第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その86


 信頼関係を築くためには嘘をつかないことが必須条件の一つだろうからな。オレは正直に告げたよ。『パンジャール猟兵団』は、ドゥーニア姫の味方。そいつこそが真実で、最も伝えておくべきことのように思う。


 何も複雑に考えることはないのさ。


 ドゥーニア姫はオレの言葉に微笑むことはなかったな。残念か?……少しばかりな。だが、彼女からすればオレの言葉なんて鵜呑みにすることは愚かしいことだ。信頼は、すぐには作れない。国際的な野心なんかが絡んでいるような状況では、とくにそうだろうよ。


「……美辞麗句は苦手かい?」


「そこまで飾られた言葉ではないじゃないか。ソルジェ・ストラウス。そなたの言葉は、飾り気がなく思う」


「ククク!……蛮族だからな。さほど賢い育て方をされてもいないのさ」


「納得する。私が見て来た政治屋たちに比べると、そなたは真っ直ぐで、砂嵐のように荒くれている」


「褒められてしまったな」


「……フフ。そうだ。褒めている。なあ、ソルジェ・ストラウス」


「何だい?」


「……『自由同盟』の戦力を借りることは出来る?」


「出来る。そいつを君が望むならな」


「……欲しいわよ。喉から手が出るほどにはね。でも、他国の軍の侵入を許すことは、私たちの誇りに反する。政治的なリスクでもある。『自由同盟』の軍が、何十年も居座ろうとするかもしれない。そして、私たちに傀儡の政をさせて、利益を絞り上げる」


「それはクラリス陛下の本意ではないぞ」


「信じていいものかしらね」


「信じていいさ。オレたちは、帝国軍と戦うだけで手一杯だ。『メイガーロフ』の統治に乗り出すような余裕はどこにもない」


「……私たちだけで帝国軍と戦うことは、不可能ね」


「戦って死に、負けることは出来る」


「それじゃ意味がないわ」


「その言葉を聞けて嬉しいね。君は、勝つつもりだ、ドゥーニア姫」


「もちろんよ。そのために、生きて……戦い抜いて来たんだ。仲間も友人も死なせ、血まみれの家族を砂漠から連れ帰ることも出来ずに、その場に埋めたりもしたのよ。そこまでして、もがき続けたのは、負けるためではない」


「ならば選択肢は限られる」


「そうね……『自由同盟』と…………」


 長い沈黙だったな。彼女は長い腕を豊かな胸の前で組んだまま、北の果てを見つめていた。


 考える時間ぐらい与えてやりたくもあるが―――彼女自身が、首を振ることでこの停滞した時間を撹拌していた。動き出した時間のなかで、ドゥーニア姫は答えを告げる。


「……『自由同盟』の力を借りたい。あくまでも、限定的にね」


「……そうか。どういう形でだ?」


「まずは、『パンジャール猟兵団』を雇いたいわね」


 砂漠の姫君はそう言うと、長い指にはめてあった緑色の宝石がついた指輪を抜くと、オレに向かって投げていた。


 熱く乾いて揺らぐ空気のなかにある、その貴い煌めきを、ガルーナの竜騎士の指が掴まえる。宝石は、大粒のエメラルドで、リングの部分は純金のようだった。


「ずいぶんと金目のものだな」


「ああ。奴隷だった私の母に、父から贈られた指輪だ。父は母を奴隷商から奪い取り、この指輪で愛を誓った」


「……ほう。そいつはステキな物語が詰まっている宝石だな」


「それで足りるか?お前たちの一時の忠誠を買うには?」


「もちろん。十分だ。だが……」


 指輪を投げるのだ。砂漠の戦姫は、家族の物語が詰まった宝石を、その長い指で包んで受け取った。


 そして、不満げな貌をするのさ。


「足りないというのか?」


「違うね。重たい指輪は、受け取らない。空が上手く飛べなくなるからな」


「……あの竜の翼は、私の指輪ぐらい、気にすることもなく空を飛ぶでしょう?……私たちを憐れみ、無償の努力をくれることは、それなりの無礼だぞ」


「無償では働かないさ。代償はもちろんいただく」


「……何かしらね?砂漠の領土とか?」


「一人の帝国人の命が欲しい。それが報酬でいい」


「……なるほど」


「誰かと訊かないのか?」


「私の母の指輪と同じ価値がある帝国人なんて、この土地にどれだけいるっていうのかしらね」


「ああ、そうだな。たしかに、そうだった」


「……アイツを捕まえて、どうする気だ?」


「ある取引に使う。『自由同盟』にとって、大きな価値がある取引に、メイウェイの命は必要なんだよ」


「そう……メイウェイは、高く評価されているんだな。当然か」


「ヤツの首がどうしても欲しいか?」


 砂漠の姫君は首を横に振った。


「殺した人間族の頭などに、執着はない……それに、メイウェイの首よりも欲しい首が出来ているから、問題はない」


「アルノアか」


「そう。アルノア。帝国の伯爵……『ラクタパクシャ』を作り、多くの罪無き人々を殺して来た。そして……今日は『ラーシャール』も襲った。メイウェイの軍勢は、どうせ少数だ。放置しておけば、アルノアの軍勢に呑み込まれる……」


「そうだな。『ガッシャーラブル』を、アルノアは包囲して攻め込もうとするさ」


「帝国人同士で潰し合う形。悪くはないけれど……アルノアの戦力を大きく削ることになることを期待できないな」


「攻撃のタイミングと、戦力次第だ。『自由同盟』の戦力を借りることで、大きな打撃を与えられるだろう」


「……でも、私は『自由同盟』をまだ信用することは出来ない」


「それなれば、あるだけの戦力で―――」


「―――ひとつだけあるな」


「……何か見つけたか」


「ああ。『自由同盟』を頼らずに、アルノアの軍勢を砕く、唯一の手段がある。いや、ひとつしかないな、私たち『メイガーロフ』に生きる者たちにとって、最良の手段など……」


 そうつぶやく彼女の顔色は、それほど晴れやかなものではない。オレは、その理由にどこか気づいているんだ。問うべきか?……問うべきだろうな、それはきっと、オレにとっての試練になるのだが、帝国との戦いに勝利するためには、避けては通れん道なのだから。




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