第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その4


 ゼファーは幹部たちがいるという先頭集団目掛けて降下を始めた。翼を立たせて減速しつつ高度を下げていくのだ。馬に乗った戦士たちの隣りへと着地を行う。蹴爪を受け止めた砂に、爪痕を残しながらな。砂と戯れることは、ゼファーに楽しみを与えていた。


 ニンマリ顔をオレに向けながら、ゼファーは満足げな鼻息をプシューと噴き出すのさ。


『……ちゃくちしたとき、すながざざざーってなるの……っ!』


「良かったですね、ゼファーちゃん」


『うん……っ!』


 砂と戯れる仔竜を見ていると、竜騎士の顔にも歓喜の花が咲いてしまうな。だが、ゼファーは仕事を忘れちゃいない。ゆっくりと歩き始めたよ、『新生イルカルラ血盟団』の馬と並ぶようにしてな。


「ドゥーニア姫!!」


 ナックスの馬がさっそく近寄ってきた。レイチェル・ミルラとギュスターブ・リコッドの馬もな。レイチェルをオレにウインクしてくれたよ。


 他の幹部たちの馬も近づいて来た……巨人族の若い戦士に、昨夜の特攻の生き残りであろうベテランの戦士……そして、ドワーフ族の長老、ヴァシリじいさんの姿もあった。ケットシーもいるが、おそらく東にいるという山賊たちか。


 『大穴集落』からの援軍要請に応えてくれたというわけだろう。


「無事のご帰還、お待ちしておりました」


「心配かけたな」


「リング・マスター、お姫さまのエスコートは果たせました?」


「レイチェル、オレは騎士の鑑のような男だぞ?」


「ウフフ。愚問でしたわね」


「レイチェル殿、良いエスコートぶりをしてもらえたぞ」


「私が手塩にかけて躾けた甲斐があったようで、何よりです」


 ……オレ、レイチェルに躾けられていたっけな?……ときどき、彼女の踊りのパートナーをさせられたりしたことはあるが、アレらは紳士的な野蛮人になるための調教だったりしたのだろうか?


 ギュスターブ・リコッドがオレを見て、ふう、とため息を吐きやがった。


「……世界中で、女が強いのかよ……」


 紳士的になるほど男は威信を失うこともあるらしい。鎖国が終わり、紳士であることを求められるようにもなっているグラーセス王国の勇者は、男が女性にコキ使われる姿を見ることに一種の悲しみを見出せるタイプであるようだな。


 だが、そんな懐古的な悲しみに想いを馳せているような状況でもない。


「さっそくですが、作戦を練るとしましょう」


 頼りになるガンダラが、長話が大好きなオレたちを制してくれたよ。


「ドゥーニア姫の交渉術のおかげで、『新生イルカルラ血盟団』とメイウェイとその熟練兵たちを味方につけることに成功しました」


「さすがですわね、ドゥーニア姫」


「まあな!……あちらも、生き延びたいというのは本音だ。メイウェイとあの場にいるような部下はともかく、その家族たちはな……ともかく、同盟は成ったぞ」


「ええ。メイウェイは裏切ることはないでしょう。信頼してもいい。あとは、有効な作戦をどれだけ用意出来るかです。レイチェル」


「分かっていますわ、ガンダラ」


「ん。何か、レイチェルに策を指示していたのか?」


「ウフフ。報告しますわ、リング・マスター。ケットシーの山賊たちに、大量の矢を注文しています」


「大量の矢?……なるほど、東に逃げているのだからな、オレたちは」


「地の利を使いましょう。『ガッシャーラブル』周辺は高度があります。矢は敵軍のそれよりも遠くに届きます」


「『ガッシャーラ山』からは風がよく吹き下ろしてくるしな。風に乗せる撃ち方をすればいい。有効射程では、60メートルは伸ばせるだろう」


「ケットシーの山賊たちによれば、矢も射手も大量に確保することが出来るそうです。彼らは、弓を使って山賊稼業に励んでいたようですわね」


 レイチェルの視線はこの場にいるケットシー族の青年に向けられる、青年は美女の瞳と笑顔に弱いのか、ヘヘヘ、としまりのない顔で笑った。予想の通り、東のケットシーの山賊か。ヴァシリ一族とは縁があるらしいからな。


 とはいえ、仁義だけで動くような連中でもなさそうだ。


「お代は『大穴集落』の方々が肩代わりしてくれるそうですわ」


「金を取るのか」


「……おいおい、竜騎士の旦那?オレたちは傭兵みたいなものだぜ。つまり、アンタと同じくな」


「サー・ストラウス。コイツらにも愛国心のようなものはある。格安な料金だ」


 『大穴集落』の長老であるヴァシリじいさんがそう語る。彼が納得しているのなら、別に構わないか。彼らなりの交友関係というものもあるのだろう。


「矢と射手を確保することは大きいことです。『イルカルラ血盟団』の戦い方は、これまで弓と馬を使った遠距離からの一撃離脱式の攻撃がメインでしたからな」


「なら、これからも得意な戦い方をやれるってわけですね!」


「それもあるが……大量の矢がストックされるというのなら、これまでとは異なる戦い方もやれるということになるんだぜ」


「え?どういうことっすか、ソルジェさま?」


「敵はこちらに大量の矢がストックされていることは知らないからな」


「……うーん?」


 カミラは考えているようだが、猟兵の中で最も少ない経験値しか持たない彼女の想像力は、オレが頭に思い描けている戦術を予測することは出来なかった。オレはキュートな彼女の小耳に口を近づけると、小さな声で『大量の矢のストック』の使い方を教えてやった。


「あー。なるほど!……それは、たしかに効果的そうっすね!」


「きっと、有効に作用する。メイウェイは、君たちの戦い方を攻略していたわけだろ?」


 ドゥーニア姫はうなずいた。


「私たちには多くの協力者がいたわけではなかったからな。バルガスは、かなり政治的に嫌われてしまっていた。物資不足により、戦術的な選択肢は少なかったところは大いにある」


「そいつが解消されるというわけだな」


「オレたちの仕事でね!」


「お手柄ですわ。矢は、早馬が届けてくれます……夕方までには、こちらと合流することが可能だそうですわ」


「……オレが言いたかったのに、踊り子の姐さんに言われちまったぜ。まあ、矢のことは安心するといい。戦に備えて、矢の値段が上がると踏んでたからな。たくさん、盗んで貯めていた」


「それを誰に売るつもりだったんだ?」


「へっへへ。お得意の故買屋の一つだったんだが……竜騎士の旦那とも因縁がある連中だよ。帝国軍じゃなくてね」


「『ヴァルガロフ』のマフィアか」


「ああ。『ゴルトン』のアッカーマンさ。アイツに売るつもりだった。結果として、辺境伯に売りつけていたのか、それとも『自由同盟』に売りつけるつもりだったのかは分からないけどな」


 世界は狭いな。オレが斬り殺した男がいなくなったおかげで、『新生イルカルラ血盟団』は大量の矢を買えたようだ。


「アッカーマンなら、敵も味方の別もなく売りさばきそうだ」


「クズ野郎の鑑みたいなヤツだったからな。アンタが仕留めたんだろ?」


「まあな。いい腕をしていた」


「商売人としてもな。良い取引相手だったんだが……まあ、しょうがない。オレたちのような稼業は、いつ殺されても文句は言えん」


「ならば、生き方を改める頃合いかもな」


「……考えておくよ。ドゥーニア姫は、オレたちを兵士にしてくれるらしいしな」


「そうなのか?」


「ああ。この戦いに参加することが条件だ。私が権力を得た後では、盗みの罪は問わん」


「それどころか、功績次第では、新たな国の将軍の一つの座もくれるってよ?……巨人族だけの独占を許さないってことのシンボルさ」


「ククク!……そいつはいい。死ぬ気で戦えるな、山賊よ」


「死ぬ気で戦うが、生き残りたいぜ。頼りにしているぜ、傭兵さんたちのことも」


「任せろ。勝利のために、オレたちはここにいる」




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