか?」
「『ガッシャーラブル』を目指すべきだろう。『ガッシャーラブル』が満員になるようであれば……北に退避させる」
ドゥーニア姫はそう語りながら、オレの方を見た。言わんとすることは分かるが、聞くとしよう。会議は個々人だけが情報を理解していてもしょうがない。この場にいる全員に伝わらなければならない。
「ソルジェ・ストラウスよ。『自由同盟』に、もしものときの難民の受け入れを頼んでもよいか?」
「もちろんだ。『アルトーレ』まで北上することは自由だ。『自由同盟』は難民を受け入れている……帝国人に殺されそうな亜人種は、全て『自由同盟』の土地へと逃げ込んでいいんだ」
「わかった。ルード王国のクラリス女王の許可は?」
「連絡しておこう。陛下は、困窮する者を見捨てることはない」
「……わかった。頼りにするとしよう……もちろん、『ガッシャーラブル』を占拠し、そこから反転攻勢を仕掛け、勝利すれば難民を出さずにすむのだがな」
「もしもの時のプランは、多い方が安心出来ますわよ、ドゥーニア姫。戦場で想定することが出来るのは、『悪意』に基づく合理的な策略ばかり……それ以外の発想で動く作戦には、私たちの想像力は及ばないこともあるものですから」
猟兵ガルフ・コルテスが長年の傭兵生活で作りあげた鉄則の一つを、レイチェル・ミルラは口にしている。そうだ。悪意こそ読めるが……そうでない行動ってのは、確かに読みにくいことがある。
「悪意の反対ってことは、何だ?……善意になるのか、サー・ストラウス?」
ギュスターブ・リコッドの言葉に、オレはうなずいた。
「ああ。善意に基づく行動こそ、読めないところがある。献身的で情熱的で、非合理的なことも少なからずある。読めるようなものではない……」
「善意に基づくね?どういうものだ?」
「……浄化騎士団の動向なんかだな」
「アレは、悪意ではないのか?」
「違うな。連中にとっては、亜人種を殺すことは正しいことだ。唐突に、いくらでも亜人種を殺すかもしれない。たとえ、自分たちにメリットがなかったとしてもな」
「悪意にも似ているが……それが、帝国人にとっては善意のこともあるわけか」
「『正義』ってものは政治的な概念だということさ。まあ……戦場では、善意よりも悪意の方が支配的だ。心の片隅に置いておくべきことで、本質としては悪意を読めばいい」
「へー。傭兵サンたちってのは、面白い考え方をするもんだ」
ケットシーの山賊はニヤニヤしながら、そう語る。
「悪意や善意か……オレたちは、あまり考えなく生きているなあ。マヌケそうなヤツから盗むだけだ」
「何か、極意ってのはあるのか?」
……山賊行為に興味があるわけじゃないが、友好を築くために聞いてみたのさ。ケットシーの山賊は、馬上で腕を組み直して、しばらく考えていた。
「……そーだな。オレたちがやりやすいターゲットは、自分は盗まれない、騙されないっていう自信を持っているマヌケだな」
「ほう。セキュリティー意識が高いヤツほど、盗めると?」
「自分の策が完璧だと思っているようなヤツからはな。一つの防犯策しか用意していないヤツからは、まず間違いなく盗める。というか、どんなヤツからもそれなりに人員を割くか、時間をかければ盗めはするんだが……『自信がある一つの策』を好むようなヤツは、楽勝ってこと」
「山賊さんたちにも、色々な哲学があるんすね」
「まあな。人間族のお嬢さん……君は、どこの誰だい?」
「自分は、カミラ・ブリーズです。ソルジェさまの妻の一人で、『パンジャール猟兵団』の猟兵の一人っすよ」
「そうか。既婚者か。美しい妻をもって、幸せ者だな、竜騎士殿は」
「全くだよ。君には、家族がいるのかい?」
「……拠点に残して来ている。ヤバければ、北に逃げろとは伝えているよ。まあ、心配はない。オレの弟たちが、一族の女子供たちを守っている」
「ならば安心だな」
「おう。竜騎士殿にも、頼りになる兄弟はいるか?」
「親父と三人の兄は敵国と戦い死んだ。お袋と妹は帝国の裏切りのせいで死んだ。姉貴は帝国貴族に嫁いで、甥っ子共々、オレの敵だよ」
「へへへ。そいつは、乱世らしいなあ」
「確かにな。そういう人生を送っている……」
皆がそれぞれに語り合っている。自分のことを教えて、相手のことを知るのさ。作戦だけでなく、多くの事を知り合うべきだった。戦場では、より多くを知っている戦士が隣りにいるほど、安心して力を発揮することが出来るものだからな。
雑談も含み、さまざまなことを話し合う。ときに笑えることもあったよ。うだるような暑さの砂漠を進みながら、オレたちは急ごしらえではあるが絆を作り上げていった。
「……さてと、いい時間になって来た。ナックスよ」
「何でしょうか、ドゥーニア姫?」
「食事を取らせるとしよう。このタイミングで食べておかなければ、タイミングを逸してしまいそうだ」
「ええ。そうですね。分かりました、前進を停めて、15分で食事を行います!」
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