第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その85


 クラリス陛下が誤解されることは避けたいな。それはオレの騎士道としても、個人的にクラリス陛下に感じている恩義からしてもだ。


「欲深い女王ではないのか……」


「そうだ。クラリス陛下はルード王国を守るためにこそ行動している。帝国は、亜人種と人間族との共存を認めることはない。それはルード王国にとっては国是を否定することにつながる」


「……亜人種と人間族の共存のために、戦っているか」


「ああ。だからこそ、ガルーナ人であるオレも、多くの種族から成る『パンジャール猟兵団』もクラリス陛下に仕えている」


「そなたは、妻にエルフと……ディアロスという北方の亜人種、それに……」


「このカミラ・ブリーズもオレの妻だ」


「は、はい。自分の名前は、カミラ・ブリーズです!ソルジェさまの、よ、ヨメをしているっす!」


 カミラは少しばかり緊張した様子のまま、ペコリと頭を下げていた。ドゥーニア姫は、カミラの姿を視線で見た後で、オレの顔を射貫くような視線で見つめてくる。


「ふむ。そなたは亜人種と人間族の共存を、その身で行っているということか」


「人種云々で選んだわけではないがな。ただ愛しているから妻として娶った」


「……フフフ。そうか、なるほど。いい生きざまだな。一夫多妻なのは、私としては少しばかり戸惑いもあるが、そなたらが幸せであるのなら問題はない」


「まあな……さてと。オレの結婚生活よりも、話し合わねばならないことがある」


「さて、私に何を要求してくれるのかしらね?」


 抜け目のない商人のように、黒い瞳を輝かせる姫君がいた。こちらを値踏みするような視線だな。美しい戦姫は、頭の切れも良さそうだ。


 その証拠の一つにガンダラが遠巻きにこちらを見ている。いつもの無表情なポーカーフェイスじゃあるが、長い付き合いのせいか感情が分かる。ドゥーニア姫に賢さで劣るオレのことを心配しているのさ。


 ……余計なお世話だと反発できるほどに、ガルーナの野蛮人の知性は高度なものではないのだ。ガンダラがこちらに近づいて来ないということは、ドゥーニア姫に釘を刺されている。賢いガンダラとオレが『会議』をすることを望んでいないようだ。


 オレのことを、この若い娘は試してもいるらしいな……。


「……こちらの要求は少ないぞ。そして、シンプルだ」


「何かしら?」


「協力したいというだけだ。公式な方法でも、非公式な方法でもな。君が望むのならば、クラリス陛下は『自由同盟』の軍を動かすだろうし、君が望まないのであれば、オレたち『パンジャール猟兵団』は君にも雇われて、この土地を奪還するために尽力するだろう」


「私次第というわけね。いい条件だわ。こちらの政治的な都合にも配慮してくれるという意味でも」


「そうなるぜ。オレたち……『自由同盟』とクラリス陛下からすれば、君は交渉相手として十分な存在なんだ。というよりも、唯一の交渉相手だよ」


「……ええ。バルガスが亡くなったから」


「そうだ。バルガス将軍は死んだ。『ザシュガン砦』だな」


 嘘は言ってないつもりだ。バルガス将軍はこの世からいなくなり、ラシードという男が誕生したのだから。


「バルガスは有能だった。ガミン王にも仕えたし、帝国軍からこの土地を守るために、ずっと戦って来た男だ。彼ほど献身的な戦士はいない。自分も、自分の家族も、全てを捧げて戦い抜いた」


「蛇神のもとに行っただろう。家族のもとにバルガス将軍の魂はある。ずっと昔も、きっと今でもな」


「ええ……蛇神ヴァールティーンはバルガスを英雄として迎え入れたはず」


 瞳を細める……考えているようだ。バルガス将軍が生存している可能性ではなく、バルガス将軍の人となりへ思いを馳せているのだと予想する。


「……感傷にひたる時間ではないわね。私たちは戦士だ。バルガスのためにも、戦い抜かなくてはならないもの」


「情報を共有するとしよう」


「お願い。竜を使い、あなたは何を見てきたの?」


「メイウェイのことは知っているな?」


「つい最近、殺されかけたからね……今は、あいつの方が死にそうみたいだけど」


「メイウェイは生き延びている」


「でしょうね。驚くことはない。しぶとくて、賢い。そういう敵だ」


「メイウェイはアルノアにハメられて暗殺されかけたが、砂漠を逃げ回ることで難を逃れたようだ。そして、あらかじめベテランどもと決めていた計画に沿って、『ラーシャール』に集まった」


「軍隊を組み上げたか」


「アルノアの行動も、予想してはいたのだろう」


「帝国人は帝国人を信用しないものだ。ヤツらは、心を許し合うようなことはしない。アルノアは、メイウェイと戦ったのね」


「そうだ。メイウェイとその軍を無効化しようとしたのだろうが……」


「あなたが介入した?」


「……メイウェイはアルノアに降伏する可能性があったからな。焚きつけてやった」


「怖い男だな、ソルジェ・ストラウス。戦を作ったか」


「怖い男でいたいと願っているよ。軟弱な竜騎士など、ガルーナ人の歌にそぐわないからな」


「竜騎士か。あの竜に乗り、戦場を攻撃するわけか……」


 姫君は砂丘の上で尻尾をリズミカルに揺らしているうちの仔竜を見た。


「巨大なモンスターだな」


「モンスターではなく、竜だ」


「……そう?モンスターではないの?」


「竜だ。モンスターのような下等な獣とは違い、ヒトの言葉を知る。そして、ヒトよりもはるかに賢い素敵な存在だよ。見ての通り、とても愛らしい姿をしている」


「竜騎士って人種が、どういう考え方をするのか分かったような気になれる発言だ」


「そいつは良かった」


「それで、メイウェイとアルノアの軍は?」


「衝突し合い、メイウェイは逃げた」


「『ラーシャール』は?」


「攻撃された。アルノアは亜人種を攻撃することで、帝国としての『正義』を表明したようだ」


「……っ。なるほど……たしかに、私たち亜人種を抱えこんでおくことはリスクだ。『自由同盟』が国境の向こうにいるのだから。始末にかかったか」


「メイウェイは、それに対して反発したぞ」


「……あの男らしい。『ラーシャール』の民を、逃そうとしたのね」


「そいつについては邪魔しなかった。オレたちも『ラーシャール』の民が逃げられるように、街を攻撃していた敵の騎士を叩いた」


「はい!自分たちが、敵を倒しました……被害が、少なかったとは言えませんが」


「いいえ。協力してくれたこと、感謝する。私たちがその場にいなかったことを、フォローしてくれた」


「そうだ。オレたちの在り方を示すものだ。君たちの仲間だ。敵である帝国を倒し、君たちを助ける。それが、『パンジャール猟兵団』なのだ、ドゥーニア姫よ」




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